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化け物姫と無貌騎士

 私より強く、私を裏切らず、私とは真逆の美貌を持つ騎士が欲しい。

 童女のような願いを胸に、私は城の地下宝物庫を探索検していた。聞く所によると、ここには太古より封印された騎士が眠っているらしい。

 下らなくも興味を惹かれる噂を確かめてやろうと思い、側仕えを撒いて研究の息抜きがてらに地下へ訪ねてきた。

「魔物も罠も、そろそろ飽きたわね」

 血肉で滑る床でも桃色のドレスと靴の動きは軽やかに。無骨な革仮面で覆われた頭部でも周囲の知覚は問題ない。

 罠や錠を鼻歌混じりで解除しつつ最奥部に至った後、そこに安置されているモノを見て眉をひそめた。

「これは……人形? 随分と不細工な出来だけど」

 私の目の前にあるのは、成人男性程度の大きさをした銀灰色の人型だ。ただし、顔は目鼻の一つもなくスイカを乗せたような球体で、体はやや丸みを帯びた中性的な線を形どっている。

 あるいは芸術家のアトリエにあれば、人体模写用として納得できたかも知れない。

「他の配置から考えて、これが宝物庫の主役だと思うけど……実態は単なるガラクタ置き場だったとか?」

 噂話のオチとしては十分にありえそうな話。

 それでも何か収穫はないかと、人形をまさぐってみる。

「体は……金属? 鉄でも銀でもなさそうだけど」

 一通り撫で回しつつ、私の手の平が人形の胸に当たった瞬間、それは聞こえた。


「静脈と指紋を確認しまシタ」


「っ!?」

 即座にその場から飛び退いて周囲を見渡す。すると、人形はゆっくりと動き出した。

「続いて、他の認証フェイズ――」

 人形が発したらしき音は最後まで聞かなかった。好奇心に突き動かされて危険な代物に触れてしまったと後悔しつつも、対暗殺者用へ意識を切り替え。懐剣を人形のみぞおちに突き込んだ。

 魔物の毛皮すら貫く一撃は、しかし人形に何の痛痒も与えられず。欠けた剣の破片が左腕を浅くかすめ、血液が散った。

「痛っ……!」

「血液による遺伝子情報を確認しまシタ。続いて、他の認――」

 今度は短杖を取り出し魔法を試みる。陣も詠唱も省略するが、床の砂粒を拾って混ぜた水槍は鉄鎧すら穿つ威力。

 魔法は耳障りな轟音を残して人形の大腿部に直撃したが、相手は少しよろめいただけで傷一つ負っていない。

 ……いよいよもって、恐怖が湧いてきた。

「怪物めっ!」

 悪態で戦意を鼓舞しながらも体は無様に後ずさり、周囲の器物にドレスの一端を巻き込んだ結果、私は尻餅をついてしまった。と同時に、今の戦闘の余波で仮面の留め具が外れてしまう。

「あっ!?」

 当然の帰結として頭部を覆っていた仮面は剥がれ落ち、その中にあるモノを人形の銀灰の胴体が映し出した。


 まず肌が怖気を誘う。イボと染みと火口のようなニキビ痕が点在したデコボコぶりは荒野のよう。頭部は硬貨大のハゲがあちこちに。髪の毛はまだらな黒と茶色が汚らしい。口は上唇がカサカサで薄いのに下唇が脂ぎっていて厚すぎる。鼻は潰れたように大きく低く、目は右がギョロリと見開いているのに左は豆粒のように小さい。

