追放、そして
「ラース、お前はクビだ」
とある宿屋の一室、指で首を掻っ切るようなジェスチャーを取ったのは、このパーティーのリーダーであるヴァインだった。
容姿端麗、冒険者としての実力も一流で、天から与えられたギフトも豊富だ。
唯一気性が荒いという欠点があり、彼の逆鱗に触れた俺はパーティーのクビを宣告された。
「早く出ていきなさいよこのクズ!!」
追い討ちをかけるように罵声を浴びせてくるのは魔術師のアンだった。
言われても仕方がない。そんな後ろめたさを抱えつつも、歯を食いしばる。
追放されることになった原因は明白で、俺が悪い。
それは分かっていたが、精一杯今までパーティーに尽くしてきた身なのだ。何もそこまで言わなくてもいいだろう、そんな悔しさが溢れ返る。
「…………」
治癒師のクレアは顔を伏せたままで、ヴァインの決定に口を出すことはしなかった。
彼女は俺を庇ってくれた立場で、初めはヴァインに抗議をしてくれたが俺に非があったこともあって押し切られてしまった。
俺はアウェーな空気の中、踵を返す。
「おい、役立たず。武器や防具もパーティー共有財産だろう。
その剣を置いていけ、他は許してやるがな」
部屋を後にしようとした俺に、ヴァインが指示をする。
剛剣フレストリア。フレスト鉱石という高価な素材から出来た剣で、俺の胸元ぐらいまでもある長剣だ。
「……」
俺は文句を言うこともなく、背負った愛剣を鞘ごと外すと壁に立てかける。
「世話になったな」
一言残すと、俺はそそくさと部屋を後にした。
廊下に出ると、隣の部屋を見やる。
パーティーを同郷の四人で始めたあの頃は同じ部屋で寝泊りをしていたが、最近は俺だけ別に部屋を取っていた。
俺は自分の泊まっていた部屋に入ると、荷物を詰め込んだ大きな巾着袋を背負い……宿を後にした。
◇
パーティーをクビになった俺、ラース・ゼーノルトが向かった先は冒険者の集まる場所、ギルドだった。
パーティーの資金の管理はヴァインがやっていた。冒険者の収入は主にギルドが斡旋してくれる依頼などをこなした際に得る対価だが、そこから必要資金を差し引き、残りは四等分される仕組みだった。
俺を嫌いなヴァインがこっそりと俺の分け前を減らしていたこともあって、所持金はあまりない。
宿も別で取るようになってから自腹で払っているし、食事なども昔は諸経費から払われていたが、今やヴァインがアンとクレアを連れて勝手に出かけてしまう為に残された俺は身銭を切っている。
その為、何をするにしてもやや資金が心許ない。
なのでどこからか捻出しなければならないわけだが、それを解決するために俺はギルドにやってきたのである。
「おいっ、Sランクパーティーのラースだぜ」「一人で居るってことは、遂にクビになったのか?」「“仲間に手を上げた”なんて噂まで流れたしな、妥当じゃねーの」
単身ギルドに踏み入れた俺の耳に入ってきたのは、冒険者達の噂話だ。
ギルドの一階は依頼のやり取りをする場所でもあるが、同時に酒場にもなっている。
規則的に並んだ円卓を冒険者達が囲み、これからのプランを話したり──あるいは仕事の疲れを癒すように酒を飲んだり。
今は丁度昼間を過ぎたところなので人もまばらだったが、それでも冒険者達の視線は俺に集まっていた。
それ程“Sランク”という称号は重く、注目の的となるのだ。
なんせ位で見れば最高位であるSSの一つ下で、国内では引退や解散したパーティーを除けば三組しか存在しないのだから。
「クビになった?」
依頼の受領であったり報告であったりそういった窓口の役割を成すのがギルドの受付嬢という存在になる。
栄えたギルドであれば一人で捌くのはやや厳しく、二人備えられていたりする。
ここもそうで、俺はたまたま空いていた受付嬢の元まで歩いていったのだが……出会い頭にこの発言である。
「あぁ、そうだよ」
あまりの直球な発言に一瞬気圧されてしまうが、どうせ広まる話である。引きつった口元を動かしつつ、肯定した。
「愚か」
ふっと微笑を浮かべる、このギルドの名物毒舌美少女。
エルゥ・グランダーソン。ここのギルドマスターの愛娘であり、生意気ながらどこか憎めない女の子だ。
綺麗な金髪を両サイドで括っていて、いつも表情は硬いが……珍しく笑みを見せた。
