第1話 オーダー「長剣を40本」
「この長剣30本、今日中に頼むぞ」
「えっ、30本!? 無理ですよ。2日はかかります」
「何言ってる! 戦争が近いんだぞ。兵士たちは命を懸けているんだ。お前みたいな後ろにいる奴らが死ぬ気でやらないでどうする!」
これで休日無しで連続60日も働いている。徹夜すら当たり前になってしまっている。
このままいくと過労死になりそうだな。
僕が授かったスキル、強化スキルは便利なスキルだ。どんな武器でも効果2割増しになる。
だから、僕は15歳で侯爵様の正規軍団の物資調達に配属されて15年。ずっと武器強化ばかりやらされてきた。
来る日も来る日も。給金は悪くはないが、働きづめで使う暇さえない。
仕事が終わって、部屋に帰るともうぐったり。休みの日も1日中寝ているばかり。
もっとも、今年の秋には戦争になるみたいで最近は休みも無しだ。
「あー、1日、のんびりと過ごしたいな」
こんなに仕事が立て込んでしまう原因はあの子爵さまにある。
侯爵さまの長男であって、次期公爵さまでもあるけど、とにかく無責任な方だ。
正規軍団の責任者は侯爵さまだけど、物資調達等々の後方支援は長男の子爵さまに任されている。
しかし、実際のところ、視察とかで見に来る以外何もしていないのが現状だ。
軍団の物資調達だって重要な役割に違いないはずなのに、舞踏会だ、狩りだと社交界で活躍するばかりで軍団のことは部下に任せきり。
だから、本来、武器強化だってしっかりとしたスケジュールで優先順位をつけてやってもらえれば、徹夜なんてしなくていいはずなのに。
そんなんだから、武器強化職人がどんどんと逃げてしまうんだ。
結局、行き場のない僕だけが残って、仕事が集中して徹夜になる。
貴族は現場のことなんて何も考えてくれていない。
とは言っても、公爵様には拾ってもらって育ててもらった恩義がある。
僕にできることは目の前の武器の山を強化することだけ。
人生60年。引退が許される50歳まであと20年。
きっと、僕は武器を強化して生きていくんだろう。
「おい、追加でこの10本も頼む」
「あ、ダメですよ。今はこの武器の山を強化中でして。明日以降になりますよ」
「ふざけるな。こっちは急ぎなんだよ。他のはいいから、こっちからやれ」
「無理ですって。あ、行かないでくださいよ」
行っちゃった。侯爵様の千人隊長達は気が短くていけない。
あー、今日も徹夜か。明かりの油は自腹なんだよな。
明るいうちだけの仕事で終わる人達がうらやましい。
そうは言っても、剣一本一本、丁寧に強化魔法をかけていく。
これしかできない僕は、自分の仕事をきっちりとやりたいって気持ちはある。
強化魔法というのは、対象になる武器をしっかりと理解しないと掛けることはできない。
15歳の成人儀式で強化スキルを授かったばかりのころは楽しかった。
まだ、物資調達処に配属される前。
剣士スキルを授かった孤児仲間の剣を強化してあげたら、すごく喜んでくれた。
「この剣で僕は侯爵様の剣士として出世してみせるぞ」
あの頃は慣れてなかったから、たった一本強化するのに、まるまる1日掛かっていた。
今みたいに1日何十本も強化するだけの人生になるなんて。全く思ってもいなかった。
だいたい僕の強化スキル、2割っていうのが微妙なんだ。
話に聞くと強化2倍なんてすごい強化職人もいるという。
僕みたいな強化2割だと平凡って判断されてしまう。
だから、もくもくと強化しつづけるしかないんだよな。
しかし、15年も毎日武器強化しているから、数だけは多くできるようになった。
武器であれば大抵の物を強化できるようになった。
強化ができなかったのは、魔法剣くらいか。魔法剣になると、僕の強化魔法を受け付けてくれない。
きっと高度な強化がされているんだと思う。
所詮、僕は「2割おっさん」だ。普通の武器なら2割強化ができるが、それ以上はどうやってもできない。
ついたニックネームが「2割おっさん」。もう自分の名前を忘れてしまうくらい、誰もがそう呼ぶ。
あーあ。何か大きなことが起きて、もっと気楽な生活になったりしないかな。
田舎で畑を耕して、里山で果物を採取して、小川で魚を釣る。
そんなのんびりしたスローライフをしてみたいものだ。
それができるのは50歳になって引退した後だな。
また20年も先か……長いな。
そんな妄想をしながら剣を強化していく。最近じゃ、剣を見ただけで強化の仕方が分かってしまう。
頭なんか使う必要ない簡単な仕事とは言え、魔法で魔素を操るから体力消耗が激しい。
「あー、早く、田舎でスローライフしたいな」
この一言がフラグを立てるとは……この時は全く気付かずにいた。
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