1:天主様
ゾディアック教の朝は讃美歌から始まる。寝て起きて太陽の光を浴びながら、ゾディアック教の教祖であるリヴェン・ゾディアックが存在している方角である西を向いて、老若男女が喉を震わせて歌う。世界の約半分以上にそれは浸透し、普遍と化した。
食事の前では感謝の祈りを捧げ、働きに出る前には安全祈願の菱十字をきる。
罪を犯せば、吐露し、穢れを喰らってもらう。
喰らう。それは文字通り、罪を食べる行為である。
ゾディアック教の教会に置かれている懺悔室。その中では罪の告白と、罪の浄化が行われる。懺悔室の中にいる神父は聖遺物の力で、言葉にした罪を具現化し、喰らうことができる。
食べた罪は聖遺物の糧となり、神父の価値を決める。どれだけの罪を浄化したか、どれだけの人間や魔族を救ってきたか。ゾディアック教の経典の第一章にはお人好しも顔を引きつる程、人を救えと記載されている。これはゾディアック教の祖体と言われている、ゾディアックエイジを作り上げた、英雄の格言と言われている。
教祖リヴェン・ゾディアックの主食は罪である。己が世界の罪となり、人々から罰を受け、そして神と成った。三百年前の神々の戦いでの出来事で判明した。
罪は誰にもある。人にも魔族にも、そして神にも。
転生魔王神の権能は転生ではなく、罪を喰らうことができる。たったそれだけ。
「こう考えると、俺って神の中でも相当弱いよね」
ふかふかのソファの上で漫画本を読みながら、暇をつぶす為に、隣で必死にスクワットをしている黒髪ポニーテールが似合う弟子二号に話を振る。
「そう、です? 師匠は、元々の、スペックが、化け物染みて、ますけども」
「化物とは言ってくれるねえ」
「褒め言葉、褒め言葉、です」
暇つぶしだと解っているので、スクワットを止めずに弟子二号は適当に返してくる。弟子二号の言う通り、俺に備わった力は、そこらの人間や魔族では到底太刀打ちできない程に強い。そも現代人は技術に頼り過ぎて、素体の力は程々の奴が多いのだけども。
あの戦いで殆どのスキルを失ったはずであったが、復活したらあら不思議、スキルが幾つか残っているかではありませんか。一つは初期から持っている遺物吸収。魔遺物が存在しないから、あんまり使いどころがない。もう一つは魔力吸収。これが転生魔王神としての権能だから残っているのは当たり前。もう一つは魔族当時から持っている魔力感知。一つは魔眼。魔眼と言っても石化ではなく魅了。一つは形態変化狼人。サモエドになれるし、魔族の狼人になれる。一つは幸運。おませなお姫様程ではないけど、幸運が訪れやすくなっている。現状自分自身で確認できているのは、この六つだけ。スキルを開示してくれる存在がいなくなったから、自分のスキルを探すのも一苦労だ。
俺の身体は相も変わらず魔遺物である。魔力という動力源で動く為に、定期的に魔力を補充しないと、どこかの段階でエネルギー切れを起こして、停止してしまう可能性がある。恐らく、極限にまで魔力を使用しなければ、枯渇することはない。何も使用しないでずっと溜めてきているから、これは胸を張って言えるね。
破損欠損については、前回は魔分子修復というスキルを持っていたから使い勝手が良かった。だけども今回はそのスキルは失われたようで、普通に腕とか切られると、そこから復元するのは無理だった。
自分の身体が存在する限り、くっつけたり、自分の意思で戻したりして、魔力で補ってやると修復するのだけども。反魔告天道の反動なのか、身体の一つ一つが、自分の意思で動くようになった。あながち化物と言うのは間違っていないのだ。一応神だけども。ま、化け物も神も紙一重ってね。
「私は、師匠の他を、知らないので、師匠が、弱いとか、一概には、言えません」
もう脚が乳酸でパンパンになっているはずなのに、弟子二号はスクワットを止めない。そんなだから女の子なのに腰と太ももが同じ大きさなんだよ。
「何か、失礼な事、思いましたね」
「いんや」
太腿と腰を見比べていたのを察する力は驚異的だな。
「それよりもお勉強しとこうか」
「はぁ、勉強、ですか」
「他の神のお勉強。先ずは魔神ボォクだね。魔神ボォクは魔を司る神で副業として他の世界から転生と転移も行える。主に魔族や、魔術を生業としている人が信仰している神だね。因みに馬鹿っぽい」
「神に、副業とか、あるんです?」
「あるある。神もスーパーアドバイザーとかやっちゃうよ」
「馬鹿に、していますね」
「かなり。あぁ怒らないで。ボォクの追加情報ね。ボォクは受肉した状態でも魔力が極大にあり、今の俺といい勝負できるだろうね。あとは癇癪玉みたいなところもあるけど、一瞬冷静な面も見られるんだよね。正直、どっちが本当のボォクかは俺にも判別がつかない。あれで猫被っているんだったら、とんだ曲者だよ」