「愚かなのは分かっているさ。ただ、どうしようもなかった」
俺は肩をすくめておどけながらここに来た目的を果たすべく、背負っていた荷物を一度下ろすとその中からとあるブツを取り出した。
「愚かなのはラースじゃない」
「えっ?」
カウンター越しに対面するエルゥ。
ブツを置こうとすると、意外な言葉が投げかけられる。
驚いてエルゥを見つめるが、真意を答えるつもりはないのか顔をぷいと逸らし、「何でもない」と吐き捨てた。
……ま、いい。
ぽりぽりと頭を掻き、思考をリセットした俺はブツを提出する。
「それはそうと、これを買い取ってもらえないか?」
「これは……氷竜の?」
「一目で分かるとは流石の目利きだな」
俺が置いたのはつい先日ダンジョンに潜った際に秘密裏に採取した氷竜の鱗、それと牙だった。
魔物には災害レベルというものが設定されており、例えばSであればSランクのパーティーが策も運びも相性も、全てが上手くハマれば勝てるといったような設定になっている。
竜種の災害レベルは基本的にA。同じレベルでもピンキリで、字面だけで表現することは難しいが、竜種は成体であれば存在するだけで大抵がA以上となる。
通常の氷竜Aランクの中でも可も不可もなくといった立ち位置だが、コイツはとにかく強かった。Sランクである俺達も全滅寸前に追い詰められたほどだ。
それでも素材の値段は“Aランク”という指標を元に決められる。
Aランクの中でピンだとか、キリだとかそういったものが査定に反映されるケースは少ない。
ちなみに秘密裏に採取した理由は追い出されるだろうと、予感めいたものがあったからである。
勿論パーティーに軍資金として必要な分は採取した上で行っているので、責められる筋合いはそれほどないだろう。
「今は耐寒装備の需要が高い。鍛冶連中から取り寄せの依頼も来てるし、その納品として受理するけど……いい?」
淡々と喋るエルゥ。俺はこくりと頷いた。
魔物の素材は物にもよるが、依頼が無くてもギルドに買い取ってもらうことが可能だ。
ただ、需要が高まった時の為に在庫として抱える分なので必然的に相場より安くはなってしまう。
依頼の報酬の額も直接行商の者達と取引する分より安い(ギルドのマージンなどもあるため)が、それでも単に買い取ってもらうよりはマシである。
魔物の素材は鍛治に使うものが多いが、鍛冶屋と商談することは難しい。
鍛冶屋としては商人などから買うよりギルドから卸して貰う方が格段に安くつく。
そういった体裁もあって冒険者達と直接売買することはしない。
コネがあれば素材を渡して武器や防具を打って貰うような形は可能かもしれないが。
俺が持っていた剛剣フレストリアも冒険者になる時に鍛冶屋に打ってもらったもので、思い入れが……いや、忘れよう。思い出すと悲しくなる。
「はい、報酬」
エルゥから渡されたのは金貨三枚と、銀貨八枚。
貨幣は銅貨、銀貨、金貨、白金貨とあるが銅貨十枚で銀貨一枚分。その法則が銀貨から金貨、金貨から白金貨と続いていくような感じだ。
「ありがとう」
礼を言って受け取ると、巾着袋の中にある更に小さな布袋に詰め込む。
とりあえず、当面の資金はできた。一ヶ月はゆうに持つと考えてそれまでに次の職を探すとするかな。
あるいは冒険者として出直すかだが……ヴァインが流している悪評も広がっているし、どの道この街で活動するのは肩身が狭いかもしれない。
「ラース」
踵を返そうとする俺をエルゥが呼び止める。
何か用があるのかと首を傾げつつ振り返ると、相変わらずの仏頂面で俺を見つめている。
「これから暇になるなら、新人育成の依頼を受けて」
突然何を言い出すのか、唖然とする俺にエルゥは続ける。
「面白い逸材がいる。冒険者として培ってきた貴方の経験を、育成に活かしてほしい。
冒険者として一流の域にあるラースには、適任の職の筈」
やや強引な物言い。面白い逸材とハードルも上げられ、普段の俺なら遠慮させて貰うような案件だった。
だが。
「…………」
俺の経験を、歴を、努力を。
評価してくれる者は、非常に少なかった。
それもあってか、パーティーを追放されて落ち込んでいたモチベーションは再燃する。
「わかった」
ちょろいな、と内心自分を嘲笑いつつも。
力強い頷きでエルゥの申し出を、引き受けた。