エスパーリミット850秒!―2
そうして迎えたお昼休み。
冬の日差しが差し込む写真部の部室で私は珍しく几帳面にちらちらと腕時計を見る。
先輩を呼び出した時間まであと十四分と十秒前――つまり、ちょうど850秒前。
告白と返事をもらう時間を考えてもう少し時間がたつのを待つ。なにせこの未来視の力は能力を発動した時点から850秒後、そこからさらに三分間だけの未来しか見えない。
未来を見始めるタイミングはけっこう重要なのだ。
十四分前。
十三分三十秒前。
十二分五十秒前。
十二分十秒前――
(よし!)
私はその瞬間、能力を発動!
目をぎゅっとつむって視界を遮ると即座に真っ暗な瞼の裏側に光が満ち、やがて目を開けていた時と同じ部室の風景が広がっていく。
ただ一つだけ違う点。腕時計はすでに先輩との約束の時間の十二時半を回っている。
だけど、先輩はまだ部室に来ていない。
(うわっ、サイアク)
もしかしたら用事があって遅刻してきているのかも。
タイミングをミスったことを後悔したけど、一回未来視を始めると3分間は見続けなければいけない。
どうしようもない状態で焦りが募り始めたその時だった。
『朝倉さん! 遅れてごめん!』
そこに爽やかな笑顔で現れたのは写真部の篠山先輩。
篠山先輩は男女二人しかいない数少ない写真部三年生で、ずっと私たちの世話をしてくれた人だ。サッチーいわく人によって意見が割れる雰囲気イケメンというやつらしいが、少なくとも私は部活中からいいなぁって思ってた。
しばらく雑談をするが、私はなかなか告白を切り出せないでいる。
(もー、なにやってんの!?)
もう少しでタイムリミットの三分が来てしまう。
850秒後の自分にいらだっていると、少し前の自分を思い出したのか少しだけ時計を気にする仕草を始めた私。
『先輩』
『ん?』
そして、会話が途切れそうになった時、意を決したように先輩の顔を見た。
『私……あの、ずっと、好きでした!』
その瞬間、二人の間に沈黙が訪れ、廊下から聞こえてくる昼休みのにぎやかさだけが空間を満たしている。
『えっと、ありがとう。嬉しいよ』
先輩が返事をくれた刹那、視ていた景色が音ごとブラックホールに吸い込まれるように一点に集束されて消えていく。
やがて、暗転。
目の前に広がるのは瞼の裏の暗闇だけになってしまう。
(でも! ぎりぎり見えた!)
先輩の返事。あれはOKなはず!
とういうことは、今からする告白は成功するのだ!
(うひゃあー! どうしよう、どうしよう)
などと誰もいない部室で一人舞い上がっていると、いつの間にか腕時計は先ほど未来視で見たのと同じく十二時半を回っている。
いかん、いかんと平常心を取り戻し、遅れて来るであろう先輩を待ち構える。
大丈夫、落ち着け。
成功することはわかっているのだから、あとはさっきと同じように告白すればいいだけだ。
「朝倉さん! 遅れてごめん!」
やがて全く同じセリフ、同じ動作でドアを開けて爽やかな笑顔の先輩がご到着。いや、もう先輩というより未来の彼氏と言っても過言じゃないかもしれない。
「全然大丈夫です!」
などと調子のいいことを考えつつ先輩と雑談。
けど、いざ告白するとなると結果がわかってるのにけっこう緊張して、なかなか切り出せない。
なるほどさっきは気持ちを理解してあげれなくてごめん、850秒後の私。
いや、よく考えればその850秒後の私が今の私なのだ。
となると、告白を絶対に成功させるにはさっき未来視で見たタイミングと合わせた方がいいのかもしれない。
私は時計をちらりと見る。針は先ほど未来視で見たのと全く同じ時間。
よし!いける!
「先輩」
「ん?」
そして、会話が途切れそうになった時、先ほどと全く同じ流れで先輩を見た。
「私……あの、ずっと、好きでした!」
その瞬間、二人の間に沈黙が訪れ、廊下から聞こえてくる昼休みのにぎやかさだけが空間を満たしている。
そのざわめきも、沈黙の間隔も全く同じ。
「えっと、ありがとう。嬉しいよ」
そして、予想通り、先輩の答えも全く同じもので自分でも頬に笑みが浮かぶのを感じ取れた。
「けど、ごめん。俺、彼女いるんだ」
「へ?」
……思わず、間の抜けた声が出た。ほころびかけた顔は行き先を失い、不自然な笑顔が貼り付いてる。
これはあれだ。
今朝の小テストとは全く逆のパターン。100点をとってると信じて疑わなかったテストがまさかの0点だった時と同じだ。
100点をとったと確信した時なんて人生で一度もないんだけど。
「そ」
短い沈黙の後、私の口からそれだけ漏れ出る。
自分で言っときながらなんだ「そ」って?
「そ、そうだったですか! うわ、これ、私恥ずかしいパターンだ!」
失恋して悲しいとか。未来視で見たはずなのになんで? とか。
そういう細かい感情を差し置いて。なぜかこの気まずい空気をなんとかしなくちゃという変な義務感にかられた口が、頭で考えるよりも先に言葉を発する。
「いやー! すいません! そりゃあ先輩も困っちゃいますよね!」
お互いにぎこちない愛想笑いを浮かべながら言葉をいくつかかわす。
だけど、それも続かなくなって、私は立ち去りづらそうな先輩に礼を言い、「昼休み終わっちゃいますから」と部室を出るように促す。
なんだか申し訳なさそうな先輩とお互いに謝り返し、私は逃げるように部室の前から立ち去る。
「まみ姉?」
不自然なほど早足で廊下を歩いている私に聞き覚えのある声がかかる。
振り向いた先では、見慣れた顔が怪訝そうにこっちを見ていた。