表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼は哭かず牙を剥く  作者: 智慧砂猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/64

第六十三話 名馬に癖あり

「気分はどうだ、じゃないわよ。どうなってんの、何が起きたのよ?」

 机にひじを置き、手を組んで座る女性はフェヴローニャだった。五年ほど老けたような印象はあったが、たしかに彼女はリリオラと共に戦ってきたフェヴローニャ・アレンスカヤ本人であった。

 リリオラは近くに誰もいないことを確かめてから部屋に鍵を掛ける。

「私の術式による影響だ。もともとあったこの世界とあちらの世界を分かれさせたんだ。……本当は、お前をあちら側の世界に残してやりたかったんだがな。悪いことをした、私の見立てが甘かったらしい」

 リリオラの術式によってディオールが歴史から消滅したことで、ありとあらゆる関係した歴史にも改変が加わった。この原理自体をリリオラがうまく説明することはできなかったが、ともかくとして「失われてしまったもの」の多くが取り戻された。周辺諸国とは一線を引いた立場のままでいる帝国。相変わらず無愛想に人形を作り続ける男。大事な宿を守り続ける店主。そしてなにより、彼女、フェヴローニャが暮らした町は、以前のような活気が戻っていることだろう。

 どのように改変されるかはともかく、アレンスカヤという人間がいた事実は残る。時は世界が繋がったときまで歴史を遡り『ディオールがいなかった場合の複合世界の歴史』として続いていく。つまり血筋は続き、今もむこうの世界ではどこかへと旅立ってしまったフェヴローニャの帰りを待ちながら、彼女の両親は余生を過ごしていくことになる。

「魂の根源はあるべき世界へと引き寄せられる。お前の魂はもともと三代目のアレンスカヤ当主のものだ。詳しい話は省くが、私たちは三百年という年月を目処に再会を果たすことを誓った。……私が持たせていたタグは、そのために用意した」    

 ある術式によって彼らは自分たちの魂を僅かに残しながら、大部分を次の生命に注ぎ転生を繰り返した。その結果、少しずつ削がれた魂は小さく微弱で、繰り返せば繰り返すほどに魔力は失われ、記憶もおぼろげになり、繰り返し自我も初期化するようになってしまった。それでもただひとつ、託されたものを持ち続ける、という使命だけを忘れずに。

『いつかまた会いましょう。そのときの僕たちがどうか君の味方でありますように』

 想いを胸に仕舞い込み、リリオラが創り上げた術式のためだけに、不老不死でない彼らは自分たちがいつも傍にいてやれない心苦しさから、少しでも力になれるようにと自分たちを犠牲にし続けた。彼女もまた、彼らがいつか舞い戻る日を夢に見て生き続けた。ディオール・ヴィーグリーズという男を誰よりも怨みながら。

「すべてが順調というわけには行かなかったが、それでも今回成し遂げられたことの正否がどうであれ、私にとっては良かった。……クルシュルツだけは、既に魂魄そのものがディオールの術式によって崩壊していたから再会は叶わなかったが、彼の粉々に砕けただけの魂はいつかまた構築され新たな生命へと繋がる。それだけでも、ディオールの末路よりはマシだな。面影だけでも、また会えるかもしれないんだから」

 リリオラが寂しげに笑うと、フェヴローニャは複雑な表情を浮かべた。なんと声を掛けてやればいいのか、と思案したのだろう。気の利いた答えなどなにひとつ出てこずに、彼女は「いつかまた、会えたらいいわね」とだけ返した。

「お前も家族に会いたいだろう? 今はまだ無理かもしれんが、安全に門を開くことができれば――」

「んなもん必要ないって。気ぃ遣わなくて大丈夫だから」

 椅子に背をもたれ、フェヴローニャは全てが終わったのだという確信とともに、ホッと一息をついて、見慣れたような見慣れないような天井を仰ぎ見ながら。

「これもアタシの人生よ。たしかに会いたくないっていえば嘘になるけど、だからといって心底会いたいわけじゃないわ。だってここにも家族(・・)がいるもの。そうでしょ?」

 フェヴローニャにとってリリオラは戦友であり、仲間であり、家族だ。艱難辛苦を共に乗り越えてきた大切な人間だ。一緒に這い蹲って、心に寄り添おうとしてくれた。不器用ながらも、心が壊れそうなときも傍にいてくれた。そんな彼女に別れを告げて、両親のもとへ戻るような大きな理由などなく、むしろ自分が戻ることでまた誰かが不幸になるくらいなら今のままでいい、と彼女は首を横に振った。

「っていうか、気になるんだけどさ。アタシは向こうの記憶が残ってるみたいだけど他の連中にはないわよね? さっきマルツェルに会ったけど、全然何も知らない感じだったし……どうなってんのよ、これは?」

 フェヴローニャの疑問に、リリオラは「ああ、そのことだがな」とため息をついた。

「本来ならば術者以外は記憶が消えて当然だ。魂に宿る記憶そのものに干渉する術式は扱える人間が限られる。私にも、そしてお前にもそれは扱えない。体内で魔力を用いて術式を構築する能力は、極めて特殊な人間にのみ扱える。私の鼻が利くのと同じように。それを、ある人間はこう呼んでいた。――〝秘術展開式〟と」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