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第3話 オーダー「2台の荷車」

街道最西端の町で僕は馬車に乗った。開拓村と交易する行商人の馬車だ。


開拓村には自給できない物が沢山ある。それらの商品を売り、開拓村の産品を買う。

そんな仕事をしている行商人がいる。それを最西端の町で聞いて、馬車に乗せてもらう交渉をした。


もっとも、馬車と言っても乗合馬車じゃない。荷馬車だから、荷物の上に乗せてもらう。

僕も荷物のひとつになった気分だ。


荷馬車に乗って道なき道を進むこと2日。やっと開拓村についた。物資調達処のある街から出て9日後だ。


今持っているのは、金貨が3枚と銀貨が5枚。他には大銅貨、銅貨が少々。

貯めていた給金は物資調達処の管理部に預けたままだ。


この金でまずは生活の基盤を作らないといけない。

最初は宿屋に泊まるのは仕方がないが、それだと1カ月もすると無くなってしまう。

武器強化の仕事があるといいんだが、それはどうなんだろう。


いやいや、違う。辺境でスローライフをするんだ。

畑を耕して毎日の糧を得る。そのために必要な環境を整えなければいけない。


「おーい、そろそろ着くぞ」


荷物を沢山載せた馬車を引くのは老馬が2頭。御者が行商人の若者だ。

まだ20歳だという彼はモリーと名乗った。

ひょろっとした長身で赤毛の癖っ毛。イケメンではないが愛嬌がある顔をしていて親しみを感じる。


「あの村ですね。2日間ありがとうございました」

「何、荷物と一緒に運ぶだけだぁ、銀貨ももらったしなぁ」

「なんて名前の村なんだ?」

「あー、名前か? そんなのあるのかぁ。みんな開拓村って呼んでいるがな」


名も無き村か。僕の第二の人生のスタート地点としてはいいかもしれない。

財産も地位も捨ててきた僕にとっては、新しい故郷になるはずだ。


「しかしなぁ。なんでまた、こんな辺境に来るかぁ。大きい街に住んでいたんだろう」

「ええ。なんか街の生活に疲れてしまいまして」

「はぁ? 何だそれ?」


理解してくれそうもないな。このあたりの人達は一生懸命生きているのが感じられる。

それぞれの役割に応じた仕事をして、毎日の糧を手に入れている。

農民も行商人もそのあたりは一緒だろう。


「おー、村長がやったきたぞ。後ろから村の衆もだ。紹介するか?」

「ええ、お願いできますか」

「まかせろ」


やってきたのは僕と同じくらいの30歳のおっさん。

村長というからもっと歳かと思ったら、そうでもないらしい。


「やぁ、モリー。頼んだものは持ってきてくれたか?」

「ええ。みんなもってきたよ。それはそれとして、この人を紹介するよ」

「誰だ、この人は?」

「入植希望者らしいよ」

「あれ、驚いた。こんな辺境の開拓村に入植とは」

「ヒューゴと言います。よろしくです」


挨拶をしてお辞儀するが、村長さんは反応しない。

浅黒い顔にぎょろっとした目でじろじろと僕を見ている。


「おまえ、街育ちだろう? 辺境の生活は辛いぞ」

「はい、覚悟しています」

「まぁ、いい。人手は足りないからな」


おー、まずは第一関門突破だな。

よしっ。


「で。農業の経験はあるのか?」

「えっと、ないです」

「おいおい。辺境にきて農業できないというのか?」

「いえ、やります。畑を耕すために来たんですから」

「そうか? しかし、その細い腕で大丈夫か?」


確かに村長さんの腕はしっかりと筋肉がついていて太い。

後ろにいる村の衆の男達も同じだ。


「最初はきついでしょうがそのうち慣れます」

「ほう。根性だけはあるみたいだな」

「ええ。街では休みなし、徹夜で仕事してましたから」

「ここじゃ、夜は寝るものと決まっているぞ」

「はい! 陽が昇ると同時に仕事をして、陽が沈むと休む、ですね」


旅芸人が農村の暮らしをそう表現していたから知っている。

実際に体験するのは初めてだけどね。


「ところで、何か特別なスキルを持っているのか?」

「はい。武器強化のスキルを持っています」

「あー、武器はこの村にもないことはないが、武器の整備は持ち主がやるものだ。街とは違うんだよ」

「そうでしょうね。この僕のスキルはここでは役立たずってことで」

「なら、新参者として扱うがいいか?」

「もちろんです」


これは想定していたこと。

侯爵様の軍団では武器は使い捨てみたいなところがあるが、このあたりでは違うだろう。

剣ひとつとってみても貴重品だろう。

もっと仲良くなったら、強化してあげたら喜ばれる、そのくらいにしか思っていない。


「では、ちょうどこれから午後の作業に入るところだ。私はモリーと交易の話があるから村の衆について行って手伝ってくれ」

「分かりました」


いよいよ、僕のスローライフが始まるってことだね。


☆  ☆  ☆


「いやぁー、半端ねぇー」


スローライフなんてとんでもない。

ハードライフもいいところだ。


農作業だと思ったら、開拓作業だった。岩や切り株がごろごろしている荒れ地を畑にするらしい。

切り株を掘り返して、石を取り除く。それが僕に与えられた最初の仕事だ。


もちろん、僕だけでなく村人5人で作業に当たった。そのうち3人は15歳にならない少年たちだ。


「おっちゃん。これくらい持てないの?」

