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生贄少女と神秘の森の古竜王

 王都の魔法学校に通うわたしは、冬休みを利用して実家に帰省していた。

 両親に久し振りに会って、学校であった色々な事を話して……。

 来週には、いつも通りの日常へと戻る──はずだったのだ。





 あまりの寒さに、わたしはいつの間にか気を失っていたらしい。

 ふと目を覚ませば、自分の身を隠していたクローゼットの中にまで、薄っすらと氷が張っている事に気が付いた。

 この地域は、家の中にまで氷が張るような極寒地帯ではない。

 その寒さを引き起こしたのは……この町を襲いに来た、魔王の軍勢。

 お父さんもお母さんも、わたしと同じ魔法学校を卒業した魔術士で、この事態を解決すべく家を飛び出して行った。


「戻って、来ない……」


 どれだけ待っても戻らない二人。

 ……お父さん達は、魔王の軍勢を退けてくれたのだろうか。


「ちょっとだけ、外を覗くぐらいなら……」


 そっとクローゼットの戸を開ける。

 すると、視界に飛び込んで来たのは、所々凍り付いた自室だった。

 吐く息は真っ白で、わたしは普段より冷え込む室内──その窓のカーテンをちらりとめくり、外を見る。


「え……?」


 窓の外には、人が居た。


 正確に言えば──全身が氷漬けにされた、彫像と化した人間の姿だ。


 剣を構えたその彫像は、上空を見上げたまま凍り付き……その周囲に立つ人々も、逃げ惑う人々も、皆等しく氷のオブジェとなって佇んでいる。

 それを目の当たりにして居ても立っても居られなくなり、壁に立て掛けていた長杖をひったくるように掴み、家を飛び出た。



 町中は一面、氷に包まれていた。

 しんと静まり返った町で、わたしは両親の姿を求めて探し回る。

 そうして遂に、あちこちに立ち並ぶ彫像の中から、二人を見付け出す。

 長杖と短杖をそれぞれ構えた、物言わぬ両親を……。





 それから、半年の月日が流れた。

 季節はもう夏目前で、わたしは畑で野菜の収穫に明け暮れていた。


 半年前、わたしの両親は魔王軍の幹部によって、氷漬けにされてしまった。

 町のほとんどは、溶けない呪いの氷によって覆われ、両親を含めた大勢の人々が犠牲になったという。

 故郷の町は、魔王軍との戦争によって人の住めない土地となり、両親を失ったわたしを引き取ってくれた叔父さんの村に移り住んだ。


「おい、エアル! いつまでそんな事に時間を掛けているつもりだ!」


 畑のすぐ近くにある家から顔を出した、中年の男性──ノモス叔父さんの怒号が飛んで来る。


「ご、ごめんなさい……! すぐに終わらせますから……」

「ったく、兄さんの娘だから引き取ってやったってのに……。こんなノロマなら、あのまま孤児院に引き渡してやれば良かったぜ」


 叔父さんに引き取られてからの生活は、半年前のあの日から、大きく変わってしまった。

 魔法学校は両親が学費を出してくれていたので、次年度の学費は叔父さんに頼むしか無かった。

 けれど叔父さんは「そんな金はうちに無い!」と怒鳴り、わたしは学校を辞め、王都から遠く離れたこの村で働いている。


 叔父さんはお金が無いと言う割に、わたしが朝から晩まで必死で働いて稼いだお金で遊び歩き、畑仕事も家事もしない。

 毎日理不尽に叱り飛ばされ、酒臭い彼の機嫌が悪くなれば、思い切り暴力を振るわれる事もある。

 幸い治療は自力で出来るから良いものの、口の中が切れる程殴られたり、アザが出来るような強さで蹴られたり……。


 この村での毎日に、自由なんてものはほとんど無い。

 お母さんに憧れて伸ばしていた茶色の髪は、身支度が遅くなるからと言われて、バッサリと切られた。

 朝は叔父さんよりも早く起きて朝食を作り、ほとんど味わう暇も無く畑仕事に向かう。

 夜になれば、すっかり酒臭くなった叔父さんに暴言を吐かれ……また朝が来る。



 ──それが、わたしの日常だ。





 夕方の水やりを終えた頃、村の人達が慌ただしく走り回っているのが気になった。


「何かあったのかな……」


 何かを手分けして探しているように見える。


「なあエアル、うちの息子を見なかったか!? もうすぐ夜になるっていうのに、村のどこを探しても見付からないんだ!」


 話し掛けてきたのは、よく目立つ金髪の男性。

 名前は確か、ディーノさん。

 ということは、居なくなったのは金髪の男の子──ジュットくん。あの子は何度かわたしに声を掛けてくれたから、よく覚えている。


「……ごめんなさい。この近くでは見掛けなかったと思います」

「そうか……。こんな時期に子供一人で村の外に出るなんて、魔物のエサになりに行くようなもんだっていうのにっ……」


 彼の言う通り、戦う術を持たない子供が村を離れるのは、どこからどう見ても危険行為でしかない。


