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狼は哭かず牙を剥く  作者: 智慧砂猫


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第二十九話 他人の荷物の重さは誰にもわからない

 リリオラの眼前にいる男、ニコライが生きていないことなど墓を見つけた彼女にとっては当然のことで、しかし偽者ではなく本人であるという事実は疑いようも無い。もし仮にこの男たちが偽者ならばフェヴローニャが気付いていただろう。まさか全員そっくりな別人と考えるのも無理がある。さらにいえば、リリオラにだけ分かることがあった。

 それは異質なもので、人体から濃く香る〝ゴムのにおい〟に彼女は顔を顰めそうになった。すぐさまそれが悪趣味な創作物であると理解したからで、湧き立つ不愉快さを腹の中に留めながら素知らぬふりをしていくらかの時間をやり過ごし、その後になって「すみません、少し気分が悪いのですが、洗面所まで案内をしていただいても?」とニコライに尋ねた。

「ああ、少し長く話しすぎてしまいましたね。外も暗くなってきたようですし、今日はもうゆっくりお休みになってください。後ほど部屋も用意しておきますので。フェヴローニャにもそう伝えておきましょう」

「お気遣い痛み入ります。あとで彼女とも話したいと伝えてください」

 立ち上がって再び握手を交わして、ニコライはオルグをみた。

「案内してさしあげなさい、オルグ。それからあとで彼女に部屋を」

「わかりました。ではリリオラ様。どうぞこちらへ」

 促されると、リリオラはオルグにしたがって部屋をあとにする。オルグがリリオラの前を歩き出すと、彼女はやっと解放されたとばかりに露骨に顔を顰めた。が、オルグが振り返ろうとするとすぐさま作り笑いを浮かべる。

「ここへ来る途中、町はごらんになりましたか。穏やかで良い町でしょう?」

「ええ。自然豊かで、戦時でなければここでのんびり暮らすのも悪くないな、と」

「ふふ、そうですか。でしたらせっかくです、あなたもしばらくここで暮らしてみては?」

 洗面所の扉の前でリリオラが背を向けた途端、オルグは腰に差していた剣を引き抜いて振り上げる。視界の外から不意討ちを仕掛けようとしたのだ。確実に彼女を葬ろうとでも言うかのように、突然に。

 だが通じない。振り下ろした剣が見えているかの如く正確に躱してみせたリリオラは素早くオルグの頭を捉えてハイキックを食らわせる。彼が転倒すると同時に手から離れた剣を逆手に掴み取ると、素早く持ち直して先端を彼の頭蓋に突き出した。骨が砕けるような鈍い音はない。そのかわり、ぶち、と千切れるような音がして、彼女は「やはりか」とため息をついた。

「魔力を注いだゴム人形に本物の人間の皮(・・・・・・・)を被せるまでするとはな。悪趣味極まりない」

 そういいながら、リリオラは頭から引き抜いた剣をそのまま背後に振りぬき、何かをばっさり斬った。どさっ、と音がして転がったのは、ニコライの頭だ。フェヴローニャの父親だったそれを、彼女は申し訳なさそうにしつつも容赦なく斬り捨てた。

「ちっ、次から次へと……おや、これは良いタイミングだ」

 廊下のむこうから駆けてくる人影を見つけて、リリオラは探す手間が省けた、と満足そうに笑んだ。やってきたのはフェヴローニャだ。しかも何があったのか肩にナイフが刺さっていて出血がひどく、冷や汗を浮かべながら慌てているのが分かる。

「リ、リリオラ!? 良かった、ちょっと聞いてよ! 実はママに会ったんだけど……って、え?」

 彼女の視線はリリオラから、無惨な姿になってしまったオルグとニコライに向けられる。

「な、な、なんてことを……!」

「鬱陶しいリアクションをするな。事情は説明してやるから、こっちへ来い」

 リリオラは剣を捨てると、さきほどの部屋へ一度戻ってマスケット銃を回収し、フェヴローニャを連れて屋敷の外へ出る。既に暗闇が広がっていて、町には灯りがひとつもない。月明かりだけが彼女らの味方をしていた。

「ね、ねえ。どういうことなの。なにがあったのよ?」

「お前こそ現実逃避はやめたらどうだ。目の当たりにしたんだろう、頭のいかれた母親が襲い掛かってくるのを」

「それは……うん」

 少しだけ押し黙って、フェヴローニャは頷いた。とても悲しそうに。

「悪いが、私はお前の気持ちに寄り添ってやれても理解はしてやれない。それよりもよく聞けよ、フェヴローニャ。連中はいわゆる人形で人間の皮を被せているが、血と肉の腐敗したにおいからして本人たちのものだ。しかも記憶まで持っているとなるとおそらく……術式によって魂を固着させているだろう。つまりアレは偽者であって偽者でない。何が言いたいか分かるか?」

 決して冷酷な物言いではない。フェヴローニャがつらい気持ちの中にあることに理解を示しつつ、迫ってくる無情な悪意の現実に向き合うために諭すようにゆっくりと言葉を並べた。彼女が決断をするまで、リリオラはマスケット銃を手に周囲を警戒した。

「急がなくていい。彼らをどうするべきか、お前が選べ。その決断を私は尊重しよう」

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