表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/27

レベル98魔法使いですがあと1回レベルアップすると最強魔法を覚えます

 闇を打ち払うかのように眩い光が弾けた。そして爆発音が轟き、地盤が大きく揺れる。堅牢な魔王城でなければ無残にも瓦解していただろう。

 決戦の地。魔王城の奥深く。すでに雌雄は決していた。

 地に伏しているのは魔王。この世界を掌握せんと、人間に戦いを挑んだ魔族の王だ。

 それを見下すのは、黒いマントに身を包み、とんがり帽子を被った魔法使い。単身で敵地へと乗り込み敵大将を討ったというのに、その顔は冷ややかなものであった。

 魔王が屈辱に満ちた表情で魔法使いを睨みつける。


「この私が……、たったひとりの人間に、やられるとは……。いや、私だけではない……。我が腹心の幹部たちを倒したのも貴様だな……!」


 しかし、魔法使いは答えない。その凍てついた瞳で死にゆく者を眺めていた。

「くそっ」と己の無念を吐き出すように悪態をついた魔王の瞳から生気が薄れていく。力尽きた身体が徐々に灰と化す。


「覚えていろ。いつか復活し、必ず貴様を――」


 呪うようにそう呟いた魔王はこの世から消え去った。

 それを見届けた魔法使いは、自身の首からぶら下げているひし形の宝石を手に取ると、その中を覗き込む。そこには『98』という文字が浮かんでいた。


「……上がってない」


 主人が不在となった魔王の間に生まれた小さな音の波は、少女の声であった。


 ※


 今日から俺も晴れて神官となった。幼い頃から憧れていたあの神官だ。

 神に仕え、人々の傷を癒す者。時にそれは外傷だけでなく心を癒すこともできる。魔王の脅威が去った今、そちらの役割が大きくなるだろう。

 あの日、魔物によって両親を奪われた俺の心は深い傷を負った。しかし、ふらりとこの町を訪れた旅の神官さんによってその傷にかさぶたができた。俺もあの神官さんのように永き戦いに傷ついてしまった心を癒せる立派な神官になってやる。

 神殿で祝福を受けた俺は意気揚々と外に出た。暖かい日差しに穏やかな風。小鳥たちの声が俺の門出を祝ってくれているかのようだ。


「ふぎゃ!」

「…………」


 目の前で真っ黒な人がずてーんと盛大に転んだ。自分のマントの端を踏んで転んだように見えた。

 突然の出来事に呆気にとられてしまったが、我に返って駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか?」


 声を掛けてから気づいたが、背丈からして子供だろうか。地面に広がった髪の長さから見て女の子らしい。

 女の子が起き上がるために手を貸そうとすると、


「触るな!」


 手を振り払われた。

 ビックリしたが、きっと人前で転んだから恥ずかしがっているのだろう。

 乱暴に立ち上がった女の子の顔が一瞬苦痛で歪む。裾の長いマントの隙間から見えた細い脚に血が見えた。


「あっ、怪我をしてるじゃないか。どれ、お兄さんが治してあげるから見せてごらん」


 神官になっての初仕事がこんなに早くやって来るとは。治癒魔法の『ソワン』を使えばすぐ治せるはずだ。


「黙れ変態。色欲に塗れた手で私に触れようとするな。薄汚い家畜以下め」

「…………」


 うーん、なかなか警戒心の強い子のようだ。親御さんにちゃんと教育されたのだろう。しかし、物言いが刺々しい。さすがの俺の心も少しへこんでしまう。


「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。魔法でその傷を治してあげるだけだから、おとなしくしててね」

「気持ち悪い豚め。そんなこと言って私の身体目当てなんだろう。このエロジジイ」

「はいはい、子供がそんなこと言ったらダメですよー」

「――! 子供、だと……!」


 女の子は俯いて静かになった。ワナワナと震えているようにも見えるが、痛みのあまり泣きそうなのを堪えているのかな。早く治してあげよう。

 俺は女の子のマントを捲り、傷の具合を確認し魔法を唱える。


「この天才大魔法使い様を子供扱いするとはいい度胸だ! どう殺されたいんだ? 四肢を切り刻んでお前の口に放り込んで――」

「はい、治ったよ」

「……へっ?」


 治療を終えたことを伝えると女の子は間の抜けた声を出した。


「お前……、私の身体目的で近づいて来たんじゃないのか?」

「えっ、いや、ただ傷を治してあげたかっただけだよ?」


 それに俺は子供の身体よりお姉さんの身体の方が好きだ。しかし、これを伝えるとこの子がショックを受けてしまうかもしれない。神官たるもの、そういう配慮もしなければ。えらいぞ、俺。


「そうか、わかったぞ。私の力を狙ったのだな。生憎だったな、下郎。この力は魔法具に頼ったものではなく私自身の強さだ。どこの噂に流されたのか知らないが、それ相応の報いを与えてやる」


