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狼は哭かず牙を剥く  作者: 智慧砂猫


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第五十四話 予期しないことは常に起きる

 ――それは、遠すぎた。そう表現するべきだろう。届かないのだ、何も。切っ先すらも遠すぎて、届かない。フランシス・ロベルタが放った言葉など光りの如く過ぎ去って、可愛い私の子供たちが蹂躙されるまで時間を数える余裕さえない。開発した転移魔術は最高峰のものだ。これまで誰もが考えもしなかった〝戦闘への応用〟を徹底的なまでに研究したものだ。……なのに。

(なぜわたしは、空を仰いでいる? 何が起きたというの?)

 フィリアには分からなかった。いや、その場にいた誰もが理解などできなかったはずだ。フランシスは小さな動作に巨大な破壊力を持った一撃を、蛇のように滑らかな動きで、蜂のように刺し、瞬く間に制した。フィリア、ソール、マーニの同時の攻撃など意にも介さずに。相手になどならなかった。風が駆け抜けるよりも速い彼女を捉えることもできず、気がつけば天を仰ぐだけ。

(……フランシス・ロベルタは倒せる相手のはずだった。ディオール様は、私にそう仰ったはず……なのに、どうして私が地面に倒れているの。ありえない。ありえるはずがない。こんなこと、こんな……ばかな……)

 視界がぐらつく。空の色が雲と混ざり合う。彼女はそこに、かつてない孤独を味わった気がした。自分だけがいつもハズレくじを引かされているときのような、むなしい感覚が胸の内でひどく渦巻いていた。

 フィリア・ドールとはしがない人形師の名だ。ただ誰にも負けない美しい人形が作りたいと思った。まるでそのままの人間のように美しい人形を。

 誰かが彼女に言った。それは夢の見すぎだ、と。だが、たとえそうだったとしてもフィリアには諦められない理由があった。哀れだと言われようとも、失った我が子を取り戻したかったのだ。形だけでも。

 彼女はやがて作り上げた人形に「ソール」と「マーニ」と名づけた。可愛い我が子に付けるはずだった名だ。しかし達成感はあったものの、それで満足というにも至らず、人間とは欲なもので、彼らが「ホンモノの人間のように動けば」と〝禁忌〟に手を出した。人形の中に、失ったはずの我が子の魂を宿し、感情を芽生えさせた。ただし自身が思ったようには行かず、幼すぎた魂を使った結果、今のように少し風変わりな少年少女と成り果ててしまったが。

『なんてことをしてくれたんだ、俺の信用まで落とすつもりか?』

――愛する男からすべてを否定されたことを、ひどく鮮明に覚えている。たしかに正しいことをしているという意識はなかった。認められる可能性だって低いことは知っていた。それでも諦められなかった。同じ血を分けた子を亡くした者としての希望に賭け、そして絶望を味わった。あの私をおぞましいものでも見るような目が許せなかった。

「私のしたことが、そんなに悪いとでも……?」

 フランシスは、フィリアの言葉に首を横に振る。

「さあな。だがディオールと組んだことは紛れもない悪だよ」

 我が子と会えない辛さがフランシスにはよく分かる。だから、フィリアがソールとマーニを作ったことを責めたりはしなかった。だが、ディオール・ヴィーグリーズが巨悪と知りながら手を組み、大勢の人間を犠牲にしたことを彼女は許さない。リリオラがそう決めたのと同じように。

「でもあなたにとってはディオール様も同じはず。彼はあなたの息子でしょう?」

「ああ。だが、親だろうと子が憎く許せないこともある。……親を裏切るだけならば私は甘んじて受け入れただろう。だが、大勢の仲間たちを――いや、たったひとりの守るべき妹さえも手に掛けようとした男を、私は許せない。それだけだ」

「そう、ですか。やはり私たちは相容れない。あの方は私を受け入れてくださった。たとえどのような罪があろうとも、私を受け入れてくださると。共に世界の果てを見ようと……ですから、こんな場所ではまだ死ねない」

 キリキリキリキリ、と甲高い音がする。同時に、フィリアの動けないほどの重傷を負った体が何かに吊り上げられるかのようにふわりと浮き上がる。フランシスにはその原理が理解できた。天から射す陽によって見え難くなっていたが、彼女はたしかに見た。

「魔力の糸……!? ばかな、これは……!」

 すぐに振り返ったのは、傍に倒れていたソールとマーニ。術式を破壊したはずの彼らの姿がない。何が起きているのかを瞬時に把握したフランシスは言葉を発すよりも先に少し離れた場所に立っていたフェヴローニャのもとへと飛び跳ねた。

「ああ、いけませんね、それはいけません。余所見をするから……いつだってあなたは取りこぼす。だからあのとき(・・・・)も、自分の大切なものを奪われた。そうでしょう?」

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