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狼は哭かず牙を剥く  作者: 智慧砂猫


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第一話 悪貨は良貨を駆逐する

 正方形の部屋。天井も、壁も、床も真っ白の部屋。中央の椅子には一人の少女が手足に金属製の拘束具を着けられた状態で腰掛けている。首にはオオカミの頭部を象ったドッグタグがぶら下がって、きらりと光を反射させた。

 頭がイカレているわけではないが、少女は意味なく薄ら笑いを浮かべた。

「やぁ、これはウィル博士。今日はずいぶんとまっさらな服だ」

 寝癖みたいにあちこちの跳ねたくせのある黒髪。雪にも負けぬ美しさをした白い肌。透き通ったアクアブルーの瞳をした少女が、鼻をひくひくと動かして、においを嗅いだ。

「いつもの憎たらしい薬品の臭いはどうした。今日はやけに清潔だな?」

 くっくっと笑って少女は椅子の背もたれに体を預けた。太めの枝ほどしかない華奢な手足には重たそうに見える拘束具に、博士と呼ばれた男はどこか哀れむような表情をしながらも「機嫌が良さそうだね」と返す。

「機嫌が良さそうに見えるか。それは良かった。ところで今日は多くの質問に答えてやったはずだが?」

 少女が尋ねる。もう十分なほど、彼女は今日の務めを果たしている。聞かれたところで答えようのない質問もあってうんざりした一日だった。博士は手に持った白マグカップから立つ湯気に顔を近づけてコーヒーの香りを楽しむと彼女に言った。

「近々、君たちを別の研究所に移そうと思ってる。ここより広くて快適な場所になるはずだ。僕は一緒にいけないけどね」

「私はここでお前と話しているほうが快適なんだがね。……あまり外に興味はないんだ。たとえ拘束具で自由を奪われ、電極で繋がれたカエルみたいにぎりぎりで生きているのだとしても私はここがいい」

 少女の言葉に、博士は苦笑いを浮かべる。

「行けば変わるさ。ここは予算もないし、研究員たちはみんなが美味しい食事を作れるわけじゃない」

「ああ、たしかに美味い食い物は良い。お前は私のことをそれなりに知っているから好きだよ、博士」

「それはどうも、リリオラ。君のことを知れるというのは、僕にとっても嬉しいことだ。だから、ぜひ面白い話が聞きたいね。君が生きたっていうずっと昔の話は本を読むより面白い。ここを離れると聞けなくなってしまうのが寂しいからさ」

 リリオラと呼ばれた少女は小さく笑って「良いだろう」と答えた。

「さて、まずは何から話してやるべきか――」

 白い天井を見上げ、自身の頭の中で語るべき話を少女が組み立てようとするのを阻害するかのようにけたたましい警報音が鳴り響き、白かった部屋は緊急時の赤い灯りが発狂したかのごとく輝き始めた。

『緊急事態発生。緊急事態発生。複数の被検体の脱走を確認。各エリアの非常用シャッターが降下します。職員はただちに中央エリアへ移動してください。繰り返します、職員はただちに――』

 これまでに警報が鳴ることはあったがウィルの表情には驚愕が見て取れた。というのも被検体の脱走自体は珍しくない。しかしながら複数となると話は別だ。すぐさま彼はリリオラに「話はまた今度にしよう」と告げて部屋を飛び出そうとした。

「やめとけ、出ても死ぬだけだよ。お前だけなら守ってやれるが」

 にやにやと笑うリリオラに、ウィルは「そうもいかない」と返す。

「僕たちはチームなんだ。放っておいて殺されるのを見捨てておけるほど薄っぺらな仲じゃないからね」

 リリオラはつまらなそうな顔をして口先を尖らせると「そうか」と言った。ウィルは一度決めたことを曲げない主義であることを彼女は理解していて、無駄な時間になると感じると彼の背を見送った。

「……ああ、なるほど。今日はイヤに清潔にしていると思ったが……」

 少女は一人、納得してくつくつと笑う。何かに気付き、そしてゾッとするような命の終末を肌で感じ取ると椅子の背もたれにまた体を預けて、赤く染まった部屋の天井をぼうっとした顔で見つめる。

 それから時間にして十数分。警報が止み、施設内の慌しさも響かなくなった頃。

「帰ってこなかったな。……もういい時間だ」

 ――彼女の両手足に嵌められた鉄の枷が割れた。

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