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第六話 クジラを捕まえるためにニシンをまく

 リリオラに銃弾は効かない。そのうえフェヴローニャとは武器の威力が桁違いだ。避けようもない距離で構えられている以上かわす手段もなく、敗北は決まったようなものだった。だから彼女は手に握っていたリボルバーをリリオラの足下に放り投げ、切なくそれは転がった。

「アタシの負けよ、殺しなさい」

 思いのほかあっさりと降伏して跪き、俯いて目を瞑ったのをみてリリオラは少しだけ驚いた。

「ほう、ずいぶんと潔いじゃないか?」

「あんたに勝てないってことは逃げても無意味でしょ。殺しなさいよ」

 言い訳のひとつもせず、これから殺されるとしても仕方のないことだと死を受け入れたフェヴローニャに目を細めたリリオラは、ふと銃口を下げると「もうひとつだけ質問を」と彼女に言った。

「なによ、まだ何かあんの?」

「研究所には、カシミロという 料理人(コック)がいた。お前が殺したな?」

 問われた言葉にフェヴローニャは目を丸くして顔を上げ、リリオラに「そんなわけないでしょ!」と怒鳴って返した。その怒りが篭った瞳に正しさを見出したリリオラが目を細めると、彼女はどきりとしながらも焦ったみたいに話を始めた。

「殺したのはユアンよ、アタシじゃない。だって友達だったのよ? 研究所じゃアタシには良くしてくれたもの。……あの日だって、アタシは淹れてもらったココアを飲みながら、カシミロのコレクションしてたリボルバーをいくつも見せてもらってたわ。それをあいつがいきなりやってきて……!」

 リリオラは「もういい」と言葉を遮って彼女の頭に自分の帽子を被らせると右腕に銃口を押し付けて引き金を引いた。腕はちぎれて地面に叩きつけられ、激痛に悲鳴をあげて地面に倒れこんで蹲ったフェヴローニャに追い討ちはせず、彼女はマスケット銃を肩に提げ直す。フェヴローニャの怪我は大した出血もなく、傷は塞がっていて人形のパーツを取り外したような状態だった。

 うずくまる彼女にリリオラは「痛いのは最初だけだ」と笑いかけ、「もうファニングはできないな」と言った。

「クソが、なんで……殺さないのよ……!」

「死を受け入れた相手を殺すことほど無意味な罰はない。これは持っていけ、私にはいらん」

 拾い上げたリボルバーをフェヴローニャの傍に置くと、ちぎれた腕を拾ってリリオラは背を向け歩き出す。最初は殺す気だったが今はそんな気持ちも消えていた。優しくしてやろうという感情からくるものではない。リリオラは小さく振り返り、ぽつりと。

「カシミロはお前に惚れていたからな、お前が持っているといい。形見になるだろう?」

 去り際に手をひらひらと振る後姿が遠くなるまで見送りながら、フェヴローニャは驚くばかりだった。ここで殺されて、全てが終わると思っていた。彼女なら容赦なく殺すという確信があったからだ。

 リリオラとは、フェヴローニャにとってそういう人物だった。歪んだ正義を執行する者としてではなく、己が障害と判断した場合に敵と認識し、これを排除しようとする一種の機構めいた思考で動き、躊躇なく踏み潰す。それがたとえ赤子であったとしてもそうするだろう。それほどに危険な相手であると彼女は知っていた。

 かつてフェヴローニャが研究所に収容された際、研究員に対して抵抗の様子を見せなかったリリオラを相手に挑発行為を繰り返したマルツェルという男が反撃もできずに半殺しにされるといった事件もあり、そのときのリリオラはドミニクが止めに入らなければ確実に殺していたと誰もが感じるほどに相手をいたぶることに躊躇がなく、むしろ楽しんでいるふうにも見えていた。

 だから殺されると思った。なんの躊躇もなく、もしくは納得がいくまでいたぶられるものだとばかり考えていたこともあって、そんなリリオラが亡くなった研究員たちを気遣うなどとはフェヴローニャもこれにはずいぶんと間の抜けた顔をして、ぽかんと口を開け放っている。ハッとした彼女が「ね、ねえ!」と呼び止めるとリリオラは足を止めて振り返り、大きなあくびをして「なにか言いたいことでも?」と露骨に眠たそうな顔をする。

「この帽子は持っていかないの?」

 頭に被せられた軍帽を脱いで、ぎゅっと握りしめながら差し出すようにしたフェヴローニャにリリオラは「それは宣戦布告だ。連中に見せたあとで、お前が直接私に返しにこい。帝都の〝ヒグラシ〟という安宿を訪ねろ」と伝えてまた背を向ける。

 しばらくリリオラが歩くと、少し離れた場所から静かな戦場にエンジンの騒音を撒き散らす一台の車が走ってきて、彼女の前に金切り声ともとれるブレーキ音を響かせて停車した。運転席からドミニクが顔をのぞかせてフェヴローニャと目が合うなり、リリオラに「トドメ、刺されないんですね」と声を掛けた。

「ああ、気が変わった。それに、あの女はまだ使い道があるからな」

「……フェヴローニャに使い道が、ですか?」

 再びエンジン音を響かせながら、サイドミラーに遠く離れていくフェヴローニャを見つつ言葉を返したドミニクにむかって、リリオラは楽しげに犬歯をむき出しにして笑いながら小さく頷く。

「クジラを捕まえるためにニシンをまく、というだろう? あの女は餌だよ、ドミニク。他の馬鹿共を引っ張り出すためのな」

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