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狼は哭かず牙を剥く  作者: 智慧砂猫


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第四十二話  最も暗い時間は夜あけ前である

 ユアンは狡猾だ。手口が非常に厄介で、リリオラ以上に手段は問わない男は相手がもっとも弱点とするものを平気で踏みつけにする。たとえそれが自分より華奢でか弱い女であろうと、筋張ったガリガリの老人だろうと、極めつけは赤子であっても容赦なく自分の心のままにいたぶって最後には殺す。どれだけ命乞いをしても、泣き叫んでも、彼を喜ばせるに過ぎない。だから彼は脅すとき、一度だって嘘をついたことがない。その狂気的な瞳も含めて、ドミニクは心底どきりとして顔を青ざめさせた。

「大丈夫かい、ドミニク。あんた顔が青いけど、調子悪いの?」とロマが心配するが、ドミニクは無理やり笑って「ええ、大丈夫です」と返す。内心は穏やかでないというのに、彼は必死に取り繕ってユアンが手を出さないように心で歯を食いしばる。

(どうすればいいんだ……ユアンがこっちまで手を伸ばしているなんて)

 いくら武器を持っていたところで、相手がユアンでは勝ち目がないとドミニクは怯えていた。自分だけの力では到底、ロマを守るどころか村の人間は誰も助けられないかもしれない。素直に従ったところで、また騙されるのが目に見えている。ではどうしたらいいのかと必死にドミニクは考えたが、ユアンは「おいおい、固くなり過ぎだっての。なに、お前が手ェ貸してくれれば本当に手は出さないさ」と話す。

「ま、話は二階でしようぜ。人に聞かれるのも好きじゃあねえだろ?」

 ロマから酒瓶を受け取ったユアンは、二階へドミニクを連れて行く。

 借りている部屋に入るとすぐに鍵を閉めた彼は、足音が近づいてこないのを確かめるようにじっと耳を澄ませ、その気配がないとわかると扉に背を預けてベッドに腰掛けたドミニクを見ながらにやついた。

「ずいぶんと小奇麗な格好になったな。あの臆病者のドミニク・エルローズが立派にマスケット銃担いでりゃあ驚きだぜオイ。それで何人殺したんだ、面白かっただろ、人間を撃つってのは。俺は殴るほうが好きだけどな」

「一緒にしないでください。これは……もらい物なんです。リリオラさんからの」

「へえ、リリオラの。あのカタブツ女から贈り物たぁ、まさかデキてんのか?」

 興味津々に小指を立てるのを見て、ドミニクは露骨にいやそうな顔をする。

「餞別ですよ。彼女といればいつか死んでしまうと思ったから、これ以上はついていけないと言ったらお守りに持っていけってくれたんです。そういう関係じゃない。……だいたい、僕みたいな臆病者を彼女は相手になんかしないなんて分かるでしょ?」

 げらげらとユアンは笑って「そりゃそうだな」と返した。

 酒を一口飲んで口の中を湿らせると、ユアンは次の質問に移る。

「ちょうどいいや。お前、そいつの使い方は分かるよな?」

「え……ええ、分かりますけど、それがどうしたって――」

 ドミニクに近づいたユアンは、彼の頭を鷲掴みにしてぎゅっと顔を寄せる。

「殺すんだよ。リリオラを、そいつで。おもしれぇじゃねえか、自分の銃をくれてやったチキン野郎に撃たれるんだぜ? こいつぁ最高だよ、最ッ高のショーだ! なあ、やるよな、やるって言えよドミニク。お前に選択肢なんかねえからなァ」

 やると言った以上はやるユアンのやり方は変わらない。ドミニクは今、究極の選択を迫られている。世話になった村の人々か、それとも共に闘ってきた仲間か。どちらかを捨てて、どちらかを守るという選択。であればより弱者であるほうを守ろうとするのは当然だった。事情などまるで知らずに受け入れてくれた村の人々を巻き込むことだけは避けなければと彼は俯き、がっくりとくず折れて「わかりました」と力なく返事をした。

「そうだ、それでいい。お前みてえな弱いヤツは俺のオモチャになってりゃいいんだ。なァ、ドミニク。研究所では世話になったからよ、村の連中くらい今回は大目にみてやるから、きっちり仕事は頼んだぜ」

 ……と、ユアンにはドミニクが屈したように見えただろう。だが、違う。彼はユアンに見えない位置で、ふと何かを思い出したように目を見開いて、ぽつんと視界に映るだけの床を眺めながらハッとしていた。

(ああ、そういうことか。彼女のくれたお守り(マスケット銃)は、きっと、そういう意味(・・・・・・)だ)

 彼は理解したのだ。リリオラの言葉を振り返って、自分が何をするべきかを理解した。

『お守り代わりだ、持って行け。少々使い古されてはいるが、燃費もよく威力も出る。何者かに襲われたとしても魔力を注いでやれば熊すら消し飛ぶだろうよ』

 彼女が渡した自衛の手段。いや、あるいは最初からそうするつもりだったのか。とにかく、ドミニクにとっては嫌な状況とも言えたし、絶好の機会と言ってもよかった。彼にとってユアンは因縁のある相手だ。研究所で彼の口車に乗せられた事実はいつまでもつきまとい、罪の意識と一緒に生きてきた。

(ここで僕が背負ってきたものを降ろそう。そのために、今は彼の言うことを聞くんだ。今だけは……)

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