魔女の家政夫はみた!
俺が魔女に家政夫特化改造人間にされてから、ちょうど三ヶ月目の朝。
ああ、だるい。
改造されても寝起き悪いのって、なんでだろうな。
不機嫌に俺は身を起こして窓を見る。夜明けを迎え始めた早朝は少し冷えるが、今の俺には関係ない。
慣れた手付きで腹に接続していたチューブを外す。うん、魔力は満タンだ。充電完了。
「《ライト》」
俺は指を鳴らして魔法を唱え、自室を照らす。
広い部屋には、ベッドと、ものものしい器具と得体のしれない何かが発酵してる培養基。そして、壁にたてかけられたホウキやチリトリ、モップにハタキ、バケツ、雑巾。
今度は、パンパンと手を叩く。
音に魔力が宿って、掃除道具たちが一斉に浮き上がって活動をはじめた。
魔女の家政夫、シュウの一日のはじまりだ。
「ほらほら、ぼーっとすんなー。屋敷の掃除だ。音たてるなよ」
気だるいながらも、俺は命令を下した。
町のはずれ、町の人たちが忌み嫌う森の中、獣道のようなところを進んだ先にある、魔女の館。
ここが、俺の職場だ。
どうして俺が、魔女の家政夫なんてやってるのか。
元々俺は、ニートだった。っていうかあれ、自宅警備員。きっかけは働いてた店で、無実の罪を着せられてクビになったこと。クソ店主が広めた嘘八百の噂のせいで町にも出られなくなったのもある。
それからは家族ともうまくいかなくなって、我慢しきれず家出したら、ばっちり森に迷いこんだ。
──迷った人間か、珍しいな。
そう声をかけられて、俺は魔女──見た目はどうみてもロリ娘が魔女のコスプレしてる感じ──エルニアに家政夫としてスカウトされた。まぁ、それ奴隷契約だったんだけどな!
最初はただ、ちょっと家事をするって話だったのに……。なんで改造人間なんぞにならなきゃならんのか。いやまぁ、生身だったら確かに一時間とかからず死んでる仕事なんだけど。
しかも、この身体はエルニアしか整備できないので、どこかへ逃げることも無理。つか奴隷だしな。
「思い出すだけでも腹立つな」
舌打ちつつ、バタバタと慌ただしく部屋から出ていく掃除道具たちの後を追う。こいつらは魔女エルニアの開発した自律式の道具だ。見張ってないとすーