13. 揺れる思い
何度も何度も、助走をつけて結界に突っ込むラウル。その度に、窓はビリビリと振動する。
(なんで、お父さんがここに!?)
頭が真っ白になったサシャは、呆然と立ち尽くす。
結界には特殊な魔法が付与されているのか、当たる度にラウルの体から煙が出ていた。
(私が勝手にここへ来てしまったから……)
喉の奥が詰まり、後悔と込み上げる感情で、胸が苦しくなってくる。
「かなり、衝撃受けている筈なのに……なんで、あの狼は諦めないんだ?」
フードの男は不思議そうに、独り言ちた。
(……もう、やめて)
このまま外へ飛び出したいが、この男達がそう簡単には行かせてくれないだろう。サシャが命を落とすような怪我をしたら、ラウルはまた人間を憎んでしまう。
それだけは避けたかった。
黒髪の男は剣呑な雰囲気を醸し出す。
「獣人とは厄介なっ! 人里への侵入を見過ごす訳にはいかない。取り敢えず、あれを仕留めるのが先だっ」
まさかの発言をすると、踵を返し剣を手に外へと向かおうとする。
サシャは慌てて両手を広げ、男の前に立ちはだかった。
「あれは、私のお父さんです! むやみに人間を襲ったりしません」
そうサシャが言うと、男は目を剥いた。
「……は!? な、ん、だ、と?」
ゴゴゴ……と地響きしそうなくらい、その場の空気が重くなる。
「ですからっ! あの獣人は、私の大切な父ですっ」
サシャは怯まず、もう一度怒鳴った。
「嘘をつくな! 獣人と人間が親子のわけがないっ」
男は怒りからか、更に声を大きくする。
とにかくラウルを傷つける物騒な結界を解いてほしくて、サシャは必死で訴える。
どんな経緯で、自分がラウルの娘になり生き抜いてこられたのか。捲し立てるように、早口で説明した。
サシャが話している間、男は口を挟まなかった。
「私の父に、手出しはさせません!」
締めくくりにサシャはそう付け加えて、剣を構える。
「興が醒めた」
「……え?」
「お前に手を貸してやるつもりだったが、獣人と繋がりがある者は信用ができん」
(は? 信用って何?)
男の言っている意味が解らずに、首を傾げた。
いつの間にか、ビリビリくる振動も止んでいる。けれど、外では毛を血に染めたラウルが体当たりを続けていた。
「今回だけっ! 今回だけ私を見逃してくれませんか?」
「…………」
「父と一緒に、獣人の里へ帰ります。もう絶対に、この国の土は踏みませんから」
それが、サシャが考える最善だった。心の中で、男が首を縦に振るのを必死で願って。
すると、遠くで狼達の大きな咆哮が聞こえてきた。
(!! あれは、ロラン様とアドルフのっ)
男は大きく溜め息を吐いた。
「あれは、相当厄介なやつだな。しかも、数頭か。仕方ない。奴らとの生活が本当に……お前の幸せだと言うのなら、二度と此処へは来るな。──誓えるか?」
「はい、誓います」
サシャは真摯に答えた。
――ビキリッと辺りに音が響く。
フードの男が「結界が破られます!」と声をあげる。窓の外では、ラウルが亀裂に向かって剣を突き刺そうと構えていた。
「……っ、行け!」
サシャはバッと男に頭を下げると、玄関に向かって駆け出した。
「……お父さんっ!」
サシャが家から飛び出して来ると同時に、亀裂の入った結界はスゥ──……と消えた。
「っ! サシャ」
ラウルは人の姿に戻ると、サシャに駆け寄り抱きしめる。
「大丈夫か!?」
「はい……」
あちこち傷だらけのラウルの方が、サシャより大変な状態だと一目でわかった。
そんな状況なのに、その腕の温もりを嬉しいと感じている自分に、サシャは動揺する。
「中に敵がいるのか?」
ラウルは腕の中のサシャに問いかけた。
サシャはハッとする。
「敵……いいえ、居ませんでした。たぶん、結界が張られる前に、たまたま私が迷い込んでしまって。この空き家を確認に来ていた騎士に、鉢合わせしてしまっただけです」
「そうか……」
ラウルはそれ以上聞かなかった。
「まさか、あんな結界が張られていたとは思いませんでした。お父さん、ごめんなさい……私のせいで」
サシャはラウルを見上げる。
「大したことはない」
素っ気なく言ったラウルは、狼の姿になるとサシャを背に乗せ、ロランとアドルフが待つ山へと走り出した。
「おい。あれのどこが、父親なんだ?」
家の中から様子を見ていた黒髪の男は、不機嫌極まりない声で隣の男に尋ねた。
「ははは……。父親と言うより、恋……ゴホゴホッ。きっと信頼し合っているのでしょうね」
「あれが幸せだとは、な」
いまいち腑に落ちなさそうな男は、ボソッと呟いた。
◇◇◇◇◇
――数日後。
あの空き家の敷地には、不審な男がうろついていた。
顔に大きな傷があり、片腕を失った白髪の男。20代の若さとは思えない風貌に、ギラギラと狂気を宿した瞳。
不自然に抉られた庭先に蹲み込んだ。
そして──。
焼け焦げ血の付着した、褐色の狼毛束を見つけニンマリと笑った。




