愛が愛しい
本日2話目。短めです
「……はあ」
執務室に戻ったボクは相も変わらず書類に目を通しつつ、深い溜息をついた。
数分して手を止め、重い体を机に伏せた。
やる気が出ない。心が保たない。愛が足りない。
ラースとの決闘を一週間後にしたのは、ボク自身の気持ちを整えるためだった。
彼の気持ちがボクに向いていないのは分かっている。それでも、彼は決してボクを突き放そうとはしない。
理由は長い年月と、“あの出来事”を自分と彼だけが背負っているという自責の念なのかもしれない。
「……………………」
ボクは、愛という沼に落ちる人種を馬鹿にしていた。忌み嫌っていたし、そうはなるまいと思っていた。
ギルフィ家は元々侯爵の地位を持つ貴族の家だったが、父の“火遊び”が過ぎたのもあって取り潰された。
〈マジック・パラダイス〉という、所持するだけでも法に触れる植物。
それは非常に中毒性があり、薬として街の陰で取引されている。
元々女性関係にだらしなかった父は、女性に唆され……使用した。
それから家が取り潰され、父は後遺症で〈マジック・パラダイス〉を求め続けた。
母も徐々に心を病み、酒に溺れて他の男に逃げた。
やがて父はトラブルに巻き込まれ、殺されてしまった。
愛を捨て、女という沼にハマった結果だ。ボクは何も思わなかった。
父が亡くなり、母との二人暮らしが始まったが彼女は日々ボクに暴力を振るった。
男を取っ替え引っ替えし、家に連れ込むと白昼堂々娘の前で性交を繰り返した。
気まずくなったボクの逃げ場は前々から度々顔を出していた騎士団だ。
幼馴染みのラースが訓練する姿を眺める日々が、ボク自身も参加するようになって……ようやく人生に日が差した気がした。
だけど、突然母が“新しい父”なるモノを連れてきた。
その男は非常に乱暴で、母にも私にも暴力を振るった。
ボクは当時から優しく笑みを向けてくれるラースが好きだったので、彼と会うことでストレスを避けていたが、ある日義父は暴力の趣向を変えた。
丁度ラースが冒険者として旅立つ二年ぐらい前だろうか。最低限女として体も発育してきたボクを強姦しようと、襲いかかってきたのだ。
「……よっ」
体を起こし、再び街の事件などをまとめた書類に目を通し始める。
最低限護身を心得ていたボクは義父から逃げ、そういったことも考えて騎士団から借りていた剣を手にした。
あの感触は今でも覚えている。肉を裂き、噴き出る鮮血を浴びながらも義父を斬り続けた。
首を落とし、腹部を一文字に裂いた。
母はその時買い物に出ていたが、帰ってくると義父の死体を見て泣き崩れた。
彼女にもあれ程暴力を振るった男の死に涙し、悲痛に暮れ。
そしてボクに怒りを、憎しみを抱いた。
包丁を手にし、ボクを殺そうとしてきた母を…………この手で葬った。
母が死んだという悲しみは無い。男という沼に落ちた、女の末路だ。
それからボクは血を拭き、義父と母の死体をバラして袋に詰め込み、埋めるべく夜中に出かけた。
当時評判が地に落ちていたギルフィ。その残骸が残っているだけの家に寄り付く者など居なかったし、外で姿さえ見られなければと慎重に行動した。
街の外壁にボクの持っている雷魔法で穴を開け、近隣の森へ。
やはり地面に雷魔法で穴を開け、夜通しかけて全て運び終わり──穴を埋めて完了。
穴の跡は不自然ではあったが、その後草とかを被せてなんとか誤魔化した。
それから一ヶ月もしない内に死体を雷魔法で完全に焼き潰したので掘り起こされることもない。
そうしてボクは疲れ果て、すっかり朝になって……睡魔と疲労、そしてやり遂げた安堵から倒れ込んだ。
でも、そんな時に唯一ギルフィ家にやってくるラースが訪れたのだ。
ノックをしても返事が無いので窓から覗き込んだらしいのだが、血の掃除が終わっていなかったので血と倒れているボクを見て、慌てて家に入ってきた。
玄関の鍵は閉まっていたので、窓から侵入したらしい。
家が取り潰しになってからは街の外れのあばら屋に住んでいたので、建て付けが悪くガチャガチャと揺らすと窓の鍵が外れるのだ。
ボクはラースに起こされ、事情を全て話した。
彼はボクを突き放すこともなく、軽蔑することもなかった。ただ優しく抱きしめ、誰にも話さないと約束し、それを守ってくれている。
それからボクは騎士団の寮に住むことになって、現在に至る。
「ん〜〜〜、訓練でもしようかな」
特段動かなければならない報告もなく、次は騎士団の予算についての提案書を手にしようとして、止める。
背伸びをしたボクは、気晴らしに剣を握ろうと腰を上げた。
……ボク自身、愛の沼に浸かっていることは重々承知している。
それでも彼に救われた。彼に支えられた。逃げはしても、彼はボクを完全に突き放すことはなかった。
彼のおかげで生きた。彼のために生きた。彼が生きているだけでもよかった。
でも、いざ帰ってくると無性に彼の愛が欲しくなった。
これが沼だと気付いていても、爪先から頭まで浸かったボクにもう抜け道はない。
「──愛」
嗚呼、愛しい。彼の愛が、無性に恋しい。




