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SCENE850  作者: ぽんこつ
850光年の孤独
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850光年の孤独―7

『連邦標準時間AM7:00。人工昭明モード切り替え。朝日に移行。おはようございます』

「おはよう。マズル」

『現時点でのあなたの生命活動時間は29万7864時間を記録。脳波、体温、脈拍、発汗、筋電位、基礎代謝ともに異常なし。コルチゾールによるストレス値は適正範囲。覚醒プロセスを終了します』


 開いた瞼の先にあるのは昨日と変わらない見慣れた白の天井。

 そして、ホログラム画面に映る遠い昔に見たオリジナルと同じ顔をした壮年の男。


「おはよう」

「ああ」


 寝台から起き上がってから数分後、部屋に入ってきたのはかつての自分と同じ容姿をした青年__数年前から別の居住スペースに移ったバレットだ。


 宇宙船の人格を持ったセクサロイドともう一人の自分自身。


 気がつけば、奇妙な共同生活はあれから十六年近く続いていた。


「緊急脱出用モジュールが置いてある無駄に広い格納庫あるだろ? あそこのスペースもったいないから、人口栽培スペースに改造しようと思うんだけど」


 真空パックされた化合食糧を口に放り込みながらバレットが得意気に提案した。


「そんな資源あるのか?」

「最近オールトの雲に入ったからな。周りに手頃な鉄原とか土壌代わりになる小惑星がないかマズルにも探してもらってるところなんだ」


 その言葉を聞き、自然と透過隔壁の向こうに見える景色に目がいく。


 クレイドル=クラビィシェ号は、先日ついにオリジナルが目指していた星系の中心恒星から発せられる重力が影響する空間――通称オールトの雲と呼ばれるエリアに入ったところだった。


 といっても、ここですら対象の星系からは約1.575光年……14.9兆kmの座標位置だ。この船の船では自分、そしてバレットの人生をかけても目指す星系の端はおろか十分の一も進まない距離になる。


 だから、この毎日が何か変わるわけではない。

 二人ともそう思い込んでいた。


 だが――




『緊急報告』




 突如、白のまま変わることのなかった船内が一瞬で赤く染まった。

 同時に発せられたこれまで聞いたことのないマズルの声に二人の考えは打ち破られることになる。


 宇宙船を船だとしたら、それはただひたすら凪ぎの海面を進んでいた航海に訪れた潮目ともいえる、大きな変化の予兆だった。


「どうした?」

『当船に接近する小惑星の一つに特異性を検知』


 初めて聞く耳障りな警戒音声と警告色。

 身を強ばらせながらも、冷静につとめようと平坦な声で尋ねる。


「船が危険に晒されるということか?」


 確かにオールトの雲に突入してから小惑星はその数を増している。


 だが、全方位センサーとシミュレーションシステムによる回避に加え、前方部分から傘のように機体を覆っている半球状の電磁シールド、艦全体に張り巡らしているデブリ破砕用のレーザー光線でそれらに衝突することは100%あり得ないと言っていい。

 事実、これまでの長い旅路の中でこの船が危険にさらされたことは記録を見る限り一度もなかった。


『否定します。危険度評価、E5以下。物理的損傷の心配はありません』


 その事実をマズルも肯定する。


「じゃあ、何が問題なわけ?」


 続けざまにバレットが問うと、マズルは答える代わりにテーブルのホログラムを上空へと移動させ巨大な画面へと拡大させる。

 そこでようやく二人にもマズルの言わんとしていることがわかる。


 そこには件の小惑星――いや、星明かりのような白銀を帯びた『何か』が写し出されていた。


『特筆すべきは、その内部構造及び中心部にあります』


 ホログラム画面が切り替わり、先ほどまで映し出されていた隕石の内部構造が三次元レイヤーで表示される。


「これって……」


 モデリングされたその中身にバレットが言葉を失う。


『小惑星内部に生命反応を感知』


 マズルがそう宣言すると同時にモデリングがその詳細情報と共に回転する。

 透過された小惑星内部のちょうど中心部にその生命体はいた。


 上部には2つの窪みと球体に近い体の器官。

 そして、その下にある身体の幹状部からは四本の肢部が生え、横たわるように収まっている。

 そう。マズルに答えを聞くまでもなくわかった。


 これは、まさか――


『構造生物学に基づいた身体分析及び各種センサーによる固有生体反応を確認。蓋然性、99.7%。対象をあなた方と同一あるいは近似種の生命体と推測します』


 二人が愕然と目を見開く中、マズルは普段と寸分変わらぬ調子で淡々と事実だけを告げた。


「……生きて……いるのか?」


 なんとか言葉をつむぎ質問を重ねる。


『コールドスリープに類似した休眠状態であると推測。連邦標準の言語プラットフォームに基づく誘導ビーコンを送信するも反応ありません。我々の星系のものではないことが推測されます』


 再び画面が切り替わる。


『小惑星に推進系に該当する機能は発見できません。慣性の法則により進んでいるようです』


 ズームアウトされた画面に表示されたのは現在の小惑星の座標位置。

 そこにいくつかの座標点と予想到達時間が加えられ、点が線となる。それは小惑星の進むだろうルートを示していた。


「でも、これ……」


 だが、その線の先にあったのは、周囲の光すら飲み込む無限大の重力を放つ漆黒の点――通称ブラックホールと呼ばれる超質量の天体だ。


 マズルはそこまで解説すると一度話を止め、視線をこちらへ転じてくる。

 こういった予想外の事態が発生した際、システムの仕事はあくまでそれらに対する報告と提案であり、判断は搭乗員に任せられる。


(どうする?)


 人間かもしれないとはいえ、無用のトラブルを生むしれない生命体を受け入れる理由もない。

 十分な対策ができていない現状では、付着した未知の病原菌やウイルスなどが持ち込まれた際、こちらまで危険にさらされることだってある。


「助けよう」


 だが、躊躇のないバレットの――もう一人の自分の声に思考の渦から引き戻された。


『論理性を見出だせません。私は搭乗員総合支援システム。搭乗員の生命を脅かす危険因子を極力排除する必要があります』

「でも! 知ってて放置できるわけないだろ!」


 マズルは一度それを拒否し、バレットが反発する。


 そうしてぶつかり合った二人の視線は、やがてこちらへと向けられる。

 マズルの権限保持者は自分であり、それは同時に最終的な判断権限を持つということでもあるからだ。


「……オリジナルの目的は」


 感情の見えない紫の瞳。強い思いを持った白銀の瞳。

 両者に促されゆっくりと決意を固めた。


「オリジナルの目的は、星系外文明との接触だ。その義理もないが……一応、それがこの旅路の目的でもある」


 それを聞いた瞬間、バレットがほっとしたような面持ちを見せる。


「マズル。受け入れプランを整えてくれ」

『承諾。恣意方向性電磁場を形成。誘導及び船内受入シークエンスを策定します』


 原則に反しない限り、あくまでシステムは権限の保持者には逆らうことはできない。

 先ほどまでの拒絶をあっさりと取り下げ、マズルはシミュレーションシステムを起動させる。


「あの……さっきはごめん、マズル。怒鳴ったりして」

『意図が不明です。支援システムに謝罪の必要はありません』


 ホログラム画面の前で作業を進めるマズルの隣でバレットが少し気まずそうに詫びるが、返答はいつも通りそっけないもの。

 それを聞いたバレットはこちらに苦笑いを寄越した。

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