いざ、ダンジョン(2)
「涼しい」
ダンジョンに入ると、少し温度が下がったのを感じた。
私のシンプルな感想を聞いて、ラースも同意する。
薄着のシトラは大丈夫なのだろうか、と横に立って表情を確認するが、それこそ涼しい顔をしていた。
エルフは寒さに強いのかもしれない。
「なんか、視線を集めていますわね」
シトラは寒さより周囲からの視線が気になるようで、露骨に眉をひそめる。
ダンジョンの入り口は冒険者の溜まり場だ。他の冒険者の装備を見て倣ったり、引き上げて来た者達の休憩場所となっていたり、情報交換をしたり。
今日も数パーティーが腰を下ろしており、視線の的は私達。
それもそのはず、スーパールーキーである私が注目を集めないはずがない。えっへん。
「俺が居るのもそうだが、エルゥが冒険者デビューしたことはそれほど広まってないだろう。ダンジョンに居る冒険者にしてみれば何故ギルドの受付嬢がここに居るのかって思ってんじゃないのか」
ラースが顎をしゃくりながら考察するように呟く。
たしかに、私がギルドを後にして一時間も経っていない。
突如受付嬢を辞める形になり、ギルドを後にする時に行き先を訪ねてきた顔見知りの冒険者達に事情を話したぐらいで……そもそもその話が広がっているかどうかすらか分からない。
元Sランクパーティーの人員であるバリス・グランダーソンの娘だから話題性はあると思うのだが。
ようやく“目当て”の者を仲間にし、満を辞してといった感じで冒険者になったのだから話題になっていることを願うばかりだ。
「あら」
洞窟系のダンジョンを突き進む私達の視界に魔物の群れが映る。
洞窟系は道も複雑だったり狭かったりするので魔物とかち合うリスクが高い。
逆を言えば敵は見えやすいし、狭所では魔法も有用だ。
まぁ、なので〈気配察知〉は分岐路ぐらいでしか役をなさない。
それも地理を把握しておけば必要性が薄れる。
とはいえ、うきうきで先頭を歩いていたシトラの思うとそんなことは口には出せない。
歩く中で薄々魔物が居るな、と気配を勘付いてはいるだろうが、それでも目に見えているのだから……止めておこう。
「〈アイスワーム〉か。初陣は二人に任せるけど、できるか?」
道を塞ぐように蠢いているのはワームと呼ばれる種族の魔物だ。
ワームといっても芋虫型と呼ばれるものとミミズ型と呼ばれる二種類がある。
ぶっちゃけ小型のものが芋虫型で巨大なものはミミズ型と雑に分けられることが多い。目の前にいるのは前者だ。
しかし、小型といっても人間の子供ぐらいのサイズがある。
それが気持ち悪い虫の容姿でもぞもぞと這っているのだ。不快感はマシマシである。
「いけますわ!」
「いける」
快活に返事をするシトラに、私が続く。
──彼女との出会いはギルドだった。
初めてシトラが入ってきた時、それはもう尖りに尖っていた。
今も興味を持った相手以外には不躾な態度を取るのだが、それはさておき。
ギルドに入ってくると値踏みするように冒険者を見回し、ダメだと言った様子で首を振ったシトラ。
だけど、彼女が唯一パーティーを組みたいと思った相手がその場に居た。
それが私である。目と目が交差した瞬間、雷に打たれるような衝撃を感じたのだ。
ただ、私はラースが加入しない限り冒険に出るつもりはなかった。
それを伝えると、物好きにも金と暇はあるので自分も待つとシトラは言い、今に至る。
シトラがラースに興味を持つかという点は心配だったが、一目惚れだった。
そこいらの冒険者とは“物が違う”と気が付いたのだ。
「氷の精よ、槍となって悪きを貫け! 〈アイシクルレイン〉!!」
氷の中級魔法。無数の氷柱飛ばす攻撃に特化した魔法だ。
シトラは無詠唱でも唱えることができるだろうが、詠唱をしたのは私とのタイミングを合わせ易くする為だろうか。
〈アイスワーム〉を目掛けて飛行する氷柱に続いて私は飛び出す。
この芋虫どもはアイスとは銘打っているし体色も水色がかったものだが、特に氷に対して耐性を持っているわけではない。
まあ先端の尖った氷を飛ばすわけだし耐性も何も無いとは思うが。
「はあっ……!」
──着弾。氷の雨が〈アイスワーム〉達を蹴散らすと同時に〈プロミネンス〉を振りかぶる。
ゴッ!! という衝撃音と共に一匹が弾け飛ぶ。
尖った部分ではなく平たい部分で叩きつけると、鎚は芋虫をぶち破る。
物凄い破壊力を実証すると共に、芋虫は体液を撒き散らし絶命した。
……汚い。
飛んできた液体から逃げるように顔を背けつつ、〈アイシクルレイン〉が直撃して転がっている〈アイスワーム〉達を次々と仕留めてゆく。
体が軽い。まるで自分の手足のように〈プロミネンス〉を振るうことができる。
「!」
