第五十五話 道具をくれたら、仕事を仕上げよう
「あうっ!」と、突き飛ばされたフェヴローニャが小さな声を上げる。自身を覆うフランシスの影に顔を上げて、彼女は続けざまに「ひっ」と悲鳴を上げた。胸を、わき腹を、喉を。ナイフと刀が貫いている。無機質で、もはや声すら上げないソールとマーニの人形がフランシスの体に刃を突き立てて身動きを一瞬封じた隙に糸で巻かれた軍刀が空から振り下ろされ、フランシスの首を後ろから貫いていた。
「……か、ふっ……くそったれ、め……!」
短い呼吸。力が抜け、ずるりと血をまとわりつかせ宙にぶら下がる軍刀を背に、フランシスは地面にどさりと倒れた。うつろな瞳をして、口からは血を吐き出して倒れ、ぴくりともしない。呼吸すらない。冗談か何かだと思ったことだろう。また死んだふりではないかとフェヴローニャは一瞬口を押さえたものの、すぐに動き出してフランシスの体を抱き上げた。
「フ、フランシス……? ねえ、おきてよ。返事をして?」
小さくゆすっても返事はない。いや、正確にはあった。言葉ではなく動作で。ぶるぶると震える手が、フェヴローニャの頬をそっと撫でて、目が合うと仄かに笑みを浮かべて静かになった。ぱたりと力なく崩れおちた手からは、血の気が失せていく。これまでと同様には行かない。ディオールの襲撃から始まり、ユアンの自爆にも耐えてきた。何度も延命を繰り返してきた反動でフランシス自身の体はぼろぼろで、既に魔力も限界だ。生き残る手段は敵を倒すことのみ。それに全力を注いで、ほんの僅かな油断、勝利したという確信なき確信の隙を突かれた。
もう起きることはないだろう、とは誰がみてもはっきりしていた。
「……人形などたとえ意思がなくても関係ない。私が動かせばいい。私の〝展開式・蜘蛛糸〟さえあれば、たとえふたりが動かなくなろうとまた術式を刻んであげればいい。それまでは道具として私が動かせばいい。愚かな方です、フランシス。もしあなたが油断せずすぐにトドメを刺していたならば、こんなことにはならなかったのに」
ゆるやかにキリキリと音を立てて巻かれる糸はソールとマーニをフィリアの傍、彼女の盾になるよう正面、やや浮いた位置に彼らを固定した。フェヴローニャかあるいは死の淵からフランシスが動かないとも限らない最後まで気の抜かない態勢を取った。
「やれやれ、ですが危ないものでしたよ。あなたが私の体の秘密に気づいて本気で壊しに掛かっていたらどうなっていたことか。アレンスカヤのような無能に意識を割いたからでしょうか? 私の体も人形になっているとは気づかなかったようですね」
ディオールと共に生きるためには必要だった、とフィリアは自身の肉体の改造をソールとマーニにさせていた。そのおかげでフランシスの強烈な一撃を受けてなお、意識は一瞬飛びかけたが再起することができた。
たった一歩の差が、彼女たちの勝敗を分けたのだ。
「さあ、アレンスカヤ。その女の亡骸を残して去るのであれば見逃してさしあげましょう。たとえ真実に辿り着き、私という存在に憎悪を抱いたとしても勝てない相手に銃口を向けるほど勇敢のふりをするのも好きではないはず」
「……が……かよ」
「? なんと言ったのです?」
フェヴローニャの涙声がぴたりと止んだ。彼女はそっとフランシスを寝かせて目を閉じさせると、立ち上がって、リボルバーに手を掛け、その銃口をフィリアに向けて、強い眼差しでにらみつけた。
「誰が逃げるかよっつったのよ、耳の掃除くらいしたらどう、このガラクタ女」
フィリアが冷たい表情を浮かべる。彼女の言葉に虫唾が走るとばかりの冷めきった表情だ。たとえどのように罵られようとも、唯一彼女には「ガラクタ」という言葉だけが許せなかった。自分の作る人形は最高傑作だ、間違いない。それを嘲る者があるとするならば徹底的に、たとえ羽虫であろうと形ひとつ残すものか、と。
「良いでしょう。そんなに死にたいのなら……ここで始末してさしあげ――」
ソールとマーニに再びナイフを握らせて操ろうとした瞬間、だった。
それは短く周辺に小さく響いた。ただただ静かに、澄み渡る水面のような声と同時にリボルバーは黄金色の強い輝きを纏い始める。それはフェヴローニャという少女自身もそうだった。彼女自身も輝きを纏っていた。フィリアが目を丸くして冷や汗を一粒垂らし、「これは危険だ」と判断するまでにそう時間は掛からない。一秒か、あるいは二秒か。しかしそれでは間に合わない。
「――〝秘術展開式・無双〟」
黄金の輝きは、彼女の傍に眠るフランシスから放たれたものだ。彼女の中に眠る魔力のすべてを死の間際の一瞬でフェヴローニャに託し、笑みを浮かべながら、声も出ない唇で「大丈夫、がんばれ」と最後の言葉と共に贈ったのだ。
「くたばれ、クソヤロウ。あんただけは粉々に吹っ飛ばしてやるから」
一発。たった一発の弾丸が、瞬時にフィリアの胸を貫いた。




