話せないだけで聞こえてますよ
生まれてから一週間ぐらい経つとようやく人の顔が見えるようになってきた。首も多少なら動かせるようになった。まだ、周りの景色がぼんやりとしている。ベッドからは時々出して貰えた。勿論抱き抱えられてだが殆どはサラに抱かれている。
「本当にロザンヌはいい子ね。あまり泣かないし、大人しいわ」
ラッセンが膨れる。
「まるで、僕の赤ちゃんの時が大変だったみたいじゃないか!」
ゼンとサラは顔を見合わせて笑う。
「今も毎日のように服を泥だらけにして帰ってくるでしょう?」
「それは…ついアルファと遊んでいたら川に落ちてつい…」
「元気なのはいいわ。でも、洗濯の事も少し考えちょうだいね」
ロザンヌはそんな会話を聴きながら不思議に思っていた。
(遊んでいて川に落ちるものなの?川に落ちる遊びって…)
ロザンヌはいくら想像しても浮かばなかった。そしてそのうちに眠気が襲ってくる。恐らく1日の殆どは眠っているのであろう。
そして、そんな生活が何ヶ月か過ぎた頃。まだ、ロザンヌは起き上がる事は出来なかったが、首が大分動くようになりあーあーとサラを呼ぶ事は出来るようになった。
いつも誰かしらがロザンヌの顔を見にベッドを覗いてくる。ベッドを覗いてきたのはラッセンだった。
「ロザンヌ、退屈だろ?」
「あー、あー、あー、あーあー」
「俺の言葉、分かるか?」
ロザンヌはこくこくと頷く。ラッセンは辺りをキョロキョロ見渡すと小声でロザンヌの耳元で言う。
「俺、転生者なんだ。信じるか?」
話せないロザンヌはこくこくと頷く。ラッセンはロザンヌの反応が楽しいようだ。ロザンヌは前世でラッセンを知らない。同じ時代の記憶持ちは4人までだ。しかもこの国にいるとも限らないが今回の転生はロザンヌが中心でなければない。ロザンヌが知らないものが転生者と言う事は考えにくい。
「あーあーあー」
「うん?なんて言っているか分からないなぁ。やっぱりもう少し大きくならないと話しにならないね」
「あーあーあーあーあーあーあー」
「しかし、前世での自分の姿とは言え可愛いなぁ」
(前世の自分の姿??)
「あーあーあーあーあー」
ロザンヌはバタバタして何とか伝えたかった。
「何を言っているか分からないけど多分、僕がナディアだって事に驚いているんだね」
「あーあーあーあーあーあーあー」
「はははは、面白い。あーしか言えないだね。全然、何言ってるか分からないけど、ロザンヌは誰に転生したか知ってるの?」
ロザンヌは首を横に振る。
「そうなんだね。ロザンヌは、国王の側妃で寵妃だったナディアに転生したんだよ。元々、僕の身体なんだ。僕はね、王族になりたくなかったんだ。で、神様にお願いしたの。分かる?」
ロザンヌは首をこくこくと頷く。
「僕じゃ王妃が務まらない」
「あーあーあーあーあーあーあー」
「ロザンヌが死んでから大変だったんだよ」
「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあー」
「うーん、可愛いけど、なんて言ってるか分からないけど話の流れだと…本当にガーネル国は悲惨な状態になったんだ。あのクラウスもロザンヌが死んでから廃人みたいになってね」
「うっ?あーあー」
「きっとロザンヌの影響力が大き過ぎたんだよ。僕と陛下の愛も偽りだった事を思い知ったよ。お互い責務から逃げる関係だったんだよね。ロザンヌが居なくなってから思い知らされたよ」
「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあー」
ラッセンはロザンヌの頬を撫でた。
「やっぱり赤ちゃんは可愛いね。信じられないと思うけど僕はね前世の時からロザンヌと仲良くしたかったんだよ。特にロザンヌが死んでからはね後悔した。国王にはロザンヌが必要だった。私じゃないかった。ねぇ、早く色々ロザンヌに話したい。あの後、怖くて苦しくて…」
ラッセンはの涙がロザンヌの顔に落ちた。
「あーあーあーあーあーあー」
そしてロザンヌは更に半年経ちようやく捕まり立ちで歩けるようになった。
歩けるようになってから今の住んでいる家族の生活レベルが分かってきた。ゼンは狩りをして生活を賄っているようだ。そこそこ腕はいいのでいい獲物を狩ってくる。だが、計算が出来ないようで中間の商人の言い値になりがちなようだ。何度かゼンの同僚の狩人達とそんな話を聞いている。
まぁ、恐らく庶民の生活で言うと中の下と言うところなんだろう。今日も捕まり立ちをして歩く練習をするロザンヌだった。
そんな、ロザンヌを見てゼンは不思議そうに話す。
「ロザンヌは、無駄に泣かないな」
「そうね。何でも一人でやろうとするし。もう、殆どおっぱいも飲まなくなったし。こんなに小さいのに心配だわ」
「かと言って、ラッセンの小さい頃は、外への脱走が頻繁で手を焼いていたからな。きっと、ロザンヌは賢い子なんだ」
ロザンヌは二人の会話を聴きながら大人しくしているだけが賢いと褒めらる事に疑問を持った。前世の記憶で褒められたのは10歳の時にラハールの経済学思想論を読解し展開した論文を第二皇子が読んだ時に褒められたのが初めてだったと思う。
その前はそこそこ人より早く出来ても皇族だから当たり前だと思っていたが。
元世では、食事を一人でするだけで褒められるとは…。ガーネル国の水準が低いのかサルバール帝国の水準が高いのか分からない。
ロザンヌはまだ、捕まり立ちぐらいしか出来ない自分の行動範囲の狭さに苛立っていた。言葉が理解できても発する事が出来ない。
ただ、最近は少し動ける分、家の造りなど分かるようになった。しかし、この家には本と言うものが一冊もなく、書くものペンや紙がない。この家族は一人も読み書きが出来ない。困ったものだ。
それを知ったのは2ヶ月前の初めてハイハイをした時だった。
文字さえ書ければラッセンに伝える事が出来ると思ったが文字が読めないとなれば絶望的だった。
これは、早く成長するしかないと日々の肉体訓練しかない。
ゼンがロザンヌを抱き上げる。ロザンヌが両足両手をバタバタし抗議をする。
「ジャーダー」
サラがニッコリ笑いゼンに注意する。
「あらロザンヌが邪魔するなと起こってますよ!」
ロザンヌがこくこくと頷く。
「サラ、今のロザンヌの言葉が分かるのか?」
「ええ、母親ですから」
「俺は父親だけど分からんぞ!なぁ、ラッセン、お前も分からないだろう」
「うん!でも可愛いからいいんじゃない?」
「確かに可愛い、サラにそっくりだ」
ゼンはロザンヌにグリグリ頬ずりをする。
「ダーメー、イーヤー!」
「おっ、やっぱりロザンヌは天才かもしれない!喋ったぞ!」
「ゼン…初めての言葉が拒絶の言葉なんて…」
益々、抱きしめるゼンにロザンヌはサラの方を見ながら助けを求めるが通じてないようだ。
「あーあーなーなーアーダーバー!」
こうして、ロザンヌの1歳の生活が過ぎていった。




