第五話 食いつく犬は吠え付かぬ
椅子に腰掛けたままだが、フェヴローニャの視線はリリオラの身動ぎひとつ見逃さないほどに研ぎ澄まされた集中力を宿し、彼女を視界に捉えている。肩に提げたマスケット銃が彼女、リリオラの唯一の武装。その威力がどれほどのものなのかをフェヴローニャは知らないなかで、相手は自分のことをよく知っているのだと思うと鼓動はどんどん加速していった。
たかがマスケット銃。普通の人間であればそうだろう。しかしリリオラを含め、研究所に収容されていた者たちは皆が、ある条件下のもとで人智を超えた力を発揮することができる。だから彼女の持つ武器をフェヴローニャは恐ろしいと思った。
リリオラの担ぐマスケット銃のストック。そこに刻まれた文字がリリオラの意思ひとつで武器の威力を自在にした。
他の者も同様にそうして力を発揮し、彼女たちはそれを共通して〝術式〟と呼んだ。それがあるからこそ人智を超えた力を発揮することができる、と。とはいえ術式は個々によって差があり、それぞれがドッグタグに刻まれた一種類だけを持っているため、フェヴローニャのように兵器を無力化するなど驚異的なものばかりではあったが必ずしも無敵とはいえなかった。
――ただしリリオラを除いては、だが。
「どうした、撃たないのか?」
安い挑発だ。グリップを握り締める手に力が篭るフェヴローニャに対してリリオラは撃たせようとしていた。邪悪に微笑みながら、リボルバーを引き抜かせ、弾倉の中身を全て吐き出させようとしているのだ。そこになにか理由があるのだとしても彼女には撃つ以外の選択肢などなかった。撃たなければ撃たれるという思考は行動を大きく制限していて、挑発に乗ったのも後手に回れば損をするかもしれないと彼女なりに考えた結果だった。
フェヴローニャはリボルバーの早撃ちに関して右に出るものなどいない。術式によるものではなく、彼女自身の積んできたものの成果として培われた素晴らしいと評するに値する技術だ。五発を撃ち終えるのに三秒と掛からず再装填も凄まじく速い。そのうえ恐ろしく命中精度が高いときている。並の相手であれば、とても勝ち目などないだろう。
だからこその先手必勝。リリオラの目では追いきれぬほどの速さで撃てば勝てるという確信のもと、彼女はホルスターから再びリボルバーを引き抜き、精確さをもって額、胸、肺など致命傷になる箇所を狙った。
「そ、そんなばかな……!?」
距離にして十歩。フェヴローニャの撃った弾丸はリリオラの急所を精確に狙ったはずだった。だが、いつの間にか距離は縮まり、リリオラは再装填をしようとした彼女のリボルバーの銃身を握ってにやりと邪悪に微笑んだ。
「いやはや、素晴らしい腕前だ。好きこそ物の上手なれとはいうが、ここまで極めれば大したものだな」
全ての弾丸はリリオラに命中していた。至近距離なのでフェヴローニャの腕前をもってすれば当たり前のことだが、リリオラの額に深く沈んだ一発の弾丸が、ぽろりと浮き出て地面に転がったのをみて彼女は絶句した。
「しかし残念。そんなオモチャで私は殺せない」
他の弾丸も同様に吐き出されるのを見て勝ち目がないと悟ったのか、フェヴローニャは再装填せずに動きをとめ、リリオラの異常な肉体について「うそでしょ……」と驚愕をするばかりだった。
「さて、次は私の番だ」
リリオラは肩に提げていたマスケット銃をようやく下ろして両手でしっかりと構え、その銃口をフェヴローニャに向けると「では一度だけ聞いてやろう」と彼女を見下し、蔑むような視線をおくった。
「傭兵ごっこのまま無様に死ぬか、喉を潰し手足を飛ばしたあとで死ぬまで物好きの慰み物になってみるか――どっちがいい?」