閑話 フード下の呟き
「そろそろ、その騎士服返して下さいよ」
暫く余韻に浸りたい主人に向かって、フードの男は言った。
「うるさい」
未だ窓から離れない、主人である黒髪の男はそう答える。
(まあ、気持ちは理解できなくもないけど)
「ですが……。いくら皇女様との初対面だったとはいえ、もう姿は見えないじゃないですか」
「……………」
「いつまでも、城を留守にする訳にはいきませんから。今だって、陛下の影武者はヒヤヒヤしている筈です。今回は、側近達にも伝えてないのですからね。いいかげん戻らないと、バレた時に私が叱られるのですよ」
ローブのフードを後ろに落とし、長い銀髪をフサっと払いながらも、小言は続く。
「それに、さっきその服で剣を抜きましたよね? 潜入用でやっと手に入れたやつなんで、破かれたら困るんですから」
「こんな物、直ぐに支給出来る」
振り返る事すら面倒なのか、男は身動きひとつしない。
「そりゃ支給は直ぐに出来ますよ。でも、それにはいちいち報告書がいるんです。せっかく、目立たないように潜入しているのに。私の存在に足がついたらどうするんですか? そもそも私、魔法と違って剣は不得意なんですからね」
「ああ、ああ! 分かった」
バサッと、振り向き様に上着を投げつけてくる。
落ちないように受け止めたローブの男は、亜空間収納の魔道具から主人が着るべき、皇帝の着替えを取り出した。
「ご理解いただけて何よりです。ついでに、変身用魔道具もお返し下さいませ」
「今は返してやる……だが、俺用にこれを作れ」
「え、駄目ですよ。何回言わせるのですか。こんな物を陛下に持たせたら、勝手に居なくなりますよね? どこで何するか……ゴホゴホッ。もし、それで公務が滞ったら私が怒られるんです」
「俺の乳兄弟に手出しはさせんぞ」
「そう言う問題ではありません」
ローブを外し、騎士服に袖を通しながら銀髪を結く。
着替えを済ませ、装着していた魔道具を解除した主人の姿に目を細めた。
この帝国、最大の権力者である若き皇帝陛下。
黒髪黒目の仮の姿は消え、美しい金色に輝く髪と、角度により色味を変える紺碧の瞳が現れた。周囲を圧倒する姿は、君主として相応しい風貌だ。
(サシャ様は、明らかに陛下のお子様だった。顔立ちは母親似の様だが……)
銀髪男の乳兄弟は……かつては、皇子然としていた優しく大人しい人物だった。
それが、ある少女と出逢い恋をして──。先の皇帝に全てを壊された。あれが引き金となり、彼は変貌してしまったのだ。
裏切りと画策の中での唯一の味方。信じ合えるのは、血の繋がりもない乳兄弟だけだった。
(まあ、私の前だけは昔と変わらない。だから、こんな砕けた喋りをしても殺されないんだよな。そう……優しいままだ)
だからこそ、自分は絶対に裏切らないと誓いを立てた。
「陛下。サ……皇女様に、あの男の事は伝えなくて良かったのですか?」
この家でサシャを匿っていた男は、生きている。
あの日、皇妃の手の者の動向をつかんだ。ギリギリの所で間に合い、一命を取りとめたのだ。
サシャを守る為に、死んだ事にしようと画策もしてあり、切った彼女の髪まで用意してあった。
全てを聞き出し、褒美として今は安全な場で仕事を与えてある。
「言わん。サシャの父は、あの獣人なのだろう? そんなに父親はいるまい」
「あ、拗ねてますね」
「違う!」
銀髪の男はププッと肩を震わせた。
(陛下とあの獣人は、どことなく似ていた……とは、口が裂けても言えないが)
ふと足元を見た男は、落ちていた紙を拾う。
主人は自分が本当の父親だと名乗らなかった。
なのに、あの初老の男は……。
王家に伝わる御守りの指輪をサシャのために再現しようとしていた。彼女の身を案じて、紋章を消し、御守りの機能だけ残そうとしていたのだ。
他国の文字で書かれた設計図。態とサシャには読めないようにしてあったのだろう。
下の端に小さく『我が娘、サシャへ』と書かれていた。
こっそり、収納へ仕舞っておく。
正直、本物の仕様には遠く及ばないが。それでも一般人として、遊ばせておくのはもったいない能力だった。
「では、そろそろ戻りましょう」
「ああ。妃の元へ忍ばせた者の報告もさせろ」
「畏まりました」
銀髪男は、豊富な魔力を使い転移陣を描く。
本当に信頼できる者は、どれだけあの城に居るのだろうか。それを知るからこそ、主人は自分の正体を明かせなかったのだ。
(皇女より、獣人の娘として生きることを選んだ彼女は、正解かもしれないな……)
2人は、青い光の中消えていった。
「どうか、お幸せに」
小さな呟きだけ残して。