「あのっ、わたしもジュットくんを捜します!」


 そう返答すれば、ディーノさんは大きく頷いた。


「ああ、助かるよ……! 俺は村の男連中と南の方を捜すから、エアルは北の方を頼めるか? 引き受けてくれてありがとう!」


 彼は、そう言って走り去って行った。


 事は一刻を争う事態だ。

 ジュットくんが魔物に襲われるより前に、誰かが彼を見付け出さなくてはならない。

 わたしは悩んだ末、叔父さんに黙ってジュットくんを捜しに行く事にした。

 大声で怒鳴り散らされるのは覚悟の上だ。今はわたしなんかよりも、優先されるべき人命があるのだから。





 ディーノさんは、村の南側の森へ向かうと言っていた。

 南北にある村の出入り口のどちらかから外へ出たのなら、残るは北側の森。わたしはそちらを捜す事になる。

 子供の足なら、そう遠くへは行っていないと思いたい。



「ジュットくーん! 居たら返事をして!!」


 すっかり暗くなった森の中を、わたしは一人彷徨うように歩き続けていた。

 視界が悪い森を進むのは危険なので、魔法で生み出した光の球を使って灯りを確保している。

 ジュットくんに聴こえるように大声を出し続けていたせいか、喉が掠れてきた──その時だった。


 急に視界が開けた場所に出た。

 そこには白い花畑が広がっていて、小さな人影のようなものがその中心で倒れているのが見えた。

 わたしは慌ててその場へ駆け付ける。


「ジュットくん、大丈夫!?」


 仰向けになって倒れていたのは、五歳ぐらいの金髪の少年──たまに近くで摘んできた花を渡してくれる、ジュットくんに間違い無かった。

 わたしは彼の側に両膝を付いて、ジュットくんの肩を揺さぶった。

 すると、少年はピクリと目蓋を震わせた後、ゆっくりとその目を開けていく。


「うう……エアル、おねえ……ちゃん……?」

「そうだよ。ジュットくん、どこか怪我は無い?」

「……だいじょうぶ。ぼく、どうしてお花畑で寝ちゃってたんだろう……?」

「……ひとまず、早く村に戻ろうか。お父さん達が心配して捜してるよ」


 ジュットくん本人も言っていたけれど、どうやら奇跡的に怪我は負っていなかったらしい。

 幸い、外傷らしきものも見当たらなかった。



 そうしてジュットくんと他愛ない話をしながら静かな森を歩いていると、背後から何かが近付いて来るような物音が聴こえてきた。

 それも一つだけではなく、複数の物音だ。


「……っ、ジュットくん。何かが近付いてる。絶対にわたしの側を離れないで」

「うっ、うん……!」


 茂みがガサガサと揺れる激しい音。

 ある程度の距離にまで迫ってきた段階で、ジュットくんもその気配に気付いたらしい。


「おねえちゃんっ……!」

「……来る!」

「グルァァァァッ!!」


 茂みから飛び出して来たのは、血に濡れたような真っ赤に輝く瞳と、その獰猛さで有名なブラッドウルフ。

 避けきれる距離ではない。


 ──殺される……?


 一瞬にも、永遠にも思えるような時間の後、


「──エール・ラファール」


 凛と澄んだ男性の声が、どこからか耳に届いた。


 エール・ラファール。

 それは、初級の風魔法として魔法学校の生徒の誰もが学ぶ、基本の属性呪文の一つ。

 ……そのはず、なのだけれど。


「グガァァァァァアァッ!!」


 初級呪文とは思えない程の威力で放たれた風の弾丸は、わたし達に迫っていたブラッドウルフを消し飛ばした。


「怪我は無さそうだな」


 呆然とするわたしに、凛とした声の主が話し掛けてきた。

 声がした方に振り返ると、そこには流れるような銀糸の髪をした、麗しい青年が立っていた。


 青年の瞳は、森の美しさを閉じ込めたような深緑で、女のわたしでも羨むような均整のとれた顔付きをしている。

 腰まで伸びた長髪と、左目を覆うように分けられた長い前髪。

 顔の右側から垂れる長い三つ編みが、彼が動く度に静かに揺れている。

 人間離れした美貌を持つ青年が身に纏うのは、魔法学校の先生達が着ていたものよりも上質そうな、白と緑を基調としたローブである。

 それがまた彼の知性的な面を引き立てており、彼が賢者であると言われれば納得してしまいそうな佇まいを演出していた。

 彼の杖の先端は竜の頭を象ったもので、大きく開いた口の中に、彼の瞳と同じ深緑の宝玉が収まっていた。


 その神秘的な姿に、わたしは目を奪われて仕方が無かった。

 この世全ての神秘と美しさを内包したその青年は、言葉を失ったわたしに更に語りかける。


「……古竜の力が弱まったばかりに、この小さな村の人々に被害を及ぼす事になってしまったな」



 ──彼が静寂を取り戻した森には、さわさわと心地良い風が吹いていた。

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