 そこに在るだけで空気を汚染しそうなほどの醜悪。それはまさしく、化け物のような風貌だった。


「見たな!」

 この不細工を隠すために慌てて革仮面を拾おうとするが、それは人形の動きに邪魔された。

 気配もなく間近まで近寄っていた人形は、球状の頭を私の鼻先と接触せんばかりに近づける。

「ぁ……」

「虹彩を確認しまシタ」

 醜さへの罵倒や己の死を覚悟したが、人形の声はどこまでも淡々としており、私に対する害意はまるで見受けられない。

 事ここに至って、ようやく私は目の前の人形へ話しかけることができた。

「お、お前……私の顔、その……見ても、何も、ないの?」

「申し訳ありません、質問の意図が分かりまセン」

「私の! この素顔を見て! 何も感じないのかって聞いてるの!」

 顔が怒りに歪むのが分かる。元が元なのに、激情に塗り潰された形相はどれほど醜いのか。

 しかし、人形の回答はあまりに毒気の無いものだった。

主人(マスター)候補の顔を認識しまシタ。遺伝子情報からも人間のものと断定。条件は満たしていマス」

「――――!」

 それを聞いた瞬間、私はその場に蹲って嗚咽を漏らしてしまった。同時に頬を伝うものは嬉しさからか、あるいは敵意を感じない安堵からなのか。私にも分からない。

 そんな様子を、人形は棒立ちのままずっと見下ろしていた。


 ※


 私がこの王国に誕生したのは、今から十七年。

 不貞暴きの魔法にも引っかからず、正室の第一子ということで大いに期待された子だった……らしい。

 産まれた瞬間、そのあまりの醜さに医者と両親が悲鳴を上げた。私の顔を見た誰もが祝福の言葉を忘れてしまったとか。

 幸運だったのは、王女という身分と極めて秀でた能力。

 初めて意味のある言葉を発したのが生後四ヶ月。その半年後には二足歩行を難なくこなすようになり、二歳になる頃には詩や彫刻といった芸術を自分で創るようになった。

 おかげで出産直後の殺害や幽閉は回避できた。

 不運だったのは、王女に相応しくない面貌と有り余る才気。

 魔の呪いによって俊秀を授かったとの噂だが……しかし、断言する。仮に私の容姿が並以上であれば、天より祝福された子だと讃えられていただろう。

 煌びやかな美丈夫が武勇を示せば雄々しいが、むさ苦しい醜男が同じ手柄を挙げれば野卑と扱われる。力量や働きの評価など、外見次第でコロリと変わるものだ。

 無責任な風評に母も精神を追い詰められ、今では私との接触はほぼ無い。現国王たる父の厚情と、私自身が培ったいくらかの功績とで、辛うじて宮廷にいることを許されている。

 生まれつきの醜さ一つで、そうした微妙な立ち場に追いやられた。

「そんな生活すら、これを着けていなければね」

 地面に落ちた仮面を再装着し、この醜悪な顔をすっぽりと覆い隠す。

「それで? 私の事情は話したけど、結局お前は何なのよ?」

「当機は、新しくマスターが設定されるまで待機を命じられていまシタ」

「マスター設定って……私でいいの?」

「この場所に到達し、当機の胸部に触れられるのであれば十分デス」

 一体、何を基準にしているのやら。

「私が来なければ、ずっと待ちぼうけだったわけ? 律儀に命令を守り続ける必要なんてあるの?」

「ありマス。当機はオーダーを遵守するのが義務であるタメ」

 いかにも作り物らしい融通の効かない意見。しかし、それは私にとって中々にありがたい話だ。

 私より強く、私を裏切らず、私とは真逆の美貌を持つ騎士。腫れ物扱いで信頼関係も薄い側仕えからは望めない相手。

 あれほど求めた存在が得られそうな機会とあれば、いっそ人形遊びも悪くない。

 強さはさっきの戦いで見た。融通が効かないなら、マスターと定めた相手を裏切ることも無いだろう。ならば後は美しさ。

「これまでの会話により、声紋を確認しまシタ。続いて、他の認証に移りマス。暗号を入力してくだサイ」

「入力って、何をどこに?」

「絵でも文でも数字でも、ここにマスターが刻んだ印が暗号となりマス」

 そう言って、人形は銀灰色のスイカのような頭部をずいっと近づけてきた。

「好きに弄り回せるってわけ? トンチキな顔をしているのね……」

「認証を厳密にするためデス。内容は他人に漏れないようお気を付けくだサイ」

 球体を突っついてみると、金属質な胴体とは違う粘土のような触感がした。それなりにこね回しがありそうな物質。

 ……私とは真逆の美貌というのなら。

 懐剣と短杖を取り出し、人形に向かって言い放ってやる。

「絵を刻んでも構わないのよね? いいわ、美人さんにしてあげる」


 ※


 手と剣と杖によって頭部を丹念に整えること数時間、私の目の前には首から上が様変わりした人形がいた。

「これなら私以外には設定できないでしょ!」

 出来上がった人形の頭部は会心の作だ。

 輪郭は優雅、鼻はすっきりと高く、口元は艶やかさを感じさせ、目は涼やかな雰囲気をたたえている。意外なくらい伸び縮みする頭部を使い、セミロングの髪の毛すら造形してみせた。

 最後に、銀の小箱に入った口紅を懐から取り出す。

「…………」

 これは未練だ。

 醜く産まれ、少しでもマシな容姿を追い求め、評判の化粧品にも手を出し、それでも到底誤魔化しきれなかった、美しさへの執心。

 今の今まで諦め悪く持ち続けていたが、目の前にある理想の騎士候補相手なら惜しくはなかった。過去を振り切るように、指で紅を掬って人形の唇に塗ってやる。

「うん、綺麗ね。本当に……綺麗」

 化粧が乗った顔は今まで以上に輝きを増した。私とは真逆の、そこにあるだけで大気を浄化しそうな美貌だ。

「暗号を確認しまシタ。続いて、他の認証に移りマス」

「まだあるの?」

「最後に当機の名称を設定してくだサイ。それをもって、あなたを正式にマスターと設定しマス」

 さて、どうしたものか。

 折角ここまで拘ったからには、私のものであると露骨に主張したい。やや考え、いつか読んだ異国の書物から発音を取ることにした。

「元々は『無い』お前の顔を、私が『有る』ようにした。ならば、『無い有る(ナイアル)』とでもしましょうか」

「名称を確認しまシタ。以上でマスター手続きを完了」

 そして、名前を贈られたばかりの人形は私の前に跪いて宣誓した。


「これより、当機ナイアルの行動はあなたのためニ。よろしくお願い申し上げます、マイマスター」

「サヴァイ王国第一王女、マヤ・サヴァイ。よく仕えなさい、私の騎士」


 こうして、化け物のごとき容姿の(わたし)と、顔が無かった騎士は主従となった。

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