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狼は哭かず牙を剥く  作者: 智慧砂猫


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第四十三話 悪魔と食事するものは長いスプーンを使え

 ドミニクのそんな決意も知らずに、ユアンは愉しげに計画を立ててにやにやしながら「じゃあ、帝都へご招待だな。出発は明日だ」と窓の外を眺めた。

 彼は今からリリオラか、あるいはフェヴローニャかそのどちらもを殺せることが楽しみで仕方がないのだ。なによりドミニクという仲間に裏切らせて殺すというのがユアンの快楽を満たすものとなる。彼らがより絶望したり、精神的な苦痛を感じることが、ユアンの大きな喜び、ひとつの目標と言っても過言ではないだろう。

 今日という一日を村で過ごすのに仕方なく宿に泊まったが、彼は抑えきれない興奮で翌朝まで眠ることができなかった。何度も頭の中でその光景を繰り返して、来るべきその日を待ちきれない様子でそわそわと帝国軍からの迎えがくるまでも落ち着かず、まるで旅行の日程が目前に迫った子供のようにそこには邪気が感じられなかった。

 だが、車輌に乗り込んで発進させたあと、彼はどことなく穏やかな表情の崩れないドミニクを見て何か妙な雰囲気を感じ取っていた。以前までのドミニクであれば、もっと恐怖心や弱々しい潤んだ瞳をしているのに、今はまっすぐ射抜くような瞳で遠くを見つめている。小動物のように怯えもなく、いつにない落ち着きがある。

(……なんだ? なんでこんなに落ち着いてるんだ。研究所のときはずいぶんとビビっちまってたが、もしかしてあの一件で慣れたか? いや、待てよ。リリオラと一緒にいたせいで、何か感化されるものがあったとか……?)

 疑問は尽きない。ユアンはやることは派手ではあったが、そこに慎重さも備えている。決して単純な馬鹿ではないのだ。マルツェルのようなただの殺人者でもなければ、バリーのように生きるために手段を選ばないような精神も持ち合わせていない。死などはまるで恐れていないが、相手に出し抜かれるのは恐れていた。自分が誰かより下だと思いたくないのだ。それが神のように崇拝する対象でもなければ。

「なあ、ドミニクよォ。お前、いままでリリオラのところで何やってたんだよ?」

「雑用ですよ。家の掃除をしたり、薪を割ったり……」

「ハッハッハ、お前らしいや! しかし薪割りか。道理で前よりちっと体格が良くなったと思ったぜ。そのおかげで自信でもついたか?」

「勘弁してくださいよ、そんなものあるわけないでしょう。マルツェルがどうなったくらいは耳に届いてるでしょう。怖い方ですよ、あのひとは今でも、あなたが思っているよりね。それで自信がつくと思います?」

 ドミニクが突き放すような言い方をすると、ユアンは目を丸くした。

「前よりはっきり言うようになったじゃねえの。ま、たしかにそうだな?」

 ユアンがマルツェルとバリーの死を知ったのは遠方の戦場を蹂躙したあとの帰りだった。それはもう、ずいぶんと酷い状態だったらしい。彼が話すところによれば、バリーにいたっては全身を食い散らかされた状態で見つかったという。が、彼は可笑しそうにした。なんともいやらしげな笑みを浮かべて「まったく弱すぎて反吐が出る」と見下した。

「いきなり勝負仕掛けて返り討ちなんざアホのすることだぜ。ただ殺そうとするだけでセンスもねえ。もっと絶望と絶叫を浴びせてもらわなきゃ損だろ、どうせ殺すんならよォ……シチュエーションってのを大事にしなきゃな?」

 ドミニクの肩に腕を回して気取った物言いをしながら、彼の視線はドミニクではなく彼の握るマスケット銃に向けられた。なにかの術式が刻まれているのを確かめ、それから首に下げられたドッグタグを見る。パッと見は以前と変わらないせいか、ユアンはちらと見終えるととくにそれがおかしなものだと思わなかったようだ。

 警戒はしながらもまわしていた腕を離して座り直し、ポケットからタバコを一本とライターを取り出すと火をつけて吸い始める。

(ま、なにを企んでるにせよ、この銃じゃあ話になりそうにねえな。使い込まれてる感が半端じゃねえし、術式を刻んでるみたいだが、俺の術式がありゃあどう転んだって五分にはなる。そんでもってコイツの銃は一度に撃てる数が一発のみと考えれば、どっちが不利かは馬鹿でも分かる。たかが一発の鉛弾くらいじゃあ俺は死なねぇからなァ)

 彼は自分が負けることは想定していないのだろう。これがリリオラであればともかくとして、彼にとってドミニクが脅威足り得ることなどありえないのだ。そのうち利用するだけして、どう殺すかと今度はそんなことを考え始めるようになっていた。

「うおっ、なんだ?」と、突然ユアンが声を上げたのは、車が妙ながりがりという音を立てて、ストップし、ブレーキを踏んだ拍子に車輌が大きく揺れたからだ。運転席に座っていた男が「すみません、エンジントラブルのようです。少し確認してみます」と降りようとした。

「待ってください。僕が見てみます」とドミニクが声を上げると、ユアンも「そいつがいい」と指を鳴らす。

「あぁ、おい。ちょっと待て、ドミニク」

 賛同しておきながら、降りようとするドミニクを彼は呼び止める。

「……どうしました?」

「銃は置いていけ。かついでる必要はねえだろう?」

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