第8話 イベント「役人襲来」
美人獣人の姉妹とお付きの狼獣人2人が帰った後、僕は残りの村人の弓を強化しようとした。
だけど、なぜか、弓が集まってこない。
「リオン、どうしたのかな」
「ふだん、おっちゃんの強化スキル、すごい価値だと思って遠慮しているんだと思うよ」
おー、そういうことか。
リオン達の弓矢を強化したりしていたから、そんなに価値がある物だと村人達は思っていなかった様子。
それが短弓強化の対価が子羊一匹だと分かって、自分達の弓を強化してもらうのに抵抗感が出てきたようだ。
別にお金を払ってくれって言うつもりはないのにな。
まぁ、月に一回の狩りイベントにしか使わない、正確にいうと追い役の時もあるから2カ月に1回か。
強化しなくてもいいかな、って思う気持ちも分からないでもない。
しかし、弓を強化しなくていいとなると、暇だな。
あれ、だいたいなんで今日もリオンが村にいるんだ?
今日は畑仕事のはずだけどな。
「ボクはおっちゃんの小間使いに任命されたのさ。なんでも言ってくれよ」
「小間使いなんて、贅沢な。貴族じゃないんだから」
「村長の命令だよ。2割おっちゃんは村にとって、すごく大切な人だからって」
そういえば、昨晩から寝る場所もそれまでのところと違って、村長の家の離れの客間になっていた。
本来はお偉い役人様がやって来たときに使う部屋みたいだ。
年に一度、年貢を決めるとき役人様がやってくる。
役人様の機嫌をそこなうと年貢が厳しくなるから、良い部屋とおいしい料理が必要になるらしい。
そんな部屋に泊まっていいのかと村長に聞いたら、問題ないと言う。
開いているから、いいのかと思ったが、それも僕の強化スキルを評価してのことだろう。
強化する物がなくなったから、暇になってしまった。
これはいよいよ、畑の隅っこを借りて野菜を育てるような本格的スローライフに突入か。
なんて、先の計画をしていたら、また、入り口の方が騒がしい。
「村長はいるか!」
立派な馬に乗った武人がやってきた。あの恰好は役人のようだな。
年貢の取り決めのために来るのはもっと後だと言っていたが、どうしたことだろうか。
「はい、ここに」
「今日は領主様が変わったことを連絡に来た」
「そうでしたか。ルサージュ侯爵様が亡くなったのは知っています。それではエドモンド子爵様が侯爵様になられたんですね」
「いや、アンジェロ男爵様が叙爵されてルサージュ侯爵になられたのだ」
「えっ、どうしてなんでしょう」
「貴族の世界のことだ。お前らには関係ない!」
あー、やっぱり、アンジェロ男爵が跡目争いに勝ったのか、やっぱり街から抜け出して正解だったな。
「す、すいません。分かりました。アンジェロ男爵様がルサージュ侯爵になられた。その連絡ですね。お疲れさまです」
「連絡はそれだけじゃないぞ。今年からこの村の年貢は3割にすると侯爵様が決められた」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。この村は開拓中なので、年貢は1割と決められているはずですが」
「領主様が新しくなられたのだ。決まり事も新しくなるのだ」
うわっ、いきなり税金3倍かよ。元アンジェロ男爵、えげつないな。
そういえば、アンジェロ男爵は野心家だと街では噂があった。
兄のエドモンド子爵が社交界に入り浸りなのに対して、軍団の訓練を一緒にやっていると聞いていた。
侯爵家が次世代になったら、貴族同士の交渉は兄のエドモンド様がやって、軍はアンジェロ様がやる。
それで侯爵家は安泰だろう、と言われていた。
侯爵になったのが、アンジェロ様だとするとそれがひっくり返るな。
今、税金をいきなり3倍にするとなると、来春にも戦争を考えているんじゃないか。
きな臭い世の中になりそうだ。辺境に逃げてきて正解だったな。
馬に乗った役人は次の村にいくのだろう。馬から降りずに去っていった。
「いやー、困った」
「村長さん。大変なことになりましたな」
「これは客人。年貢がいきなり3倍となると、開拓は止めて増産に励まないといけなくなる」
このあたりの小麦の収穫は3倍程度になるという。
小麦を秋に一粒撒くと、初夏の収穫時に3粒に増える。
だから、来年に備えて種もみとして、1/3は残さないといけない。
ところが年貢が3割となると、収獲の3割を納めないといけない。
それにプラス1/3の3割3分は種もみ用になる。
「残りは3割7分しかなくなる。今が5割7分だから、ずいぶんと減ってしまう」
それは大変だ。単に2割減るんじゃなくて、もっと減ることになるのか。
これは増産しないと、パンも食べられなくなるな。
「だが、増産と言ってもすぐにはできそうもない。開拓をしていた連中を畑に投入して手を掛けるしかなさそうだ」
「もしかしたら、僕が協力できるかもそれません」
「なんと! いい方法をご存知だったか」
あー、いけない。
ついつい、期待を持たせるような言い方をしてしまった。
困っている人をみるとついなんとかしてあげたくなってしまうんだよな。
せっかくスローライフになりそうだったのに、また忙しくなってしまう。
ブラック勤務になる前にあちこち手を出すのをやめないとな。
だけど、収獲を上げるには、もしかしたら僕の2割強化のスキルが使えるかもしれない。
そんなことを考えていた。