第三十四話 神のうすはゆるやかに回れどあますことなし
リリオラは即座に『もぐらの作業場』へと向かう。人伝に道を聞けば、あっという間に辿り着いた。オーダーがあるとき以外は基本的に鍵が掛けられていて、外からベルを鳴らさなければ中から出てこないらしいが、彼女には関係ない。衣服の胸ポケットから取り出した小さなペンでがりがりと金属のドアノブに傷を付けて術式を書くと指でなぞって魔力を注ぐ。かちゃり、と音がして鍵が開けば、ゆっくりと扉を開けて静かに足音に注意しながら店の奥へと進んでいく。
人の出入りがあるはずがないと油断しているのか地下室へ向かう階段の前には電灯がぱっちりと点いていて、彼女はすぐにレムシルのいるだろう作業場へと向かう。が、進むにつれて彼女は顔を顰める。ひどい血のにおいがしたからだ。
作業場へ辿り着けば、階段の軋む音にレムシルがふと作業の手を止めて振り返った。
「……誰かいるのか?」
まさか扉の鍵を掛け忘れたわけがあるまい、と彼は不審に思った。もし押し入るとしたら帝国の軍人以外ないだろうという考えが片隅にあったのか悠長さも持っていたが、姿をみせたリリオラを見てどきりとした。
「どうやって中に入った、鍵は掛けてあっただろう。まさか蹴破ったのか?」
「ごきげんよう、レムシル。その様子だと私を知っているみたいだな」
彼は頷いた。薄気味の悪い笑顔を浮かべて。
「ああ、もちろん。とある子が僕を訪ねてくるかもしれないという風には聞いていた。が、それがここまで若い娘だとは思わなかった。なんのつもりで僕の作業場に忍び込んだかは知らないが、はやく出たほうがいい。今日は忙しいんだ、見逃してやるぞ?」
レムシルとリリオラには明確な体格差がある。くわえて今日の彼女は丸腰だ。いつものマスケット銃を抱えていない。レムシルも鍛えているわけではないとはいえ、仕事柄もあって筋骨隆々とまではいかないが、眼前の少女相手には勝つ自信があった。そう、普通なら誰がみてもリリオラが勝てるなど到底思えない。普通なら。
「趣味の悪い人形を作っているな。小さな町でも人間の表皮を剥がして、人形に貼り付けていただろう。それと同じ手法だな。その台に転がっているのは帝国軍人か? 見たところ胴体に銃創がいくつもあるから、射殺された死体を提供されているといったところか。極めて近い戦場であれば運んでくるのも時間が掛からず、おまけにこの時期だ、腐るのが遅くて実験も捗る、と?」
レムシルの瞳に影が差す。リリオラに対して強い警戒心を抱きながら「どういう意味だ?」と聞き返すと、彼女は可笑しそうに「とぼけるのが下手なやつだ」と見下した。
「ここに来るまで、ゴム人形のにおいを辿ることができなかった。扉の裏に結界の術式が刻まれていてな。それが私の追跡を阻害していたらしい。どうやら私と似たような方法で、お前のようなクズにも術式を使えるようにしていたようだな」
彼女の視線は、近くにあった棚に移る。瓶が並んでいて、中には奇妙な液体に術式の書いた紙と人間の眼球と思しきものがいくつか浸されている。保存している理由はそれとそっくりな眼球を模造して人形にはめ込むためだろう。その瓶から、嗅いだことのあるにおいを感じ取ってリリオラの憤りは更に募っていくことになる。
「あの瓶に入っているのはアレンスカヤ夫妻のモノだな」
レムシルはそんなことまでわかるのか、とぎょっとした。が、すぐに彼女がそれに気付いたことで、不意に当時のことを思い出したのか、彼はとたんに饒舌になる。
「いい実験場だった。あの男、たしかニコライとか言ったか。彼を事故に見せかけて殺したときはなんとも胸が躍って興奮したよ。女を抱くよりも快感だった……。そのあと、死体が埋められたその日のうちに掘り返して、ためしに教えてもらった術式を使って人形みたいにしてやったら、これがもう面白くて面白くて。顔は笑ってるのに号泣しながら妻を殺す彼の姿は実に……興奮した。こんなにも操れるのか、とね」
そうして殺した人間から順に、彼は死体から表皮を綺麗に剥ぎ取っては人形に貼り付け、自分の手足のように操った。さらに操った人形にも処理や製作を手伝わせたこともあってか町は瞬く間に壊滅し、生き残った人間を捕えれば最後には生きたまま解体をして、絶叫が響き渡る度に彼の中で何かが弾けた。彼の中にあったのは術式に対する知的探究心と殺人における快楽。彼らの悲鳴が、レムシル・クラークという男の興奮作用として働き、たまらなく身震いするほどの快感を覚えていた。
「生きた人形だぞ、カラクリとはわけが違う。木製のあからさまな人形なんて目じゃない。誰もが欲しがる永遠のパートナー。まるで人間のように動くんだ。そのうえ痛みも感じないから軍には兵器として投入するにじゅうぶんな価値がある。僕には莫大な資金が手に入り、死ぬまで生きた人形を作り続けられるんだぞ。すごいだろう、最高だろう!? この価値が君にわかっ――!?」
力説するリムシルの手を懐から取り出したサバイバルナイフで無言のまま斬りおとしたリリオラの表情は、まさにゴミを見る目だ。痛みに悲鳴を上げる彼を蹴飛ばして机ごと部屋の奥へ追いやると、彼女はナイフを使って床に転移術式を書き、なぞって、青白い光の渦ができあがると彼の髪を掴む。
「うぐああぁっ……! なにをするつもりだ、この……!」
その腕の力は少女のものとは思えず、なんとかして振り払おうとしてもまるで抵抗できなかった。そして光の渦に抵抗もできないまま連れ込まれると、見知らぬ石造りの暗い通路の中にいた。これは、あの真鍮製の雄牛がある場所へ向かう通路だ。リリオラは彼を引き摺って、雄牛の前に放り出すと彼の顔を鷲づかみにして自分の顔の傍へと引き寄せる。
「いいか、私はお前が憎い。私の大事なものを傷つけたお前が憎くてたまらない。永遠のパートナーだと、笑わせる。ならばお前もそうしてやろう。喜べ、永遠に生きられるぞ。老いることも死ぬこともない。ただし――お前には永遠の苦痛が待っているがね」




