大魔王の3歳児
ロザンヌ達が家に戻ってくるといつも穏やかで滅多な事では動揺しないサラは目の前に出された銀貨に驚いた。
サラとゼンは子供達に聞かれないようにヒソヒソ話をしている。
「こ、これは、凄いわ。本当に皮や角を売ったお金なの?」
サラが尋ねるとゼンは何から話したら良いか分からないようで頭を掻きながらボソリボソリという。
「信じられないかも知れないがそうなんだ。その…ロザンヌが商人との間に立ってくれて、あの子は計算が出来るんだよ。お前も俺も計算どころか文字も読めないのに…」
「ゼン!そんな事よりもロザンヌはまだ、2歳半なのにあの恐ろしい顔の商人と交渉させたの!あの商人が暴力をロザンヌには振るったらどうするつもりだったの?ゼン!」
内緒で話したつもりがサラがつい大声を荒げた。ロザンヌもラッセンもサラとゼンの方をみる。ゼンは申し訳なさそうに言い逃れあっとを言う。
「いや、それは…成り行きで、あっと言う間の出来事だし、ロザンヌが商人に言っている事が凄すぎて…何かあれば俺が身体を張って助けるし…」
サラは言い訳を聞いているうちに段々と血が上っていくのがロザンヌとラッセンには分かった。
「何の為に大人が付いていると思ってるの!こんなに小さいのにあんな商人との相手をさせるなんて!」
どうも、サラとゼンの論点がズレてしまった。サラに取っては、ロザンヌが計算が出来る事よりも商人と交渉させた事に納得がいかなかったみたいだ。懇々とゼンはサラに怒られている。
「普通、2歳半が商人をやり込めた事に驚くのに母さんは何処かズレてないか?」
ラッセンが心配そうに言うとロザンヌは腕を組み考え深く頷く。
「無駄な事は気にしないとは流石は母上。身分も関係なく前世で寵妃の母上であった事が頷ける心が広いお方だ」
「いや、それも違うと思うよ」
ラッセンは呆れて言う。
翌日は早速、ラッセンに文字を教える事始めたロザンヌ。
自分たちの部屋で遊ぶとロザンヌとラッセンが言うとサラは嬉しそうに見送る。ゼンは朝から森へ籠っているらしい。ロザンヌの教えた甲斐があって、何とか名前までは書けるようになった。もう十分だと思いロザンヌから逃げるように部屋から逃げようとするとロザンヌに呼び止められる。
「兄上、どこに行く?」
「いや、ちょっとだけ、ちょっとだけ息抜きを…」
「息抜きとは…何故、必要なんだ?」
ロザンヌは真剣に考え込む。涙目でラッセンは訴える。
「僕、頑張ったよね。今まで文字も書けないし読めなかったのに名前が書けるようになったよね。半日も経ってないのに、凄いと思わない。頑張った僕には休憩が必要だと思うでしょう?」
「名前など赤子でも練習すれば直ぐかける。さぁ、時間はない数字を覚えるぞ」
(赤子は絶対に名前は書けない)
と、突っ込みたかったがお懲らしたら益々逃げられなくなるので口に出さなかった。
「時間がないって?何で?」
ロザンヌはそんな事もわからないのかとため息を吐く。そしてラッセンを一瞥し説明をする
「ラッセン、お前の歳は9歳だ。騎士なるなら13歳までには騎士団へ入団しなければいけない。私達は庶民だから先ずは衛兵からだな。文官を目指すなら12歳までに学院に入らないといけないんだぞ。騎士も文官も最低でも経済論、歴史学、幾何学が試験に出る。文官を狙うならそれに加えて経済理論学、神語、社会哲学理論も必要だな。騎士なら剣術は勿論、武術あと馬術も必要だ2年でやらないといけないな」
「無理、無理、やめて!脳みそが壊れる!」
「無理ではない。私は前世で5歳の時に1年で取得できた。ラッセンは9歳だ。しかも記憶持ちだから他の9歳より有利だ」
「いくらロザンヌでも剣術や武術、馬術は教えるなは無理でしょう」
「帝国の皇女は最低限はやらされる。ガーネル国の騎士団の団長ぐらいの技術は姉上達もあった。兄上達には流石に敵わなかっが…まぁ、入団試験は余裕だろう」
「………本当、嫌なんだけど」