 女の子は腰に携えていたショートソードを抜いて俺に突きつけてきた。


「その空っぽな頭に電撃を与えてやる。喰らえ――」

「あっ!」

「――な、なんだ! 急に大声を出すな!」

「手も怪我してるじゃないか。治してあげるからじっとしてて」


 転んで手をついた拍子に擦りむいたと思われる傷を見つけたので、俺は『ソワン』を唱えて治療する。


「よし。他にもう怪我してるとこはないね?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、もう転ばないようにね」


 神官として初めての役目を果たして充実感で胸を満たし、その場を離れようとした。すると、


「待て。……貴様、名は?」


 女の子に呼び止められたので振り返る。


「リュカだよ」

「ふむ、聞いたからには私の名も教えてやる。ベルだ」

「ベルちゃんか。よろしくね」

「気安く呼ぶな。それよりも貴様、童貞か?」

「どっ――」


 女の子の口からそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったので、俺の思考は一瞬停止する。

 その間にベルは俺の横を抜けて、転んだ時に落としたとんがり帽子を拾い上げた。


「その反応なら間違いないようだな」

「そ、そうだけど……、子供が大人をからかうのは良くない――、いっだ!」


 帽子を被り直したベルが俺の向こう脛を蹴り抜いた。あまりの痛さに膝を折ってしまう。


「な、なにするんだよお……」

「先ほどからこの私を子供扱いしよって。余程死にたいらしいな」

「だ、だってどう見ても……」


 痛みに堪える俺の首元をベルの剣が這う。


「見る目のないクズに教えてやる。私は十四歳だ。今度子供扱いしたらその濁った両目を潰してやるぞ」


 これには素直に驚くしかない。悪く言ってしまえばちんちくりんなこの女の子は俺と一歳しか変わらないと言う。視力を失うわけにはいかないので同年代の少女として扱おう。


「しかし貴様、本当に私のことを知らないらしいな。この町の者ではないのか?」

「えっと、この町の出身だけど外れの孤児院にずっと居たんだ。だからこの町のことはそんなに詳しくないよ」

「ふん、どうりで。私に近づいてくる者がまだこの町に居たとはな」


 言い草からしてこの子は町で有名なのだろう。そういえば先ほどから通行人が遠巻きに見ているが、その眼差しは今まで経験したことのないものだ。


「まあ、よい。丁度材料を探していたところだ。貴様を使うことにしよう」

「えっ、どういうこと?」

「――『メタスタス』」


 ベルがマントを翻し魔法を唱えた。それにより、俺とベルは光に包まれ、その場から消え去った。



 あっという間に景色が変わり、どこかの建物の中に来たようだ。見覚えは全くないが、心の奥底に訴えかけてくるような嫌な雰囲気がある場所だ。

 ベルが三度俺に剣を向ける。


「リュカと言ったな。おい、手首を切り落とされるのと自ら指に傷をつけるのと、どちらが良い?」


 なんだその二択は。


「じ、自分で指に傷をつける方で……」

「チッ」


 当然の選択をすると舌打ちをされた。

 そして、ベルは部屋の中央にある台座に置かれていた金の杯を持ってくる。


「この聖杯に血を三滴ほど落とせ。剣は貸してやる」

「一体何をするんだ……?」

「さっさとやれ。そうすれば教えてやる」


 未だ膝の痛みが回復しない俺の目の前に剣と聖杯とやらが置かれる。

 ここで反抗すると本当に手首を落とされかねないので、剣の切っ先を指に押しつけて血を垂らした。それを聖杯に注ぐ。


「くっくっく、それで良い。何をするのか、という問いだったな」


 ベルは怪しい笑みを浮かべ、マントを翻す。


「特別に見せてやる。ほら」


 そう言い、顔を近づけてきたベルの手には首からネックレスとして掛かっているひし形の宝石があった。


「これは?」

「この中をよく見ろ」


 言われた通りによく目を凝らす。宝石の中に『98』という数字が浮かんでいるのが見えた。だが、俺にその意味はわからない。


「これはな、私のレベルだ」

「レベル……?」

「単純に強さだと理解すれば良い。そして私はこのレベルを『99』にしなければならない」


 ベルは聖杯と剣を拾い、台座に向かって歩く。


「なんでそのレベルに拘っているんだ?」

「最強魔法を覚えられるからだ。そう教えられた」

「最強魔法……?」


 不可解な言葉に俺が戸惑っていると、ベルは俺がしたように自分の指に傷をつけて、台座に戻した聖杯に血を垂らした。

 すると、台座を中心とした魔方陣が床に浮かび上がる。


「レベルを上げるためには敵を倒さなくてはならない。しかし、もう魔王はいない。私が倒したからな」

「キミが……、魔王を……」


 空気中の光の粒子が聖杯に注ぎ込まれる。それに呼応するように魔方陣の輝きは強くなる。


「だから私は新たな敵を作る。この儀式によって魔王は復活するのだ! さらに強大な力を得た魔王が!」


 聖杯から目が眩むほどの光が溢れ、俺たちを飲み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