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第九話 狼を殺す犬は狼に殺される

 その瞳は獲物を前にして舌なめずりをする獣のそれだ。マルツェルがどきりとして、ラッパ銃を握る手に力がこめられる。動揺と錯乱の入り混じった不安定な状態で、逃げ出したいとさえ思うような恐怖心を掘り起こされた気分のなかにありながら、彼の足は大きく震えて動くことができないでいた。

 次の瞬間、リリオラは彼に向けて手を伸ばし、指をぱちんとひとつ鳴らす。宙に浮いたままになっている散らばったラッパ銃の弾丸は突如として一箇所に集まって、瞬く間にマルツェルの右足を跡形もなく吹き飛ばした。周囲には大量の肉片と粉砕された骨が混ざり合って飛び散り、灰色の駐車場を鮮血で染め上げた。彼の悲鳴が響き渡るも、外の騒ぎがそれをかき消してしまう。

「汚い声でわめくな、耳障りだ」

 傍まで近寄ったリリオラがマスケット銃を逆さに持って、そのストックでマルツェルの顎を強烈に殴打すると、彼の体はぐるんと半回転をして、駐車場のざらついた天井がみえる仰向けの姿勢になった。そこへ追い討ちをかけるように片腕を踏みつけ、愉悦に満ちた表情で彼女は見下ろした。

「死ぬ前にひとつだけ授業をしてあげよう」

「じ、授業……ですって? あたしになにを――あがっ……!?」

 喋ろうとしたマルツェルの口に、リリオラはマスケット銃を突っ込んで引き金に指を掛けた。

「お前たちが何気なく使う術式。それは私のいた世界(・・・・・・)において体内を循環する魔力と呼ばれる特殊なエネルギーを利用するためのものだ。では代々受け継がれてきた武器に刻まれたその術式はどこから来たのか? お前だけではない。他のやつらの術式も例外なく元を辿ればあるひとりの人物に辿り着く。――それが私だよ、マルツェル」

 意味がわからない、とは彼も口にできない状態ではあったが、そう強く感じていた。なにしろ術式というのは彼の家だけに限っても何世代も前。少なくとも二百年は昔から受け継がれてきたものだ。そうなってくるとリリオラがいったいどれほど生きているのかという疑問が浮かびあがる。当然、信憑性のない眉唾な話だと感じたはずだ。ただし、彼女がフェヴローニャの使う術式と同じものを用いていなければの話だが。

「な、なんで、そんな、あんたいったい……!?」

「おおっと喋るなよ。まだ話は終わっていない」

 銃口をさらに押し込んで、苦しがるマルツェルに愉悦のまなざしを送りながらリリオラは続けた。

「本来、術式とは魔力を体外に放出できる素質がある者だけに扱えるものだ。だが、残念ながらその素質は時を経ていけば失われていくのが目に見えていたから、私はある目的のために作った道具を彼らに預けた。それが、首にぶらさげてるそいつだよ」

 リリオラがくい、と顎を動かして指したのは彼の首に下がっていたドッグタグだ。マルツェルはそれを親から武器と共に受け継いで、肌身離さず持っていたものだ。理由は分からなかったが、口外してはならないという言いつけを今の今まで守っていた。

「そいつには素質を持たないゴミクズでも術式をじゅうぶんな性能で発揮できるよう、私の魔力を注いだ特殊な術式が刻まれていてな。今お前が自由にラッパ銃で無限に弾をばら撒けるのも、そいつが魔力の供給を続けてやっていたからだ」

 タグに刻まれた術式にはマルツェルも気付いていた。が、どれだけ彼がその術式を使おうとして腕から魔力を放出しても反応をみせることはなかった。それもそのはず、今リリオラが説明したように、それは彼の魔力の供給源となっていた。反応しなかったのではなく放出した魔力の大半がタグ自体からマルツェルを通じて放出されていたに過ぎず、彼はそれに気付けなかったのだ。

「ね、ねえお願い。あたしが悪かったわ! 研究所のことだって謝るから! 不本意だったのよあたし、ユアンが言うから仕方なくそうしただけで、自由になりたかったの! わかるでしょ、あの息苦しい場所を出たいって気持ちが……!!」

 それはもう必死だった。彼は死にたくない一心で、彼女に何度も懇願するかのように「ね、お願い」「助けて」と口にした。だが、リリオラはそれを良しとはせず、ひどく蔑むように彼をみた。

「……十八の頃に親元を離れ、ギャングの仲間入りをして他人に地獄をみせる生活はどんなだった。サディスト嗜好の強い男だ、さぞや愉悦に浸れたことだろう。知りもしない赤の他人の母親の前で幼い娘の頭をミンチにしたときは良い気分だったか?」

「な、なんであんたがそんなことを知って……!?」

 ゆっくり、ゆっくりと指に力が篭められる。リリオラは彼の言葉に返事はしなかった。ただ、恐怖で失禁し、涙を零して「やめて、待ってよ!」と懇願する姿をせせら笑いながら、彼に最後の言葉を告げた。

「さようなら。次はお前がそうなる番だ」

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