クラインとの邂逅
―「それにしても,まさかあのウォーター財閥の御曹司様が直々に訪れてくるとは予想できませんでしたわ,内心驚いています」
視線を下げながら,カフェのソファに座ってクラインが話す。
「突然すみませんね,どうしても気になることがあって」ユーリーが答える。
「というと」
「『モルデンツ家の呪い』の作者と私はお話したいんです,出版に関わったあなたなら作者さんのことをよくご存知かと思って」
ユーリーは本を指差しながら真正面のクラインを見つめた。
「お若いあなたがこの本に興味を持つなんて珍しいですわ,魔術がお好きなんですか?」
クラインは自分を落ち着けるかのようにコーヒーを啜って,話を続ける。
「…まあ,そうですね,申し訳ないんですが,実際私も作者さんのことはよく知らないのですよ,残念でしたか?」
「えっ」
「出版まで,私と作者さんは常にチャットでやりとりしていたんです。先方が『顔も名前も出したくない』って言うので。なので私は作者さんの顔や名前は勿論,住所,性別,本職もよく分かりません。まあ文面からして優しそうな印象ではありましたが,そんな事はどうでもいいですよね,失礼しました」
クラインはケラケラと笑ってケーキを口に含む。
「そうだったんですね…困ったな,どうにかして作者さんとコンタクトを取る方法ってないんでしょうか?」
「そうですねえ,当時のチャットにあの人が反応してくれれば,望みはありますよ」
「是非お願いします,今日のコーヒーとケーキは僕の奢りにしますので」
「あら,思いがけない幸運ね,ありがとう。…ああ,よかったら,これ」
そう言ってクラインが鞄を探る。
「私の名刺ですよ。何かあったら連絡くださいね」
ユーリーにこじゃれた名刺が手渡された。
まじまじと見入ってしまったが,ユーリーも慌てて自分の名刺を渡し,別れたのであった。
「クラインさん,親しみやすい人だったな」
ユーリーは帰りのタクシーの中で名刺を改めて見つめた。
[帝央書房 文化部魔術課長/魔術・超能力史研究家]
名刺を裏返し,帝央書房のロゴマークを眺めたのちユーリーは祈るように天を仰いだ。