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SCENE850  作者: ぽんこつ
850光年の孤独
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850光年の孤独―9

「あの……こないだはごめんなさい!」

「ん、いや……」


 数日後、バレットに連れられ経過観察の身体検査を終えた少女――サクヤが居住スペースを訪れた。

 硬い表情のまま自分とマズルに頭を下げるが、初めての経験にこちらも対応がわからずに尻込みする。それを見てマズルが代わりに返答する。


『謝罪は不要です。支援システムにその必要はありません』

「えっと、システム……?」

「問題ないから気にしないで、ってこと」


 システムソフトウェアやAIといった概念がないのか首を傾げるサクヤにバレットがフォローを入れる。

 彼女の協力的な姿勢もあり、初めての接触から数日の間に言語解析率は94%まで上がり、今は同時翻訳システムを通しなんら問題なく意志疎通できる程度までになっていた。


 そうしたこともあり、今日はバレットの提案で心理状態がある程度落ち着いてきた彼女から、時間をかけて話を聞く機会を作ったのだ。


『観測可能な天体から照合及び推察』


 まず彼女の話と小惑星型ポッドが進んでいた方向を元にマズルは種々のセンサーを向ける。


 恒星、一。準惑星、五。惑星、八。


 ホログラム画面に映し出された様々な彩りの中の一つ。そして、中心恒星から数えて三番目のハビタブルゾーンに位置する惑星のみが彼女の故郷であるときっぱりと回答した。


『現時点の観測では、窒素を主成分とし、酸素及び二酸化炭素も生存に理想的な比率で構成。中心恒星からの位置も適正範囲内であり、放射線を遮るオゾン層、大気圧も連邦標準レベルと近似しています』


 ホログラム画面を操作しながらよどみなく説明を終えたマズルに、サクヤは「ほえー」とどこか間の抜けた声をあげる。


「マズルさんって、すっごく頭いいんだね! 私の言葉もすぐにマスターしちゃったし!」

『私は、当宇宙船の搭乗員総合支援を目的とした人工知能であり、支援対象及び同一遺伝子クローン個体バレットとあなたの円滑なコミュニケーションのため、同時翻訳作業を遂行しているだけに過ぎません』

「人工知能? クローン?」


 初めて聞く単語に好奇と困惑が入り混じった眼を向ける。こちらが情報提供を受けるはずだったのに、三人ともそのペースに乗せられいつの間にか彼女の質問責めの場所に変わっている。


 まるで恒星から発せられる光のような娘だった。


 新たに共同生活に加わったサクヤは、その持ち前の明るさで極自然に船内での生活に溶け込んでいった。


 彼女が暮らしていた世界では有機物による生体科学が文明や技術の中心になっているようでおよそ電子式凡庸計算機――コンピューターやシステムといった概念はなかなか理解が及ばなかった。

 最初は身の回りの掃除や洗濯といった『家事』と呼ばれる行為が自動で行われることや人工的な船内の空間に慣れない様子を見せていたが、バレットの補助もあり徐々にそんな生活にも慣れていった。


 だが、なかなかなぜあの第三惑星から宇宙へと飛び出すことになったのか。

 自分の過去だけは数ヶ月経っても話そうとしなかった。


 それに関しては彼女が自分から話せるようになるまで待って欲しいとバレットから言われ、こちらからもマズルに余計な詮索はしないように指示を出した。


「おまたせしましたー!」


 そうした日々が半年ほど続いた頃、その日はいつもお世話になってるお礼にとサクヤがバレットと共にキッチンに立った。


 二人と運搬ロボットが居住スペースのテーブルに並べた料理の数々は自分たちがこれまで作ったのとは違い、独特な色合いと匂いを醸し出している。どうやら彼女の故郷の料理を可能な限り再現したものらしい。


 だが、それらにたじろいだのは最初だけだ。気を悪くさせたくなかったのかバレットが最初に口に含み、それに続き手元の魚介と穀物を配合不明のソースで和えたものを口にする。


