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狼は哭かず牙を剥く  作者: 智慧砂猫


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第二十八話 雑草は蔓延りやすい

 リリオラの忠告に耳を疑ったが、フェヴローニャは彼女がわざわざそのようなたちの悪い嘘をつくはずがない、と念のためにしたがって、いつでもリボルバーを引き抜けるようにホルスターの提げられた腰の位置へ手を置いた。それから屋敷の中をしばらく歩き、応接室まで来るとオルグは「ご友人の方はどうぞこちらの部屋でお待ちください」とリリオラだけが入るように促す。

「私だけここで待つんですか、フェヴローニャお嬢様といっしょには不可能なのでしょうか」

 不審に思ったリリオラは弱者を装い、丁寧な言葉遣いを心がけてオルグから警戒されないように振舞った。

「すみません。些か気難しいお方ですので」

「そうですか、残念です。でしたら、しばらくここで待たせていただきましょう」

 軽くフェヴローニャに目配せをしてから応接室にひとりで入り、オルグに会釈をして優しく微笑む。

 部屋の扉が閉められ足音が遠ざかるのを待って、それからようやく彼女は大きくため息をつき、いつもの険しさを感じるような表情に戻った。さぞ窮屈でらしくない(・・・・・)やり取りだったのだろう。部屋には黒い革張りのソファが小さなテーブルを挟んで向かい合うように置かれていて、彼女はその一方にどっかりと腰掛けて、小さく咳き込んだ。

「……埃っぽい部屋だな」

 ぐるりと内装を見回してみる。部屋の壁にはどこかで見たことのありそうな絵画が掛けられていて、本棚にはしっかりと読みこまれている古ぼけた表紙の本が綺麗に並んでいる。真紅のカーテンを退けて窓の外に見える景色はありふれた庭を映し出す。

(不思議だな。雑草がよく伸びていて、手入れがまるでされていない。部屋の本棚にも埃が積もっている。長い間、誰も触らなかったみたいに。なにより違和感を覚えたのは、さっきの私兵以外の姿がないことだ。庭師もメイドも見当たらなかった。いくら金を掛ければ建つのかと思うような豪邸を持ちながら従者のひとり雇っていないとは驚きだ。やはり何か……ん、あれはなんだ?)

 ふとリリオラが目を向けた窓の外。背伸びをした雑草たちの中、自然の色にしては異質ななにかを見つけた彼女が目を凝らしてみる。どうやらそれは何かが書かれた石碑のようで、誰かの名前が書かれているのだけが辛うじて分かった。

 はっきりと確かめるために静かに窓を開けると、リリオラは本棚から一冊を取り出して殆ど白紙に近い目次の部分を千切り取り、自身の持っていたマスケット銃に使う火薬を使って文字を書く。最後に指で軽く文字の上をなぞって魔力を注ぎ込み、術式を発動させると紙は青白い光を帯びてふわりと宙を舞い、石碑にぺたりと張り付いた。数秒後、それはまた浮き上がり、リリオラの傍へと戻ってくる。書いてあった術式は消え失せ、その代わり石碑に書いていたであろう文字が書かれている。

(なるほど、こいつは墓か。書かれている名前はニコライ・アレンスカヤ。……死んだのは最近か?)

 部屋に近付いてくる二人ぶんのにおいと足音に気付き、リリオラはすぐさま紙をくしゃりと握りつぶしてズボンのポケットにねじ込み、素早く窓を閉めるとソファに座りなおして、マスケット銃を傍に置く。扉を開けて入ってきたのは先ほどのオルグと身なりの整った初老らしき男だ。彼女はすぐにその男が、フェヴローニャの父親なのだろうと察した。

「これは大変お待たせしました。あなたがフェヴローニャが連れてきたという友人の……」

「初めまして。リリオラ・ヴィーグリーズと言います」

 簡単に自己紹介を済ませると、リリオラは手を差し出してにこやかに微笑んだ。できるかぎり警戒をさせないように振舞って、調べられることは全て調べてやろうと思ってのことだ。大昔のアレンスカヤであれば彼女との面識もあったに違いないが、少なくとも眼前にいるアレンスカヤは彼女の知らない人物だ。取り入るところから始めなければならないと下手(したて)に出なければならないことを心底不愉快に感じた。まったく表情には出さず、貼り付けたような笑みを崩しはしなかったが。

「ああ、ご丁寧にどうも、リリオラさん」

 男のほうも柔和な笑みを浮かべて、リリオラの手をがっちりと握り締めて固い握手を交わす。

「私はニコライ。ニコライ・アレンスカヤです。娘が世話になったようで、何か礼をさせていただきたい」

 その名を聞けば一瞬リリオラは素が出そうになって、なんとか作り笑いを留めた。

「お気遣い無く。私も彼女には世話になりましたので」

「そうですか? まあ、どうぞ座ってください。少し娘がどうしていたかなど聞かせて頂ければ……」

 ソファに座りなおすとリリオラは「ええ、ぜひ」と快い返事をする。だが胸中では不穏な気配に徐々に苛立ちが募った。

(ちっ、面倒くさいことになったな。はやくフェヴローニャと合流しなければマズいというときに体よく見張りの口実を引っさげてくるとは。しかし、なるほど気付けないわけだ。まさか、この町全体が動く死体共の巣窟とはな……)

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