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狼は哭かず牙を剥く  作者: 智慧砂猫


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第十七話 鉄は熱いうちに打て

 リリオラという人間は、フランシスと同等かそれ以上に素性がわからない。そのうえどちらかといえば友好的にも見えず、研究所にいた頃から近寄りがたい雰囲気を醸していた。とくに避けられるようになったのは、彼女がマルツェルを殴り殺そうとしたとき以来だ。おかげで彼女とまともに会話ができたのもウィルとフランシスの二人だけで、それでも理解者としては些か遠く感じられる距離があった。彼女はいつだって本心を隠していたから。

 それでも、ふとした拍子に本音が漏れることもある。カシミロという職員ひとりのために悲しげな表情を浮かべて思い出すくらいには人間的感情の豊かさを垣間見られたことだろう。ドミニクもフェヴローニャも、ようやく彼女に一歩近付いた気がした。

「さあ、暗い話もここまでにして、ちょっとは明るい話題でもどうです? たとえばフランシスさんが昨夜に一所懸命に作ってた真っ黒焦げのパンケーキの話とか……いかがでしょうか……」

 そういいながら、彼は思ったより明るい話題ではないなと思い返す。

 と言うのも食糧が減ってきて最初ほど豪勢に料理を振舞えなくなったフランシスが僅かな材料でパンケーキを焼いていたのだが、日々の疲れが溜まっていたのかウトウトとして、リリオラが焦げたにおいに気付いて彼女を揺り起こした結果、見事に真っ黒に染まりきったカリカリのパンケーキが焼きあがったわけだ。

 フランシスはリリオラに喜んでもらうために作っていたこともあって、失敗したと分かると幼子もかくやの大泣きぶりで逆にひどく困らせる具合になった。彼らふたりが買出しに帝都まで向かったのも、リリオラが「そんなに悔しいのなら」と名誉挽回の機会と同時に調達も兼ねて、というのが主な理由だった。

「あ、雪が降り始めましたね」

「また本格的に積もる前に帰らないとマズイわね」

「ええ、このあたりはとくに吹雪くまでになりやすいですから、視界も悪く……っ!?」

 急にドミニクがハンドルを勢いよくきって、フェヴローニャが車から振り落とされる。雪の上だったこと、そして彼女が咄嗟に術式を使ったのもあったおかげで全身を強く打つのを避けたが、立ち上がるのに少しだけ苦労を要した。

「ドミニク、大丈夫!?」

 呼びかけながらふらふらと立ち上がった彼女が最初に目にしたのは、横転して炎上する車輌の姿。そして、すぐに視線は傍に倒れているドミニクへと移った。意識はあるようだったが、フェヴローニャと違って自衛の手段を持たない彼も、なんとか大怪我は免れたが、復帰するには時間が掛かる。手助けしようとしてフェヴローニャが駆け寄ろうとした。

 が、そのときだった。突然、彼女の背後から「動くなよ」と落ち着いた雰囲気の中に興奮を感じられる、どこか穏やかでない冷静さをした男の声が響き、彼女の動きがぴたりと止まる。

「あ、あんた、その声……まさか、バリー?」

「よく俺のことを覚えてたな。嬉しいぜ、フェヴローニャ」

 彼女の背後に立っていたのは、バリー・エインズワースその人であった。彼は手に狙撃銃を握り締め、引き金に指を掛けた状態でいつでもフェヴローニャの頭を撃ち砕けるように後頭部へと押し当てて、抵抗されないために腰にあるホルスターからリボルバーを捨てさせてから両手を上げるように指示をした。

「ずいぶんと探したぜ。俺をリリオラのところまで案内してもらおうか」

「……リリオラに会いに行くなんて変わってるわね。自殺の名所か何かだと思ってるの?」

「喧嘩売ってる余裕がてめえにあんのか、ええ? まだ死にたくはねえだろ」

 いかにフェヴローニャが鉄壁の防御を誇るといっても、零距離から放たれる弾丸をとめることはできない。まして後頭部、見えない位置を取られている時点で彼女には勝負自体許されていない。さらにいえば自分だけでなくドミニクの命まで危険に晒すわけにもいかず、彼女は仕方なくバリーの言葉に従うしかなかった。

「わかったわよ。連れて行けばいいんでしょ。で、()はあんの?」

「雪を被せて見えにくくしてある。……こっちだ、立て」

 バリーはドミニクをちらりと見る。彼は動けても大した障害にならないと、すぐに彼女を連れて自分が隠していた車輌へと案内する。彼らが先ほどまで乗っていたものと同じ型で、帝国内ではわりかしポピュラーなものであることがうかがえた。

「正直、死んだと思ってたわ」

「だろうな。だが生きてる。残念だったな。俺としては万歳な話だがね」

 彼は運よく生き延び、そしてリリオラへの復讐の機会を待ち続けた。ようやくその機会が訪れ、しかも本人ではなくその仲間であるドミニクたちを捕らえられたのは彼にとってまさに幸運とも言えるだろう。もしリリオラ相手に不意打ちが失敗していれば、彼はいずれかが死んでいたと思っている。だが仲間として連れている以上は人質として盾にすれば彼女も容易に手は出せまいとバリーはそこに勝機を見たのだ。

 フェヴローニャは後部座席にうめくばかりのドミニクを寝かせて、指示された通りに車輌の運転を始めながら「甘っちょろいこと言うのね。アタシごと殺すに決まってるじゃん」と彼の考えを鼻で笑った。

「覚悟しといたほうがいいわよ、バリー。あいつはそんな生易しさなんて持ってないんだから」

「……ハッ、そうかよ。だけどな、俺はあの女に命乞いをさせてやる、絶対にだ。それまでは好きに吠えてろ」

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