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タイトル未定  作者: 懲役
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マリー・ナカノの秘密

プロローグ




孤高の作家ビル・ジョンソンはジャーキーパイを頬張りながら,執事のメイ・ヒューローの背中を踏んづけた




K-G州の郵便局員マリー・M・ナカノは暇もなく,ウォーター財閥とメール財閥との過激な戦争の犠牲者となり,毎日のように彼らの遣り取りする文章を配達していた




マリーの母ワーリ・M・ナカノは精神的虚弱体質により余裕がない




ビルは魅力的な人物だったが,その横暴とも言える振る舞いのせいで執事等に一歩引かれていた。


ところで,このビルと先ほどのマリーの間には謎の関係があった。それは表向きには,一般的に「友人」のカテゴリーに入るだろうものだ。




全てが消える日。


マリーはB市近郊の街にある交差点の片隅で,「メターフ・アイロニエル」という呪文を,土砂降りの雨に打たれ全身を震わせながら言うのだ。




世界はそれでも変わらない。




マリーは既に,ビルの事を完璧に信用できずにいた。ビルは頭の切れる人間だった。


前述したようにマリーは,よく人の使い駒にされる傾向があった。


かつて彼らの邂逅の頃,二人の歯車は何故か上手く噛み合って(本当は接地面にガムでもくっついていたのかもしれない)二人は意気投合することになったのだ。


この事も,冷徹に言ってしまえば単に二人の利害が一致した結果というのみである。




マリーは純粋だったのだ。良心に従って,誠実に物事を遂行する人物だった。

第一章

話をする。

「拝啓 我が義弟ユーリー・ウォーター・クーリン氏

唐突ですまないが,最後まで読んでほしい。

実は私はかのマリーの友人でもあったのだよ。私は彼女の為にも,真実を公開し人間というものの愚かしさとか,横暴さとかいったものを,世の中に知らしめる必要があると思った。そこで,私は彼女の遺した遺書やその他の手記に至るまでを総覧し,この文章を遺す。あの日からもう45年も経ってしまった。我が亡骸はK・G州の墓地に埋めてほしい。彼女の隣に。


彼女は誠実な人だった。曲がったことが大嫌いで,よく『学校で理不尽に教師が怒る。心が締めつけられるようだ。私達は知らぬうちに束縛を受けているのだ,悔しい』と言っていた。


彼女は妙に深い思索をする事も多かった。

常に理知的で,冷静で,どこか諦観していた。

多くは語らない。君とて分かっているはずだ。君だって主犯者の一人だ。君達が彼女を板挟みにして心をへし折り,あの呪文を唱えさせた。あれは禁忌なのだ。

しかし一つだけ言える事は,彼女はどの世界線上にいたとしても絶対に助からなかった,ということだ。彼女のこの悲劇的結末は,彼女の持つ性格特性上逃れようがない事だった。


末期の胃ガンに犯された私ももう長くはない。君もきっと私の遺品整理に来るはずだ。


この事を言うのはここが最初で最後だ。


私の書斎のE35とE36の本の間にボタンがある。そこを押すと,

隣のE38の本が飛び出る。それを抜き取り,奥にあるつまみを右に90度回して引きなさい。

私の人生を賭けた,彼女への弔いが,あの日の全てがそこにある。


君はまさしく暴力的な悪人だ。しかし,君が真実を知りなさい。


以上だ。永遠にさようなら!


敬白


子爵 イットウサイ・ヤクモ」


ユーリーはこれを読破したのち,異常な使命感と恐怖感に襲われた。彼は早速ヤクモの書斎から例のものを取り出した。

「マリー K・Gセブンストリート紙ら 件:1991/6/28」

と書かれた小汚いノートが出てきた。ユーリーは眼前のタブーに汗を滲ませた。


第二章

さて,そこに書いてあったこととは。ここで言わずとも後々分かることだ。


ユーリーはマリーの墓に参った。まさかマリーが「あの一族」の人間だったなんて。

マリー・*****・ナカノ。歴史や色んなものに裏切られた哀しい響きがあった。

さて一方,ビッセル市のビル・ジョンソン邸にて。雑誌編集者や出版社との会合に参加したのち,彼は太いパイプを吸った。彼はずっと思い悩んでいた。正確に言えば,彼もまたマリーへの罪悪感に駆られた一人であった。しかし彼の強がりはいつもそれを抑圧した。

そうして彼は本来の姿とは別のイメージを与えていったのだ。彼は強がることでしか,文學界の第一人者として振る舞えない。実は弱く,脆い。

彼もまた,日々嘘をつき苦しみながら人生を歩んでいるのだ。かつてのマリーのように。


そも,ビルはなぜマリーと出会ったのかというと。

マリーもビルも中流のお家柄同士でしたから,ある日の舞踏会で彼らは出会い,少年ビルが幼いマリーをエスコートし,共にダンスを踊った。それ以来,幼なじみのような,共依存のような曖昧な関係が続いていった。という経緯である。


マリーの死から45年後の今―意外と早く到達した未来でもある―は,文化資本,学業資本,経済資本といったあらゆるものが二極化され,正に家柄の後光が差す富者の,カタカタ笑う声が響く時代である。

政府は富者に支配され,富者は働かなくてよくなった。少数になった中流階級はホワイト仕事をした。

しかし中流階級の各位はそれを有り難がって一所懸命働くのだから面白い。

仕事をせず,自己実現の為有意義な生活をできることが最上の幸福であり,仕事におけるホワイト,即ち権威など,富者からみればメインの料理を彩るサラダほどの価値しかない。


一方で貧者は人権を剥奪され,飢饉,病,迫害に打ちひしがれている。彼らは努力競争に負けた人間だ。10年程前から人間が共通のスコアで採点されるようになり,そこから人間選別が始まったのだ。タイミングよく,もうそろそろ第三次大戦の始まる予感がするので,彼らは戦地でAIロボット兵器と共に殺し合いをする事になるだろう。

そんな残酷な現実は様々なカラーを呈している。

富者は夢の中,貧者は恐ろしく果てしないリアリティの中に生存している。


―ビルは狡猾な人間だったので,ダンス仲,というだけのマリーを搾取するのは容易な事だった。(マリーの特徴も彼はよく観察していた)

マリーは素直で従順。

つまり,端的に言うと,彼はマリーを騙し,蹴落とした。

そのおかげでマリーは地方の郵便局員という下層の職,ビルは大作家という自己実現にちょうどよいホワイト職に落ち着いた。

しかしマリーはあまり嫌な思いをしていない。ビルは上手く彼女を騙したので,彼女は自分が騙されている事に特段気づかなかった。

彼の強がりはその様子を見て更にほくそ笑んでいた。


こんな流れでマリーの精神が崩れる数日前,マリーは唐突に,「全てが消え去ってしまうとしたら,どうする」と電話でビルに言った。

「急にどうしたんだ?元気がないなら,少し休んだ方がいいぞ」とビルが答えると,食い気味に

「質問に答えて」と呟く。

ビルは困惑したが,「僕なら…全てが消え去ることを受け入れるよ。寧ろ望みさえするかもな。さすれば僕が僕の意志で全ての終わりを望んだ事にできるからね」

と言う。

「へえ,そう」

「訊きたい事はそれだけかい」

「もう十分よ」


そうして受話器からは何も聞こえなくなった。

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