王の後悔
馬車に揺られながらゼンは馬の手綱を握り、隣はラサが座っている。荷台にはロザンヌとラッセンが乗っている。ロザンヌがラッセンに話しかける。
「兄上、ガーネル国の花祭りとは何があるんだ」
ラッセンは流石にビックリする。
「ロザンヌ、知らないの?前世でも何回はあったよね」
ロザンヌは知らない事が後ろめたかったのか少し顔を赤くしていう。
「行事自体の内容は知っている。ガーネル国の創立した王に花の女神が祝福した事から国が繁栄してその恩恵を毎年、町中を花を飾りたてる事で女神に感謝している証とした祭りという事は知っている」
ラッセンは笑いを堪えながらロザンヌに言う。
「相変わらず真面目だね。それは歴史の教科書に乗っている答えじゃないか。花祭りは行って見てみると分かるよ。花も綺麗だけど外国からの出店も沢山出るからきっと楽しいと思うよ。ロザンヌは王妃だつたのに参加した事はないんだね」
「前世は城下町に出た事はないからな」
「国王は王太子時代からよく城下町へお忍びで出ていたよ」
「あの国王が?庶民に関心を持っていたのか?」
ロザンヌはあまりに意外な事だったのでつい大きな声になった。
「庶民に関心を持っていたと言うか、よく町の人を見ては羨ましいと言っていたな。側妃になっても城下町を二人でよく散策していたなぁ」
「気楽なものだな」
ラッセンはロザンヌの態度にムッとした。
「ロザンヌ、なんでそんなに国王に厳しいの?国王だってあの当時、色んな悩みがあったんだ。僕はなんの知識もなかったから聞いてあげる事しか出来なかったけど。でも、ロザンヌが死んでから分かったんだ国王には本当はロザンヌが必要だったんだよ。ロザンヌだったら国王に正しい道を導けていた」
ロザンヌはラッセンを一瞥するとラッセンに言った。
「兄上に取っては辛い話だから話さなくてもいいけど前世でのガーネル国の最後を知りたい。話せないですよね兄上」
ロザンヌが言うようにラッセンは話せなかった。隣国に攻め入られ国王は亡命し寵妃は隣国の捕虜となりクラウスは最後まで城に残りそのまま自害したなんて言ったら、国王の事を軽蔑する事は分かっていた。
「それは…」
ロザンヌはラッセンを見ると溜息を吐く。
「言いたくないなら言わなくてもいい。大体の見当は付く。庶民出身の側妃はなんの力もないから本来は国が滅びる事が分かれば国王の命で一番に逃げる事が出来るはず。しかし逃げずに辛い思いをしたのなら逃げれなかった、つまりは守って貰えなかったのであろう?全くあの国王は自分の愛する者も見捨てたのだな」
「違う!あの時は仕方なかったんだ。元王太后殿下の命でもあったんだ」
「元王太后?国を動かさなければならないのは国王でなければならない。元王太后に牛耳られるとは…兄上、国王は国を見捨てた。国王には責任がある。そして、私も王妃であるにもかかわらず油断して迂闊にも暗殺された責任がある。ナディア妃は最後まで国に残って戦ったナディア妃の方が王族の役目を果たしたと思う」
「ロザンヌ…違うんだ。僕はあの時は逃げ方も何をすればいいかもわからなかったんだ。ただ、その場にいて事の成り行きに身を任せるしかなかった。自分の意思じゃない」
「本来なら私が生きて回避しなければいけなかった事。ナディア妃は国の為に最後まで王族の役目を果たしたと思う」
「ロザンヌ、ご褒美に稽古の量を少し減らして、週に一度は休みが欲しい」
ラッセンはなんだか恥ずかしくなって照れ隠しに言ったが真面目なロザンヌは無表情で答える。
「それとこれは話が別です」
と、話しているうち王都に着いた。宿は町の商人から紹介してもらい部屋は押さえてあるとゼンは自慢げに話す。
花祭りと言うだけあって街の至る所に花が飾られて出店でも花を売っている店が沢山あり美しい光景だった。宿に着き荷物を下ろすとラッセンがロザンヌの手を引いて街の探索に行ってくるとゼンとサラに言って出かける。
ロザンヌは手を引かれながらもラッセンの目的地があるように走ってロザンヌ手を引く。ロザンヌは立ち止まる。
「まて、兄上。どこに行くつもりだ」
ラッセンは一瞬だ気まずそうな顔するが直ぐに笑顔で答える。
「何処ってこのすぐ先の露店だよ」
「父上から小遣いも強請らず露店に行くつもりか」
「はははは…」
ラッセンは直ぐ先の噴水の方に目を向ける。ロザンヌも同じ方を見ると一言呟く。
「そういう事か…ナディア妃と国王はここで出会ったんだな」
あと少しで、国王のいる噴水の前の出会いの場所までにロザンヌを連れて行けたのにギリギリのところでロザンヌは気付いた。
「ほんの少しだけでいいんだ国王の話を聞いてあげてロザンヌ」
「行かない。兄上が行ってあげればいい」
「僕が言っても話を聞くことしかできない。彼にはロザンヌが必要な事を言う事ができるでしょう?少しぐらい…」
ロザンヌは厳しい顔をしてラッセンを見る。ラッセンは言いかけた言葉を呑む。
「国王も前世の記憶持ちなら待っているのは兄上の事だ。思い出の場所で待っていると言う事は誰かに話を聞いてもらいたいのであろう。私は行くところがある。兄上は今度は友人として国王を癒してあげればいい。父上達が心配すると行けないから数刻後にここで落ち合おう。それと私の事は決して国王に言わないで欲しい」
ラッセンが何も言えず立ってるとロザンヌは噴水の方にラッセンの背中を思いっきり押して姿を消した。
