第十九話 行動は言葉よりもよく響く
何度も、何度も、その顔の形が変わるほどリリオラは彼を殴りつけた。白かった肌が青黒くなっても、歯が転がってもお構いなしに、それは命乞いするか細い声すら聞こえなくなるまで続いた。
「いい顔だ、前よりずいぶんと男前になった。だがまだ死ぬな、死なれては困るんだ」
リリオラはさらにバリーの両足を叩き折って、うめき声を上げる彼が苦しむ姿を見ながら襟を掴んで僅かに持ち上げ、引き摺って森のほうへと歩き出す。誰も彼女を止めることはしない。バリーがどうなるかを想像して、あまりに非道だと思っても。
「なあバリー。この森には狼も熊も出る。が、私は一度しか襲われたことがない。大して広い山でもないのに、だ。なぜわざわざこのような危険な場所に拠点を置きながら安全に過ごすことができると思う?」
引き摺られ、朦朧とする意識のなかで彼は必死に考えた。少しでも彼女が満足のいくような回答が出せれば、生存の確率が僅かでも上がるかもしれないと思った。彼はとにかく死にたくないのだ。生きていることに意味があり、そうやって何を成し遂げるか。自分にどれだけ納得のできる道を歩けるかを考えながら生きている。じっくり、じっくり、木が生長して季節がくれば実をつけるくらいのはやさで。しかし、それは孤独の中にあって許される行いだ。そんなものが時と場所を選ばずに通用するのなら、あらゆる人間は突発的な死を回避するし、絶妙に不幸から逃れることだってできるだろう。
だから彼が考えに結論を出すよりも先にリリオラは答えた。
「エサをやってるんだよ、定期的にな。この意味が分かるか?」
突然、リリオラは手に握ったマスケット銃をどこかに向けて撃った。その先には、一匹の鹿が倒れている。頭を砕かれた哀れな鹿で、まだ硬直もなく柔らかで体温のある死体となって転がると、彼女はバリーを傍に転がして、鹿の死体を携帯していたサバイバルナイフで捌き、その肉をバリーに被せた。
「いいにおいだ。美味そうになってるぞ、バリー。きっと彼らも喜んでくれる。質の良いエサを用意してやれると思うと私も僅かとはいえ努力の甲斐もあるというものだ。なあ?」
リリオラは鼻をひくつかせると、またバリーを引き摺って運ぶ。何かもごもごとバリーが口走っているが、リリオラはもう耳を傾けることもせずに突き進み、やがて少し開けた場所に出ると、ほのかに山と積まれた雪の前に彼を放り出した。
「さあ、賭けよう。二度目の機会だ。今度は生き残れるかな?」
リリオラはバリーを残してその場を去っていく。遊びの一環だ。バリー・エインズワースという男の運を試して楽しんでいる。高いビルの屋上から突き落としても生き延びたのだから、もっと残酷な方法で殺してやろうとした。仲間に手を出したことへの腹立たしさも、こういった彼女の残虐さが解消させてくれるのだろう。帰る途中でバリーの叫び声が聞こえると、リリオラはとても満足そうにする。
「馬鹿なやつだ。慎ましく平凡に生きる道を選べば少なくとも恐怖することはなかったのに」
憐憫はない。ひたすらに愚かだと彼女は嘲った。生きたいと願う一方で、我欲を満たせずにはいられない。耐えるということができず、限界や格差といったものを見る目がなかった。そのために破滅することのなんと浅ましい最期であろうか、と。
「おっと、忘れ物をするところだった」
ぽん、とリリオラは手を叩き、少しだけ道を引き返す。彼女が戻ったのは先ほど捌いていた鹿の死骸のところだ。いくらかはバリーに臭いをつけるために使ったが、それでも十分な食糧として持ち帰れるだけの肉が残っている。さぞ喜んでもらえるに違いないと思った彼女はだらんと垂れた足を掴み、引き摺って持ち帰った。
が、いざ戻ってみれば、それほど歓迎されているふうでもない。ドミニクもフェヴローニャも、どちらかといえば気味の悪いものでも眺めているかのような苦々しい表情を浮かべていて、リリオラはがっかりしたように肩をすくめる。
「なんだ、その顔は。せっかく狩りも済ませてきたというのに感謝の言葉もなしか、残念だ」
「あのねぇ、リリオラ。あんた、少しは自分がどんな姿をしてるか気にしたらどうなの?」
「血まみれなことか? だったら安心しろ、これは鹿の血だ。バリーのじゃない」
「そういうことじゃなくてね……まあいいわ。で、あいつはどうしたのよ?」
「熊の餌場に置いてきてやった。足も折れているし、逃げられずに生きたまま腹を食い破られてる頃かもな。〝腹裂きの刑〟とまではいかなかったが、あの野良犬には相応しい末路だと思わないか?」
ごくりと息を呑んで言葉に詰まったフェヴローニャの前に、リリオラはどさりと鹿を放り出した。
「私は疲れたから少し休む。あとは頼んだ。……ああ、それから捨ててきた荷物は全部回収してこい。それが今日のお前たちの仕事だ。あと数時間もしたら、しばらくは吹雪いて外出もロクにできなくなるから急げよ」




