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第十話 藪をつついて蛇を出す

 マルツェルの頭が撃ち砕かれる。悲鳴もない。頭部は潰れたスイカみたいに原型を留めておらず、残された体がびくびくと痙攣を繰り返した。返り血を浴びても表情を崩すことのないリリオラは、彼の首に提げられたドッグタグを肉片ごと拾い上げる。

「こいつは返してもらおう。お前には過ぎた道具だが私には必要なんでな」

 タグをポケットにしまうと、リリオラは潰れた頭の一部をくしゃりと踏みつけて歩き出す。マルツェルへの同情などない。むしろ研究所にいた頃から殺したいと願っていた相手だ。ただでさえ人間としても底辺にある男だ。殺人に快楽を見出し、己の欲求を満たすことに忠実。彼の過去について調べ上げていたリリオラにしてみれば、命乞いを聞く理由などどこにもなかった。

「ああ、そういえば」

 彼女はもうぴくりともしなくなった死体へと振り返った。

「お前が一番、素質が無かったことを伝え忘れていたな」

 勿体無いことをしたと思いながらリリオラは地下駐車場をあとにした。途中、外に出る前にべっとりと顔についた返り血で汚れていない頬に何かを書くと、彼女は平然と外へ出て風に当たり、騒ぎの中道行く人々の間を堂々と通り抜ける。意外なことに、それを気にするものは誰もいなかった。普通は考えられないだろう血だらけの銃を担いだ女の姿を目に留める者は誰もおらず、そこに存在しないかの如くだった。

 鼻をひくひくさせ、風の中にあるバリーのにおいを見つけると、彼女は「こっちか」と笑みを浮かべながら歩き出す。

 向かった先は自分とは反対方向に進んだドミニクたちの向かったであろう宿より離れた場所ではなく、地下駐車場からそう離れていない寂れたビルの屋上だった。他の建物よりも背が高いが壁もひび割れていて老朽化が目に見える状態のビルは、あまり人が出入りしている様子はない。リリオラは非常用階段を使って屋上を目指した。

「……ああ、なんだ来たのか。鼻が利き過ぎて敵わないな。厄介極まりない」

 リリオラに背を向けた男が、しっかりと構えて狙撃銃をどこか遠くへと向けるのをやめて、銃身を握り杖代わりにしてストックを足下に押し付けた。それでも振り返る様子はなく、彼女は男に声を掛けた。

「調子はどうだね、バリー・エインズワース。獲物は見つかったか?」

「残念、逃げられたよ。そっちはどうだい?」

「上々だったと言っておこう。獲物は小さかったが暇つぶしには最適だった」

「……そうか、マルツェルの野郎は死にやがったか。だから忠告したってのに」

 バリーはわざとらしく肩を竦めて苦笑いを浮かべる。だが本心としては、それほどマルツェルに対しての情はない。あくまで少し前までは仲間だったというだけで、このバリー・エインズワースという男にとっては忠告も聞かずに死んだ人間を哀れに思うほどの感情はなかった。リリオラを相手にして殺されたのならさぞ無念のうちに死んだはずだと考えると、侮蔑さえしていた。

「しかし俺も見誤ったな。あいつらは逃げるのが上手い。人混みの中に紛れようもんなら頭をぶち抜いてやったが」

「想定外に頭が回った?」

「その通りだ。意外だったぜ、一人じゃ大したことなくても、二人だとなかなかどうして知恵が回る」

 バリーは、ドミニクたちを執拗に追跡はせず、周囲を見渡せるだけの高い建物の上に隠してあった狙撃銃を使おうとした。彼の術式は狙いを定めた相手に百発百中で弾丸を放つものだ。どんな場所にいても関係なく、遥か遠方の小さなピアスですらスコープ越しに目に映すだけで完璧に射撃できた。だが彼の術式はあくまで軌道を変えるなどできず精確さで狙い撃つためのものだ。ドミニクが車輌を使っての逃走を図り、車上でフェヴローニャが弾丸の勢いを落とせば命中率は著しく低下した。

 結果、マルツェルが多少なりとも稼いだ時間で獲物を狩ることはできず、リリオラが背後に差し迫ったと分かると構えを解いた。彼は首に提げたドッグタグをチェーンを強引に引きちぎって、リリオラに放り投げる。彼女はそれを掴み取った。

「これはいったい何の真似だ、バリー?」

「降参だよ。ギャンブルはしないって決めてんだ、基本的に勝てないからな」

「そうか、それは良い心掛けだ。ならせめて遺言くらいは聞いてやろう」

 リリオラがマスケット銃を構えると、彼は狙撃銃を手放して両手を高く上げた。

「別にねえよ。殺すなら殺せ。あんたから逃げ切れるとも思えない」

「……そうか、ならば質問に答えてもらおうか」

「質問? いまさら何を俺に聞くことが、」

「私の質問に答える以外で喋るな、突き落とすぞ」

 いつの間にか背後に迫っていたリリオラが、マスケット銃の銃身を握ってストックを彼の背中に押し付けている。脅しを受けて、下から吹いてくる風の勢いを感じながら、バリーはぞくりとした。恐怖を感じずに死ねるならそれでいいとおもっていたが、予想に反してリリオラはそんなことなどお見通しで、サディズムの強い人間だ。どうあっても相手の恐怖を煽ったうえで始末することを至上としている。「何に答えたらいい?」とやや震えた声でバリーが尋ねると、リリオラはほんの少しだけ彼の背中を押して、あと一歩で落ちるというぎりぎりまで追い詰めてから「私の言葉に返す以外で囀るな、次はない」と忠告をした。

「さて、ではひとつだけ答えてもらおう。……私がタグを回収するとなぜ知っている?」

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