6:塊賊
「お前が姉貴の夫か?」
「姉貴? 姉貴って・・・本当?」
三又槍を離すと勝手に塊賊の手元に戻っていく。この塊賊がサルサの身内で、サルサの事を姉と呼ぶならばサルサの性別は女性となる。ラッコの毛皮を深くかぶっているからって男性だと勘違いしてしまった。こんなことは初めてだな。もしかしてあのラッコの毛皮、肉眼でも認識を阻害する力でもあるのか?だって俺が外見で人を間違う事なんてないし。
「ヨーホホ! 姉貴はよく男に間違われるからな! てことはだ、お前は外の者だな。男の癖に俺の三又槍を受け止めるたぁ、やるな。どうだ? 俺のところに来ねぇか」
手元へ戻った三又槍に、何も変化がない事を確かめてから、俺を勧誘する。
「来ないか? 賊の癖に野暮ったい言い方するんだね」
「そりゃあ、どういう意味だ」
「察しなよ。言えるのは“尊”も“卑”も俺には当てはまらないだけさ」
塊賊はラッコのフードを脱いだ。この寒々とした真っ白い環境に適した、白銀の髪の毛が風に靡く。細い眉に吊り上がった目と、頬に十字傷。姉同様に引き攣った口元。武人のような女性が怒っていらっしゃる。
「外から来たなら塊賊を知らねぇんだろうな」
「賊なんて何でも変わりないでしょぅ。略奪者だ」
「確かにな。俺達は奪って奪って自由を謳歌する。それを他人に分配する義賊ですらねぇよ。だがな外の世界の山賊も海賊とも、確実に違う点がある。それは生命力だ。山も海も人間にとっては資源の倉庫だ。無論資源が大量にある分危険もあるが、この氷原とは違う。ここには肉も無ければ、飲料すらない。あるのは固まった氷だけ。それだけの世界で私達は生き抜いてきた。だからこそ、私達には生命力がある。そこらの賊と一緒にするな」
「うん。そうだね。つまりは敵対者がいない場所で、ぬくぬくと過ごしてきた腰抜けの集まりってことだ」
「ぶっ殺す」
その言葉を聞いてノーモーションで塊賊が突っこんでくる。祭囃子にしては圧が強すぎるな。
左足を怪我しているサルサを難なく三又槍で弾いて倒させてから、集落のアーチの前にいる俺へと距離を詰めてくる。三又槍が届く距離になって塊賊は不思議に思った事だろう。自分が感情任せに突き刺そうとしている三又槍が、自分の意思の他に――まるで三又槍に意思があるかのように、動いているのだから。
そんな不可思議な現象は戦闘を行っている身としては些細な違和感であり、攻撃することには変わらない。塊賊はそのまま三又槍を俺に突き刺すが、身体に刺さる直前で受け止める。
片手で回す様に捻ると、あまりの力に三又槍と共に塊賊は回る。一般的な人間ならそのまま地面に叩きつけられるところだけど、塊賊は回転が緩まった所で地に足をつけて、三又槍に力を込めて前進してくる。
無駄。その言葉が頭に過っただろうか。推進力を使った攻撃なのにも関わらず、ピクリとも動かない三又槍。怒りで助長された力に、相手に後悔さえも辞さない渾身の一撃だった。それでも梃子でも動かない。
絶望した顔で俺を見つめてくる塊賊に、サルサの時と同じように笑顔を送ってやる。
「うおおおおおおおお!」
恐怖を振り払うために雄叫びを上げて、力を再度込める。やはり動かすことはできない。児戯のようなやりとり。そんなやり取りを終わらす為に、拳銃を取り出して俺の顔面に発砲する。
首が反り、弾丸が六発俺の顔面に直撃する。
「はぁ・・・はぁ・・・くそが」
反った首を戻して、六発の弾丸を口の中から地面へと落とす。絶望した顔から塊賊は笑顔になる。もう笑うしかないのだろう。
「どう? 楽しい?」
俺と戦った人間に対して必ず尋ねる事にしている文言。大抵の人間は壊れた感情で言葉にならないことを叫ぶのと、俺を化物認定する。それが現実的だし、感情に最も従っている。
「楽しいだあ? 自分が勝てない相手と戦って、楽しいと思える奴はマゾヒストぐらいだろ!」
「後は熱血主人公と狂戦士だけだね。勝てないと解っているのに、まだ刃を突きつけてくるのは何故だい?」
「なぞなぞ博士かてめえ。んなこたあ決まってるだろ。俺がまだ負けてないからだよ!」
梃子でも動かないのなら、動かさないまま攻撃すればいい。恵体の両脚で俺の首を挟んで折りにきた。だけど、やはり、その程度では足りない。俺を殺せるには値しない力だ。
彼女は折れない。心も、首も。必死に藻掻き、足掻き、この氷原と言う大地で生きてきた証を、爪痕を、俺に残そうとしている。心の中にこそばゆい感情が芽吹く。これが萌えってやつか。
萌えていても、彼女の饐えたような臭いに我慢ならないので、そろそろ祭りの終焉に向かおうと思う。
彼女の顔面を片手で掴んで、無理やり脚を引きはがす。腕を一回転させて、彼女を天高く投げる。
まだ俺の本当の力に圧倒していたサルサに目を配らせる。その間に彼女は空中で最高到達点に達した。後は重力に逆らわず落ちてくるだけ。遥か上空。もはや肉体が小さな点としてか認識できないくらい上空。落ちれば確実に死ぬ。
投げた時点で、あまりにもの負荷で気絶しているから、何もできないだろう。
それを踏まえてサルサを見る。そして問いかける。
「いいの?」
殺しちゃって。
サルサは言葉の真意を考えた。考えて考え抜いて、出した言葉は。
「駄目だ。命を奪うな」
「そっか」
そういうルールなのだろう。郷に入っては郷に従えを体現する男と言われきたので、ここはサルサの願いを聞こう。
俺は大きく飛び上がって気絶した彼女を受け止めて、地面を揺らして着地する。脚の骨が折れなかったのは幸運だね。
「はい。拘束具は持っているよね」
「ああ」
サルサに彼女を渡すと同時に、また俺の手に手錠をかけられた。
なんで? との顔をすると、サルサに睨まれてしまった。どうやらどこかで、礼儀を欠いてしまったらしい。
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