マリーの異変と,一冊の本
電話を終えたあと,ビルは最近のマリーの様子がおかしいことに気がついた。
どこか,こう,彼女のダークサイドのようなものが目に見え始めてきたというべきか,ビルは今まで抱いたことのない印象を彼女に抱き始めていたのだ。
彼女が僕に隠していたことがまだあったなんて。
彼女は確かに誠実で素直で従順な人間だったはず。
その夜,と言っても何十年も前の事だが、ビルはマリーの不可解な二面性に打ちひしがれつつ眠りに落ちたのだ。
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ある日,ビルは執事のメイに予定を報告してもらい,魔法庁へ向かった。
魔法庁とは政府の新しい公的な機関で,国に伝わる伝統の魔術の啓発や保存に尽力するものである。
20年近く前に,国内の貴族の家の倉庫から発見された『正当魔術書』をきっかけとして,国じゅうが今日まで魔術ブームの真っ只中にある。
学校では選択過程で魔術教育が選べ,魔術師範の国家資格も存在する。
ビルは一応魔術を心得ていてそれなりにちゃんとうまく扱えるのだが,意図して披露しない。彼は,魔術ステッキを自己の一部として認識する事に抵抗を感じている。自分の腕や足,頭脳で全てをこなしたいのだ。
現場の正当魔術図書館では魔法庁の広報役へのインタビューをセッティングし,トレンド魔法についての解説動画や魔法実演の写真などを撮った。
一頻り仕事を終えた時,ビルはふと,ずらりと棚に並ぶ本たちの中で一冊に目が止まった。
『モルデンツ家の呪い』
と題するその本を眺めていると,広報役が
「それはとってもお勧めの本ですよ。魔術もこれだけブームになりましたけど,皆さん表層の内容ばかり面白く実践するものですから。正当魔術の歴史,奥深さ,本当の面白さはこの本の内容を知ってないと味わえないって思うんです,私」
「ほう,魔術界隈にこんな本が存在したとは…」
「良かったらお貸ししましょうか?」
「良いんですか?ではお言葉に甘えて」
意外とすんなり借りられたその本は,分厚い表紙ともっと分厚い中身で手のひらに収まらない程だ。
ビルはその夜,書斎でゆっくりと本を読み進める事にした。