ラッセンは押された勢いで噴水の前に座っていた自分と同じ歳であろう少年のを目前に立っていた。前世と同じくプラチナブロンドに深みのかかった碧眼の美しい少年だった。少年はラッセンに気付くと嬉しそうに声をかける。
「君はナディアだね…」
「えっ、なんで分かったの?」
少年は嬉しそうに笑い話しかける。
「ナディアと僕しか知らない思い出の場所だからね」
「来ないかもとは思わなかったのですか」
国王、今は王太子である少年は困った顔で言った。
「来てくれたらいいなと余り期待はしていなかった。私も実はここに来るのも迷ったんだ。本当なら君に合わせる顔もない。前世で私は国王としての責務から逃げてしまった。謝って許されるとは思ってないが言わせて欲しい。本当に申し訳ない」
「顔を上げてください陛下。あの時は仕方なかったですよ。誰も元王太后に何も言えなかったじゃないですか」
「君を残して私は亡命してしまった」
「でも、あれは元王太后殿下に睡眠薬を飲まされて強制的に連れて行かれただけじゃないですか?」
「しかし、私には王族としての責務があった。最後ぐらいは…」
「王族の責務…ロザンヌと同じ事言うなぁ…」
「ナディア!ロザンヌはこの世に転生しているのか!?何処にいるか教えて欲しい!」
ラッセンは自分が大きな失言をした事に気がついた。ロザンヌに言われた事をすぐに破ってしまった。
「陛下…すみません。これ以上は何も言えません」
王太子も自分が大きな声を出してしまった事に恥じていた。
「すまなかった。ナディア、驚かせてしまったね。怖がらせるつもりはなかった。その様子だとロザンヌに口止めされているんだね。積もる話もあるあちらでゆっくり話そう」
噴水の前のベンチに二人は座った。王太子事、セルジオ・ロ・トゥッリーはラッセンから男性として転生を果たし今は楽しく家族で暮らしていると話を静かに聞いた。ラッセンはロザンヌが妹として転生している事は隠した。
「今世はナディアが男性として生まれたのは残念だけど今世は友人として過ごせるわけだね。昔みたいにセオと呼んで欲しい」
ラッセンはロザンヌが言った事と同じ事を言うセルジオを見る。外見は変わらないが寂しそうに見えた。
「では、友人としてセオと呼ばせて頂きます」
ラッセンは懐かしさの余り笑いが溢れる。セルジオも笑顔で返してくれる。
「こうしていると、ナディアと初めて会った日の事を思い出すよ。僕は王太子としてお飾りでいなければいけない事、政務に口出してはいけない事、実際に父上に言われてショックだった頃の小さい君に会って君はお飾りの王太子としてはなくて普通の男の子として話しかけてくれた。なんだか人形から人間になった気がしたんだ」
「あの時はセオが王太子だったなんて知らなくて…」
「それでもあのちっちゃな手を差し出されて嬉しかったんだよ。王宮では皆、王太子と崇めるけどお飾りである事をバカにした目で見てくる。実際、何も出来なかったんだけどね。ナディアは君は馬鹿にしなかったよね。ロザンヌもそうだった」
セルジオは自嘲気味に笑う。ラッセンが驚く、あの罵倒は馬鹿にしてるのではないのか?ラッセンは首を傾げる。
「あれは…馬鹿にしてないのか?」
ラッセンは呟くとセルジオはクスッと笑う。
「ロザンヌは誤解されやすいね。ロザンヌは何もしない私に怒っているんだ」
「まぁ、確かにいつも何もしないと怒っていた気がする」
「ロザンヌはね。僕の代わりに政務を行なっていた時に僕のサインがいる書類に分かりやすい説明を入れて否決しなければいけない理由とか可決の理由とか、会議も黙って座っているのに前もって会議の内容と問題点を丁寧に付けて、受け取る時はクラウスに説明もする様に言っていたらしい。クラウスの伝言は事案が気に入らないと思えば遠慮なく突き返しても構わないだって。ロザンヌらしいでしょう?」
まさかロザンヌは国王も育てようとしていたのか?と一瞬だがラッセンは思った。
「私なんて、無視してもいいのに」
「セオ…分かっていたのなら何故、もっとロザンヌに歩み寄らなかったの?」
「怖かったんだ。何もかものしかかってくるのがお飾りの王なら周りが全部やってくれた…でも、責務から逃げていてもダメなんだと前世で後悔したんだ」
「そうか…僕も同じだよ。逃げたかったから男に生まれ変わる事を神様にお願いしたんだ」
セルジオは少し考えてふふふと笑って言った。
「どうやら私は二人の妃に嫌われてしまったようだね」
「あ、ごめん…セオ」
「皇女ロザンヌが今世で生まれていないからロザンヌを妃に迎えられないと悔やんだが、まだ可能性はありそうだね」
「えっ、セオ。ロザンヌを探すの?」
「いや、私はまだロザンヌに会えない。彼女に会うにはまだ私は成長していない。それに探さなくて見つけ出すのはナディアに会って容易に出来そうだ」
「セオ、今更だけど今はラッセンて名前だからね。僕はもうこの通り、男の子だからね」
「分かってるよ。私は嬉しいんだ同じ人を恋人と友人と両方の関係が築ける事がね。さぁ、そろそろ戻らないと僕がいない事が気づかれそうだ。また、会えるかな」
ラッセンは衛兵試験の事を思い出す。
「多分、ロザンヌの思惑通りになればセオと物凄い近くに居ると思う。まだ、言えないけど…」
「本当に!ロザンヌの思惑とは…それは楽しみだ。では、行くね」
セルジオの後ろ姿を見送りながらラッセンはもしかしたら自分はロザンヌの壮大な計画の駒にされているのではないかと嫌な考えが頭に浮かんだ。