「……今まで食べたことのない感じだが」

「うまいね」

「えっへへー! 気に入っていただいて光栄です」


 二人の感想を聞き、どこかおどけた調子でサクヤが笑う。

 今までに経験したことのなかった味わいだが、すんなりと受け入れることができる不思議な味わいだった。

 二人に受け入れられて少しほっとしたのかマズルにも食事を勧めつつ、サクヤは自分も料理に手をつける。


「うーん、運動してないからあんまり食べると太っちゃうかなぁ」

『あなたのBMI値は適正範囲内。肥満傾向にはありません』

「マズルさん! 乙女心ってもんがあるじゃん!」


 人工知能という存在を理解できないためかサクヤのマズルへの接し方は人間のそれと変わりない。


『オトメゴコロは連邦標準の言語辞典にありません。当該文脈における定義が不明。解説を求めます』

「えぇー! 男組の前だと恥ずかしいからやだ!」


 最初はあんなに怖がっていたのが嘘みたいに屈託のない笑顔が咲く。

 二人はいつの間にか長年連れ添った友人のような妙に息のあったかけあいを見せている。


 しかし、食事を終えたところでサクヤの顔から終始張り付いていた笑顔が消えた。


「……あの、実はみなさんに話したいことがあって」


 そう切り出した顔に浮かんでいるのは最初に出会った時以来の緊張した様相。

 その真剣な眼差しにこちらもサクヤが何を話そうとしたか察する。


「私が……星の世界に来たわけです。今までに心の整理がつかなかったので話せなくて……」


 半年間、触れてこなかったその理由をサクヤはぽつり、ぽつりと話し始めた。




 溢れんばかりの濃い緑。空と海、大河を覆い尽くす蒼。


 過去にはいくつかの大きな争いが起こったことはあったものの、それらの豊かな自然によって育まれた無数の命の息吹と共に生きる生活がサクヤの故郷にはあったという。


 だが、ある年からそれが大きく変わり始めた。

 突然、季節がめちゃくちゃになったのだ。


 夏に雪が降り、冬に灼熱の風が吹くようなことが度々起こり始めた。

 かと思えば一年中猛暑が続いたり、今度は一年中冬のような厚い雲に覆われる日が続く。


 そして、その年から春は二度と来ることはなく、大吹雪が吹き荒れる日々が何年も続いた。


 その原因を突き止めたのが、自分の父親だったという。

 父は自然の力を利用し、空を駆ける乗り物を作る設計者だった。その職業柄、同僚たちともに太陽――彼女たちの惑星に恵みを与えていた恒星の活動が弱まっていることが原因だと突き止めたのだ。


 だが、原因がわかったところでもはや手遅れだった。


 一変した世界に存在したのは、枯れ朽ちた植物と凍てついた海や大河のみ。

 自然との共存共栄。言い換えれば、文明や技術のほとんどを豊かな自然に依存していた彼らは為す術を失い、その大半が残った食糧をかけて争い、ほんのわずかな間で死に絶えていった。


 サクヤの家族を含めなんとか生きの残った人々も大地の下に残された地下空間で食糧が尽きるのを待つ毎日を送っていたという。


 そんなある日のこと。


 地下にいた十人に満たない若者と子どもたちがサクヤの父と大人たちに呼び出され、ある事実を告げられる。


 もう食糧がひと月も持たない、と。


 それを聞き、幼い子どもまでもが死を覚悟した。

 せめて苦しまずに……呼び出されたのはそういうことなのだ、と。


 だが、サクヤの父から発せられたのは思いがけない言葉だった。


「この星を捨て……なんとしても生き延びろ。命を繋げ」


 その場にいた誰もが意味がわからないといった表情を見せる中、サクヤの父は背後に設置していた流線型の金属体を見せ、簡潔に事実だけを伝える。


 それは『星を渡る棺』でこれを火山エネルギーを利用して打ち上げることで星の重力から逃れ、星の世界に達することができるのだと。


 若者たちは当然拒み、子どもたちは泣き出した。


 未知への恐怖はもちろんだが、何よりそんなことをすれば大切な人たちと二度と会えなくなる。

 なら、一緒に死んだ方がマシだと。


 しかし、その反応も折り込み済みだったのかもしれない。若者の一人が突然倒れ、意識を失った。

 食事に薬品が混ぜられていたのだろう。それとほぼ同時に次々と若者と子どもたちが倒れていき、サクヤも急に意識が遠くなっていった。


「……サクヤ」


 どこか遠くから聞こえる父の声。

 だが、体が言うことを聞かず、返事をすることもできない。


「すまない。どうか……幸せに」




「それが……最後の記憶でした」


 そして、気づけばここにいたという。


 サクヤは「すいません。聞いてても楽しくない話ですね」とにこりと笑う。

 人の感情に鈍いであろう自分でもわかる無理をした笑い方だった。


「あんなことが起こるまで……本当にいいところだったんです。みなさんにも見てほしいぐらい」


 そうしてサクヤはまるで昨日のことのように寒冷化で包まれる前の世界――もうすでに遥かな過去となった故郷のことを語り始める。


 季節によってその色彩を変える大地。

 日々によってその表情を変える空。

 時間によってその形容を変える海。

 水と風の音。火と土の匂い。

 直線。曲線。円柱。角柱。球体。様々な造形を組み合わせ構成される建造物。

 価値観も言語も全く異なる人々が行き交う賑やかな街。

 異なる価値観の並立、対立、融和。

 無数の秩序と苦難の種を背負いながら、その中に幸福を見つけ出そうとする人々の歴史。


 循環処理される常温固定の空気を吸い、毎日変わらぬ天井と照明を受け、培養基で作られる食物を口にする。

 完璧でひたすらに平坦な時間が流れる色なき船内とは全く違う景色。サクヤが生き生きと語るその世界に、そこに息づく無数の命の物語にバレットは息をするのも忘れ聞き入ってるようだった。


「お祭りの日なんかはね、すごく楽しいんだから。家族や友達と一緒にお店巡って、屋台のご飯を食べて、お土産買って――」


 だが、ふいにサクヤが言葉に詰まった。


 自分でも直前まで気づいていなかったのだろう。

 彼女の頬に滴が伝っていた。


「あれ? えっと、ごめんなさい……おかしいなぁ、もう、大丈夫だって。ふっきれたって、思ったのに」


 幸せだった記憶を語ろうとする度、瞳がじんとににじみ、涙が溢れ、とめどなく流れていく。

 そこに今までの明るさはなく、相当に無理をしていたのだろうと今更に悟った。


「お父さん……お母さん……みんな……嫌だよ。なんで、どうして……もう、会えない……もう……」


 吐き出される言葉とともにぽろぽろと雫が落ちる。溢れる涙を拭うことさえできないようだった。涙でぐしゃぐしゃになり、しゃくりあげるような嗚咽が止まらない。


 それを見ていたバレットは何も言わず立ち上がり、彼女の頭を抱き胸を貸した。


 その表情は今まで見てきたどれとも違う。分類化できない複雑な感情。

 彼女と過ごす時間が増える度、バレットの表情は今までにない様相を見せるようになった。


 無邪気な子供時代とも。諦念が染み付いた自分とも違う。その正体はわからないが、それは確実にあの少女がもたらした変化だ。


 そして、彼女の存在とバレットの変容が己にもある変化をもたらしていることに気づいた。

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