野坂さん
オレは毎日こんなに「告白」しても、ちっとも振り向いてくれない佐藤パイセンにほとほと呆れてしまった。
なーんつってな。
佐藤パイセンには伝わっていないのだから当たり前である。
そんなある日の事、事件が起こった。
オレはいつも早くに出社する。
なぜなら、佐藤パイセンも早い出社だからだ。
佐藤パイセンが上に熱心に掛け合った結果、もうすぐリモートワークが他の課に先んじてウチの課に導入される。
今のうちに佐藤パイセン分(?)を吸収しておかないとっ。
そして事件。
オレより早く出社していた佐藤パイセンの横にもうひとりいたのだが、ソイツが社内イチ女からの人気が高い(オレ調べ)の営業の野坂さんだったのだ。
ソーシャルディスタンス(社会的距離)っ!
オレがコミュ障フツメンだとすると野坂さんは社交的イケメン。
オレ的にはいけ好かないが人当たりも良く男の人気も高い。
しかも、佐藤パイセンと同期。
もしや、野坂さんは佐藤パイセンを狙っているのだろうか。
オレは友人も特におらず性格的には完全な陰キャ、趣味は休日のゲーム(1人)と部屋呑み(1人)とラーメン屋巡り(ぼっち飯)くらいなものだ。
野坂さんはというとオレの様な陰キャではなく、バリバリの営業職、高校・大学とサッカー部の主将、趣味はヨット、テニス、ゴルフ、連日の合コンと噂の陽キャだ。
野坂さん、アナタにとって佐藤パイセンって外見はカワイイかもしれないけど、中身はクソつまらない根暗な女ですよ!
(佐藤パイセン、おそらくオレと同種の陰キャぼっちキャラに一票!)
するとこの時、またしてもオレは、あの既視感を覚えていた。
無数の佐藤パイセンが無数の野坂さんと談笑している。中には相手が野坂さんじゃないのもある。男の佐藤パイセンの相手はまったく知らない美人だ。ああ。このシーン知ってる。知っているような気がする。知ってるからショックも少なくて済む――のかな? この胸の痛みが?
――ああ、既視感治まった。
オレがオフィスに入る前まで、随分話が盛り上がっていたのだろう。
オレが挨拶した途端にそさくさと二人は体の距離を離したが楽しげな雰囲気が残り香の様に残っていた。
ていうか野坂さん、目が狩人モードだった。
それに、野坂さん無駄打ち(笑)が嫌いなヒトだから、二人っきりで談笑していたって事はほぼ確定だよね……。
オレは別に佐藤パイセンと付き合いたいとかそんな恐れ多い事は考えていなかったつもりだが、この野坂さん密会(?)事件には参ってしまった。
野坂さんがその気になれば佐藤パイセンなんかチョロインに違いない。
佐藤パイセン、男に免疫なさそうだし……。
このご時世になって分かる男の良さってあるよね。
オレってパンデミックで真っ先に死にそうだもんねえ。
野坂さんはなんだかんだで頼りになるし、明るいし、しっかり生き残っていきそう。
でも、佐藤パイセンなら、1人でも生き残っていきそうだけど。
この日の午前、オレは仕事の調子が悪く、いつもならミスしないような凡ミスを2つもしてしまった。
お昼の大好きな社食も喉を通りそうもなく、ごはんを普通盛りにしてもらって食堂のおばちゃんを心配させてしまった。
今のうちに佐藤パイセンが他人のモノになっても大丈夫な様に耐性を付けよう。
そう思ったオレは佐藤パイセンと会話するときの語尾を「(大嫌い)」にする事にした。
「吉田君さん。このエクセルのグラフ作ってくれる?」
「り。やっておきます。(大嫌い)」
※り……了解の意
「吉田君さん。このメール、返しておいてくれない?」
「り。(大嫌い大嫌い)」
そして爆速でタイピングしながら向かいの席に向かって、
「(大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い)」
と言うようにした。
すると仕事の調子がいつものように戻ってきた。
「(佐藤パイセン大嫌い~♪)」
よーし、佐藤パイセンの事忘れられそう(涙)。
語尾に(大嫌い)をつけるようになってしばらく経ったある日、佐藤パイセンの様子がおかしい事に気づいた。
どことなく覇気がないというか、吐き気がありそうに見える(?)というか。
「佐藤パイセン、どうかしましたか?(大嫌い)」
「吉田君……あ、いや、なんでもない」
「佐藤パイセン、何か困っている事があるのでしたら何でも相談してください?(大嫌い)」
「そうか……。ううん」
オレはというと悩ましげな佐藤パイセンを見ていると、またカワイイと思ってしまった。
いけないいけない、諦めなくては。
このヒトはもう他人のモノなのだ。
でも、最後に佐藤パイセンとお話しておくのもいいかも。