芋虫を蹴散らす私だったが、倒せたのは前線の数体。
奥にまだ三体ほど残っており、そいつらの口元がかぱっと開かれる。
体内の口へと魔力が集束し、やがて氷弾へと変わり──射出される。
「ふっ!」
ただ氷を飛ばすだけの捻りのない攻撃を横薙ぎに一振り、粉砕する。
「〈アイスアロー〉!!」
私が〈プロミネンス〉を振り終えたのを見計らったようなタイミング、脇をシトラの魔法がすり抜けていく。
放たれた氷矢は三本。丁度敵の数と同じで、速く、そして的確に放たれた矢は〈アイスワーム〉の脳天をぶち抜いた。
動く気配はない。私持っている〈魔力感知〉のギフトにも反応はなかった。
魔物は息の根を止めると、魔力の稼働が停止する。
人間が死ぬと心臓が止まるように、魔物の中にある〈魔核〉という心臓のようなものも止まるのだ。
〈魔核〉と心臓を別個に持っていたり、心臓のみの魔物もいるのでひとまとめには出来ないが、大抵は〈魔核〉を心臓としているとみて構わないだろう。
その〈魔核〉も冒険者の収入の一つで、様々な技術に流用されている。
ただ、弱い魔物の〈魔核〉は大抵小さいし効力も薄い。
ほとんど使い道もないので、ギルドで買い取りすることは無い。規程以上のサイズしか募ってないのである。
「第一陣にして素晴らしい手前だ」
戦闘が終わり、後方で待機していたラースが寄ってくると私の頭を優しく撫でた。
シトラにはしないので単に私を子供扱いしているのだろう。
その点に関して腹は立ったが、撫でられること自体そこまで悪い気もしなかったので咎めはしなかった。
「次はラースの番」
「俺か? 先輩冒険者としての腕の見せどころだな」
背中の大剣ではなく腰の鞘から剣を抜いたラースは、どこか嬉しそうに先頭を歩き始める。
……彼のことを高く評価している私だが、実のところ戦っている姿を見たことはない。
基準はいつも、冒険者として彼が持っている高い意識。人伝いに聞いたその無双っぷり。
そして彼が放つ“異様な存在感、威圧感”だった。
気の抜けているようで、まったく隙の見えない佇まい。
一体何がそうさせ、そう見えるのか。非常に興味があった。
それから一階を突き進むこと、十数分。
「中々機会がありませんわね」
シトラの言う通り、敵という敵に遭遇することはなかった。
一階の地形は本当に出来て間もないダンジョンでなければ冒険者達に知れ渡っている。
私達も把握しており、魔物も少なく且つ二階へ向かう最良ルートを歩き続けているのだが……。
折角魔物が出てきても先に他のパーティーが戦闘していたりと、機会を逸し続けている。
「こりゃ二階まですんなりと行けそう……ん?」
余裕だと吹いていたラースは首を傾げる。
前方から移動してくる、複数の魔力体。
大きさから判断するに〈アイスワーム〉だろう。数は一○体程度か。
ようやく腕の見せ所だろうか、そう期待をするが、意外にもラースは真ん中を避けると壁際に身を寄せる。
そして私達にも同じようにしろ、といった目配せをした。
「ラース、これは」
尋ねようとすると、そう動きの速くない〈アイスワーム〉達が爆速で這いながら近付いてくる。
交戦は必至。そう思った私だったが、〈アイスワーム〉達は意外にも私達になど目もくれず、道の真ん中を通り抜けていった。
「……行きましたわね」
「うん」
あまりに不可解な様子を茫然と眺めていた私たシトラ。
しかし、その奇怪な現象の真相をすぐに知ることになる。
「! この反応は……」
驚きに眼を開くシトラ。
私のセンサーにも“異質”なそれは引っかかる。
それは眼前に続く道の先から此方へと向かっており、正体は一体何だと睨視する。
魔力の強大さから察するに、一階に存在しうる魔物ではない。
「エルゥ、シトラ、覚えておくといい。ダンジョンではままある現象だ」
ラースは慣れている、といった様相で剣を構えると、迎え撃つかの如く道の真ん中で仁王立ちをする。
「本来深い階層に居る魔物が冒険者達をなぎ倒し、あるいはすり抜けて浅い階層に向かう。
俺は一度、“ダンジョンのボスが一階層まで来ている”のも見たことがある」
〈イレギュラー・シフト〉。冒険者達の間ではそう呼ばれる現象で、最早天災に近い初心者殺しのダンジョントラップといえよう。
ダンジョン内での階層の上がり下がり、というのは中に置かれている転移魔法陣で行われる。
明らかに作為的に設置されたもので、ダンジョンは何者かによって作成されているとまことしやかに囁かれているが、ともかく、それが魔物の階移動を可能している。
目的はダンジョンより這い出る事なのか、獲物を求めてなのか。
何にせよそれが今、起きている。ダンジョンボス程の強大さではないが、それなりに強い魔物が──やってくる。