馬鹿の振りをしている天才は何人か見た事があるけど、ボォクはそれに近い気もするんだよな。結局見抜く根拠が一切なかったから分からない。
「魔神ボォクは、魔術教会に、根強く、信仰されて、いますよね」
「狂信者が多いイメージだね。怖いね」
未だに存在している魔術教会では、魔術の祖とか言われてボォクを崇めたりしている。三百年前はボォクを象った石像に苔が生えて放置されていたのに、ある意味随分な変わりよう。
「次は普遍神オーレ。普遍――言わばスキルを司る神だね。こいつも副業として転生に転移も扱っているよ。神の中で権能被りは止めて欲しいよね」
「オーレって、今最も、嫌われている、神ですよね」
「まぁ俺は小さな勇者様と世界を救ったことになっているけど、オーレは本気で世界を滅ぼしに来ていたからね。それが露見しているんだし、その神が如何に過激な神かと世に知らしめたよね。だけど、そんなオーレを信仰したがる人は一定数いる。何にでも需要があるニッチ産業だ、面白いよね」
「各地で、戦闘の被害が、あるので、面白くは、ないですね」
ルドウィン教はのほほんとした宗教だったのに、あれ以来、白い目で見られて、痰唾吐かれる始末。残ったのは献身的な信者と、狂信的な信者だけ。後者である狂信的な信者が、天畔教にされた事を根に持って、異教徒を狩っていたりする。
「スキルも過去の産物になりつつあるよね。俺が生きていた時代は一人十個持っているのが当たり前だったけど、三百年後には千人に一人が持っていたらいい方で、今では持っている方が異端だもん」
これはオーレの信仰心が地に落ちたからスキルを持っている人間が少なくなったという見解でよろしいはずだ。
「そうですね」
「君は親譲りのがあるだろう」
「そうですね」
弟子二号は家庭の話になると淡白になる。気を取り直して続けよう。
「三神目、天神ワタ=シィ。こいつに至っては魔力にスキルに転生転移になんなら新たに戒律を持ち込んだ、お騒がせ女神。色々とかき乱すのが大好きだ」
「ワタ=シィに、惚れられていると、伺っていますけども」
「伝記にはそう乗っているね。一体誰がそんな妄想を書き足したのかね」
英雄伝記との書物にワタ=シィはリヴェン・ゾディアックに惚れ込んでいると書かれてある。書いた人物の検討はつく。あの生臭、もとい酒臭シスター。海獣墓場に置いて行ったのを恨んでいるからな。
「ワタ=シィは権能が色々使えるけど、他の二神より最大値の限度がある。だからと言って取るに足らない相手ではない。実際に一対一で戦った時は、相手が舐めた事をしなければ負けていたしね」
「それは、厄介な、相手ですねっと」
ようやくスクワットを終えて、大きく息をついて、皮膚から湧き出る汗を、ソファにかけておいたタオルで拭きとる。暇だから数えていたけど、千回やっていた。やりすぎ注意だよ。
ワタ=シィを崇める天畔教は自然解体されるかと思っていたけど、これまたしぶとく生き残っている。ボランティアとか、地域に密着して貢献しているらしい。そういうのが一番怖いよね。身近にある落とし穴って感じだ。
「さて、問題は俺を除いた新たに追加された二神」
「確か、猟海神ジィブンと地獄神ワアレでしたよね」
「そう。ちゃんと調べたんだね、偉い偉い」
弟子二号は弟子一号よりも、少しだけ高い背丈である。飲み物をテーブルに取りに来た弟子二号の頭を撫でてやろうと、手を伸ばしたら、避けられた。ここ三日夜寝る間も惜しんで情報収集していたから、褒めてあげたかったのに、ちょっと悲しい。
「ゴルゾーラ教という北海の地域が崇める神が猟海神ジィブンで、ソロゴン教という百年前まで手つかずとなっていた砂漠の民が祀るのが地獄神ワアレですね。どちらも未開の地ということで、詳しい情報がありませね」
「だと思った」
「だと思った!?」
飲んでいた飲料が喉に詰まって咽る程の驚き用だった。
「どっちも派手に耳にしなかったしね」
「ではどうするんです?」
弟子二号は直ぐに落ち着きを取り戻して訊ねてくる。
「ただいまー。師匠師匠、禊終わったよ!」
俺が今まさにどうするかを言おうと息を吸ったところで、弟子一号が娯楽部屋の扉を血空強く開け放って入ってきて、俺を見るや否や、俺の隣に座った。
「あー師匠何か企んでる顔してる! 何々? 何するの?」
「うわー、嫌な笑顔だ。きっとろくでもないことだ」
弟子一号が嬉々として前のめりになり、弟子二号は口に出さなくていい事を、肩を落胆させながら言う。だから二人の期待に応えてあげよう。
「現地に行こうと思う。拒否権はなし! 天主様命令です」
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