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狼は哭かず牙を剥く  作者: 智慧砂猫


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第五十一話 大敵と見て恐れず、小敵と見て侮らず

 先を進むリリオラの背を遠くに眺めながら、フェヴローニャはため息をつく。

「ずいぶんあっさり消されちゃったわね、クルシュルツのヤツ。リリオラったら、ちょっと容赦なさすぎじゃない? 五分経った?」

「経ってないな。まあ、分かっていたことだろう?」

 くすくすとフランシスはうれしそうに笑う。が、彼女はぴたりとそこで足を止め、先を急ごうとしたフェヴローニャの袖を掴んだ。おかげで彼女は転びそうになって「はうっ!?」と妙な声を上げた。

「ち、ちょっとなんなのよ!?」

「馬鹿か、よく見ろ。首が飛ぶところだったぞ」

「はあ? 何言って……あっ?」

 ぴっ、とフェヴローニャの首から薄っすらと血がこぼれ、ぴりぴりとした小さな刺激を感じて、彼女が振り返り、進もうとした先をみてみると一本の細長いワイヤーがぴんと張られていた。リリオラが通ったあとに何者かが瞬時に張った罠だ。目を凝らせばあちこちの建物の壁に黒い鉄の塊のようなものが埋まっていて、チカチカと赤いランプを点滅させるそれは、共鳴でもするかのようにワイヤーを射出して、他の鉄の塊に繋がっていた。

「まったく。こんな下種じみた真似をするともなれば、あの女(・・・)以外におるまい」

 革のグローブを嵌めた手でフランシスはプツッ、とワイヤーを簡単に切った。彼女の視線は張り巡らされたワイヤーの向こうで微笑むメイド服を着た女の姿に留まった。

「無粋ですよ、フランシス・ロベルタ。あのふたりの争いに首を突っ込むなどとは」

 銀髪がゆらりとゆれる。褐色肌に琥珀色の瞳をした女、フィリアのおでましだ。

「お前こそディオールに心酔するのは止せ。あの男はいつか裏切るぞ?」

「すべては承知の上にございます。裏切りなど些事。ええ、些事ですとも。我が親愛なるディオール様が夢見る世界……そこへ至る過程で私が邪魔だと申すのであれば、この首を手ずから切り落としてごらんにいれましょう」

 そして、フィリアは「しかし」と続ける。

「ここから先へ進みたいとあらば、これを看過するわけにはまいりません」

 瞬間、彼女の背後に僅かな青白い光の渦が現れたかと思うと、ふたりの子供らしき姿をした何かが飛び出した。フランシスが目を細めてみるそれは、先にリリオラが話していたふたつの人形。ソールとマーニ。フィリアの技術が詰まったヒト型の兵器、とも言えるだろう。両者ともフードを被りこみ、それぞれ紅い太陽と蒼い月の描かれたお面をつけて顔を隠している。僅かに長い桃色と群青色の髪がのぞいていた。

「こぉれぇはぁ、ご主人! 久方ぶりの殺し(・・)かな?」

 太陽のお面をつけたほうから聞こえるのはまだ甲高さの残る幼い少年の声。一方で、月の面をつけた人形も同じように高い声をしていたが、どこか落ち着きのある少女らしい声をしていた。どちらも体躯に見合った声だ。

「やめときなよ、ソール。殺す相手に失礼だろうさ」

「ホッホ、そいつぁ失敬! おちょくるつもりはないんだよ、本当にね!」

 フィリアの背後で佇むふたりにフランシスは顎を手でさすり、「うーむ」と唸る。

「あの人形。かなり強いな。転移術式を完璧に操っているうえに道具としての性能が非常に高い。そのうえ精巧につくられているのはさすが人形師というべきか? いやはや、感心ものだが……フェヴローニャ。できるか?」

 人形師であり傀儡子。ふたりの自動人形(オートマタ)を従者として仕えさせ、さらには並大抵の実力では倒せないほど本体であるフィリアも実力者だ。伊達にディオールがユアンたちのような強力な魔術師たちを差し置いて彼女を傍に置いているわけではない。いわば彼女こそが最大の砦だといってもいい。であれば、当然フィリアと戦うのはフランシスであるという構図ができるが、邪魔になるのは人形だ。それらをどうにかするには、フェヴローニャの助けは欠かせない。ただでさえ強力な人形まで含めて同時に三人の相手をするのは、さすがのフランシスでも無理があった。

「……いいわ、本当ならあのフィリアってヤツをぶっ殺したいところだけど、我慢してあげる。それでいいでしょ? 今回くらいはリリオラの言うことをきちんと聞いておいてあげないとね。でないと、アタシってばサイテーだもの」

 彼女の町が死に誘われるに至ったすべての元凶である術式を操る女が目の前にいるのだ。憎くないはずがない。滾らないはずがない。それでもフェヴローニャは平静を保ち、無理をすることは避けた。リリオラの計画を失敗させるようなことはあってはならないと彼女自身が断じ、身の内に思いを封じ込め、すべてをフランシスに託す。

 そのやり取りを見ていたソールが、ぱちぱちと手を叩く。

「やあやあ、こいつは美しいぞぉ。僕の相手にふさわしい女だ、実にいい!」

「油断すんなよ、ソール。アタイらは仕留めるためにここにいる」

「わかってるとも、マイシスター? 主人に怒られるのはごめんさ」

 ふたりは足下に出現させた青白い光の渦にずぶずぶと身を沈めて姿を消す。

 フィリアは彼らの姿が消えると、腰に下げていた軍刀を鞘から抜いて構える。

「さあ、時間です。ゆめゆめ油断なされぬよう。でなければ私が楽しめないでしょうから。きなさい、フランシス・ロベルタ。その五体をバラバラに引き裂かせてくださいな?」

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