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航海

 一夜が明け、朝から航海が始まる。

 エルフの国までは一日と半日程度かけて海を渡ることになる。

 今回俺達が乗るのは魔法と科学を活用し、元来より速く進む高速船と呼ばれるものだ。

 その代わり急停止するときに大きく揺れたり、そもそもの速度もあるので酔いやすい欠点があるらしい。


 俺としてはゆっくりと航海を楽しんでみるのもおつかと思ったが、ミリカの強い要望で高速船になった。

 ちなみに代金がエルフの国持ちになるように頼んでみるから! と言っていたがエルゥに「や、王女が乗るんだからそりゃ国持ちになるでしょ」とまた論破されていた。

 結局、鼻水を垂らして泣き出し、それでもなお懇願してくるので高速船になったという経緯だ。

 理由はどうせ早く自分の手柄として持ち帰りたいとか、大したものでもないだろう。


「ふむ、爽快」


 エルゥ、シトラ、ミリカの三人は船内で休むということで甲板に出てきた俺は、腕を組み仁王立ちで水平線を眺めるレナの肩を叩く。


「ラースか。ここは体幹を鍛えるいい訓練になるよ、一緒にやらないかい?」


 話しかけたことを数秒で後悔するが、海の上では他にやることもない。

 たまには付き合おうと、頷いて彼女の横に立った。

 忘れていたが、レナは生粋の訓練好きだ。


 いや、好きというか彼女にとって努力というのは日常だから苦とも何とも思っていないのだろう。

 昔は努力するより辛いことが毎日あっただろうし、ギルフィ家の再興を目指すと言って訓練していた時期も努力は当たり前だから、といった感じだった。


 俺も訓練嫌いだが、魔物と戦って鍛えること自体は苦とは思わない。

 だからどれだけ努力するということが身に付いているか、というのが当たり前に思えるかどうかの境目なのだろう。


「……昨日からずっと暗い顔だけど、どうかした?」


 黄昏ていた俺に、レナは心配そうな表情で尋ねてくる。

 昔からレナは俺の心情を読み取るのが得意だ。

 シトラにもずばりと内心を当てられたりするので、俺の方が顔に出るタイプなのかもしれないが。


「まあ、ちょっとな。色々と考え事はあるよ」


「ふうん」


 勘繰るような視線に気付かないふりをしつつ、水平線の果てを眺める。

 考え事というのはシトラのことだ。旅が終わった時には結婚を考えてくれ、と言われてしまうとどうにも気まずくはなる。

 という話をレナにしたら一悶着起きかけないと思い、だんまりを決め込む。


 ……つもりだったが、ずっと俺を刺してくるような視線がとてつもなく痛い。


「ラースの考え事といえば、昔はギフトのことばっかり考えてたよね。どうすれば発現するとか、自分のものを生かす方法はとか。適性もないのに魔法に手を出してた時期もあったっけ」


 懐かしい思い出だな、と頷く。

 話題を作ってくれないと我慢できずに話してしまうところだったので助かった。


「魔法については一切身に付かなかったけどな。唯一、火を起こすぐらいは出来るけど……あまり役にも立たないし、凄く疲れる」


「それでもそこまで強くなってるんだから偉いよ。たくさん努力した証拠だね」


 大袈裟なほどに褒められ、少し照れる。

 エルゥにパーティーに誘われた時もそうだったが、褒められることは慣れていないので今までの道のりを評価されると嬉しくなる。


 まぁ、褒められることが慣れていないというのはヴァインとエルゥが流した悪どい噂が勝りすぎていて、裏では地道に評価が上がっていることに気がつかなかっただけだろう。

 今になってようやく案外周りに評価されているのだな、という実感がある。


「で、悩み事って何? 聞かせてよ」


 ぐい、と顔を寄せられ思わず背筋が伸びる。

 その眼は逃さないぞ、と語っておりどう足掻いても逃れられる雰囲気ではない。

 俺は溜息を吐き出すと、観念する。


「実はな、その………………」


 観念したはものの、中々本題が声が出ない。


「ボクには言いづらいこと?」


「いや……うん」


 はぐらかすつもりが頷いてしまい、冷や汗が止まらなくなる。

 そんな俺を見てか、レナはくすりと笑った。


「怒らないから言っていいよ。ボクに言いづらいことって、大方察しはつくし」


 そう言ったレナの表情はにこやかだが、内心はどうか。

 ブラック状態のレナがあまりにも深く俺の心に傷痕を残しているため、疑念は晴れない。


「そのー、なんだ。正式に結婚しないかとシトラに言われて…………や、返答は俺達が冒険者として終着点を迎えた時ぐらいに言ってくれれば良いって言われてるから返事とかはしてなくて」


 顔色を伺いつつ、探りつつ。

 そんな話し方で俺の悩みを打ち明けてみるが、依然レナは笑顔のまま。

 それが益々俺の恐怖心を煽り立てる。

 はやく、はやく何か言ってくれ! と願う俺をいたぶるかのごとくレナは口を開かない。


「そっか。ま、予想の範疇の悩みだね。彼女がラースに好意があるのは知っていたし」


「え?」


 意外にも怒りだとかそういったものは感じられず、知ってる知ってる、とひょうひょうとした態度を見せるレナ。


「最初に会った時から感じてたよ。シトラがラースの今のハニーだとか言った時、目が本気だったからね。だからボクも焦っちゃっていきなり決闘とか切り出しちゃったけど」


 お恥ずかしい、と今更照れるレナに俺は驚愕を隠せない。

 女の勘というやつだろうか。それとも俺があまりにも鈍感なのか?

 しかし、知っていたからと言って怒らない理由にはならないと思うが、何故彼女はこれほど平然としているのだろうか。


 もしかするとレナは既に、俺に対して恋心とかそういったものを持ち合わせていないのかもしれない。

 ううむ、女心は分からない。


「何でボクが怒らないのか、って顔をしてるね」


 ただ男心は案外簡単のようで、俺の頭の中は筒抜けである。


「あぁ、そんな顔をしていると思う」


「ラースは全部顔に出るからね。良くも悪くも正直が過ぎるよ」


 指摘され、それほどかと一人反省する。

 ポーカーフェイスを心掛けた方がいいのだろうか。少しぐらいミステリアスな方が知的に見えるだろうし。

 なんて思いつついると、レナが笑顔を崩す。

 来たか、とビクつくがやはり怒気のようなものは感じられない。


「……ボクは一度勝負に負けた女だからね。今、こうして一緒にパーティーに居られるだけでも御の字の立場だよ。

 負けた人間が騒いでも醜態を晒すだけ、それは重々承知しているからね。

 だから今でもキミのことは好きだけど、キミの恋路には何も言わないよ。振り向いてもらうまでただ励むだけさ」


 爽やかに言ってみせるレナに、不覚にもきゅんとしてしまう。

 ひとつ気になるのは騒いでも醜態を晒すだけ、と言いつつエルゥと(おれ)を取り合う際にレスバトルを繰り広げていたような気も……。

 ま、まあそこに目を瞑れば凄まじい格好良さである。

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