「ぐぐぐ」

「ほら、手伝ってあげるよ。いっせいの、せいっ」


少年たちはひとりで大きな石を持ち上げて、荷車に載せている。

それなのに、僕は同じくらいの大きさの石が持ちあがらない。


「力ないなぁー、おっちゃん。デカいくせに」

「本当にそう。役立たず!」

「おい、おまえら。遊んでないで働け!」

「はーい」


あー、なさけない。

少年達にバカにされて、役立たず扱い。

一緒に開拓している男達も口には出さないが、少年達と同じことを思っているだろう。


「あー、それじゃ。そこはいいから。荷車をあっちの石置き場に運んで」

「分かりました」


軽く引き受けたが、荷車がまた重いこと。

力一杯押しているが、うごかないぞ。


「それもダメか。まぁ、その荷車、調子悪いのもあるがな」

「すいません。もうちょっとがんばってみます」

「そういえば、おまえ。武器整備のスキルを持っているんだってな。荷車は整備できないのか?」

「えっ?」


整備じゃなくて強化なんだけど。

そういえば、武器なら強化とともに補修効果もあったな。ボロボロの剣も強化すると整備したのと同じ効果がある。

だけど、残念ながら武器以外の強化も整備もしたことがない。


「武器以外はやったことありません」

「いいか。開拓村じゃ、一人何役もするものって決まっているんだ。街みたいに専門家じゃ通らないぞ」


それもそうだな、よしやってみるか。


初めて剣を強化したときと同じ気持ちでやってみる。


まずは荷車の構造チェックだな。

見てチェックするんじゃないよ、解析魔法を使うんだ。


うん、左右のバランスが悪くなっているな。左の軸受けが劣化して割れかかっている。これが重たい原因だろう。

あと車軸全体が柔らかい木を使いすぎだ。もっと硬化できたら効率があがるだろう。


解析の後は強化魔法の出番だ。

解析に基づいて魔素を流すと強化が起きる。


「はい。終わりました」

「えっ、なにが?」

「荷車の補修と強化です」

「嘘だろう? そんなバカな」


半信半疑で彼が荷車を押す。荷車は自然と前に動き出す。

うん、いい感じだ。


「えっと。おい、これ押してみろ」


一番小さな少年を指名して押させてみる。きっと少年だと押しても動かないのかもしれないな。


「うん、やってみるね。あ、大丈夫! うごくよ!!」


うん、荷車強化成功のようだ。

きっと新品のころと比べても2割くらい軽く動かすことができるはずだ。


「おまえ、何をしたんだ?」

「えっと、荷車を強化しただけなんですが」

「何もしていないように見えたぞ」

「強化魔法ですからね」

「ええー。お前、魔法使いか?」


あー、強化魔法は使えるけど魔法使いじゃない。

魔法使いはちゃんと基準があって、それには達していないんだ。


街では当然の知識だけど、辺境の地には魔法使いはいないだろう。

魔法教育を受けることもない。


だから、魔法を使える人はほとんどいない。それが強化魔法のような、バックアップ魔法であってもな。


「おい、おっさん。こっちの荷車を頼む!」


でっかい木の根っこを載せたもう一台の荷車を押していた若者が声を掛けてくる。確かにあれは重そうだ。


「はい。やりますよ」


荷車の構造は同じで、大きさだけが大きいから同じ要領で強化できる。

劣化しているのも同じような感じで軸受けあたりを補修し強化する。


「はい、できました」

「本当に補修できたのか?」

「押してみてください」

「おおーー」


さっきよりずいぶんと軽そうに押している。2割強化も効いているが、その前の補修も大きいようだ。


「すごい、新品みたいだ」

「新品よりも軽いはずですよ」

「そうかもしれないな」


いままで武器しか強化をしたことがなかった。強化魔法って、武器を強化するための魔法とみんな理解している。

街において強化を必要とするのは武器が一番だろう。命に関わる装備だからね。


だけど、武器でなくても強化はできるのかもしれない。

最初からできたのかどうかは不明だけど、ずっと武器強化をしつづけてきた僕だから熟練度も高い。だから他の物も強化できるのかも。


「この魔法って、どのくらい持つものなのか?」

「たぶん、1年以上は持ちますよ」


そう、強化魔法は熟練度が持続時間に影響を与える。

最初の頃は1か月もすると強化効果が薄れてきた。でも、最近は1年以上は持つらしい。

剣の場合なら、1年経過したものも強化が効いたままなのは確認してある。


「それじゃ、整備も一年間はいらないのか?」

「あー、それは別です。強化分は1年以上です」


いくら強化しても、無理な力をかければ壊れる。強化剣も敵によっては折れることもある。

だから、強化したすぐ後にダメになるのは仕方がない。


「しかし、便利なスキルを持っているな」

「そうですか?」


その日は陽が暮れるまで開墾の手伝いをした。少年より力はないけど、持久力だけはある。

休み無しで徹夜続きができるスタミナだけは、辺境の村人にも負けないようだ。


「さて、帰るとしよう」

「「「「おーーー」」」」


こうして、僕のスローライフと思っていたハードライフの1日が終わった。


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