「決定事項だ、それにしてもガーネル国では妃教育をやらないなのか?前世ではラッセンも王族だったのに酷いものだ」
「食事のマナーとお茶のマナーぐらいはやったけど。国王陛下が面倒な王妃の仕事はロザンヌがやってくれるから…って特にやらなくていいって、実際、ロザンヌが来賓の接待から王宮内の仕事はこなしてたし」
「帝国にいた頃より王妃の仕事は楽だったが、しかしあの国王はとことん王族に相応しくない考えだ。今となっては遅いが前世でもナディア様をしっかり妃教をするべきだった」
「ヘヘヘ…残念」
結局、ラッセンはロザンヌにその日は散々、しごかれした。何とか数字の10までは書けるようになった。
ラッセンの考えは甘かった。暫く付き合えばロザンヌも諦めると思ったがロザンヌも根気よく教えた。ロザンヌの教え方も要領が良く先を見据えての教え方だった。嫌がっていたラッセンも半年も経てば計算もロザンヌが買って来た絵本や歴史の本も難なく読めるようになった。
ロザンヌがラッセンを外で勉強をすると言いだす。サラもロザンヌがあまりにもしっかりしていたのでラッセンと一緒だったら外出も許されたが『ラッセン、ロザンヌの言う事を聞くのよ』
と言って送り出してくれる。ラッセンは苦い顔しながらロザンヌと出て行った。
家から少し離れた森の中にロザンヌは入っていく。ラッセンはロザンヌが持っている木刀が気になっていた。まさかだと思うが剣術の稽古をするのだろか…。
「ここまでこれば誰にも邪魔されまい」
「ねぇ、ロザンヌ、まさかだと思うけど剣術の稽古なんて…」
「ラッセン、察しがいいなぁ。そろそろ、私も3歳になった。体力もついたであろう。ラッセンの稽古に付いていける」
ラッセンは廃人のようにロザンヌを見る。そして我に返りロザンヌを説得する。
「いやいや、無理でしょう。やめよう。いくらロザンヌでも怪我するよ。ロザンヌが怪我したら母さんと父さんに怒られる」
「私が怪我…」
「頭が大人でも、ロザンヌの体はまだ3歳だよ。それに女の子だしその体だと無理だと思うな。元々、僕の体だし分かるよ。運動神経が全く悪かったもん」
「そんな事はないぞ。3ヶ月前から鍛えているが別に不都合はない」
ラッセンはそれを聞いて恐る恐るロザンヌを見る。
「鍛えていたっていつの間に何してたの?」
「流石に走り込みは母上を心配させるからな。父上に私用の弓を作ってもらって弓の練習と腕立て伏せに腹筋それから体術の型の練習…」
ラッセンは力が抜けてその場に塞ぎ込んでしまった。上目使いにロザンヌを見る。
「やめて、僕の元の体は華奢で可憐な身体なんだ。そんなに鍛えたら大変な事になる」
「大丈夫だラッセン、前世の私も同じように鍛えていたが可憐な身体だったぞ」
ラッセンはロザンヌが凛とした美しい女性だった事を思い出した。しかし、ラッセンの不満は消えない。
「さぁ、始めるぞ。先ずは構えから素振りの練習だな。まずは見ててくれ」
と、ロザンヌが言うと木刀を構える。ラッセンはゾックとした。下から見据える木刀の合間から見る目は真剣だ。まるで本物の剣を持っているようでその場から動けない。するとロザンヌは目を見開いて木刀を振り上げ、そのまま振り下げるのと同時に一歩前に出るがあまりの早さにラッセンは息を飲む。そのまま素早く下から上、上から下へ剣を振って行く。剣術を知らないラッセンもロザンヌが凄腕だと分かる。
「こんな感じだ」
ラッセンは気が付くと思わずパチパチと拍手をしていた。
「凄いロザンヌ、3歳に見えなかった。ねぇ、僕よりロザンヌが騎士になればいいじゃん」
一瞬、ロザンヌは考えたが直ぐに首を振った。
「ダメだ、寵妃の容姿だ。国王に捕まる。さぁ、ぶつぶつ言ってないで始めろ」
それから数時間、立てなくなるまでラッセンはロザンヌにしごかれた。翌朝、筋肉痛で倒れているとロザンヌが機嫌良さそうにラッセンを起こしに来た。
「おはようございます。兄上、さぁ、今日から朝から基礎体力造りだ」
ここに大魔王の3歳児の誕生した。まだ、体中が痛いはラッセンは恐怖を感じた。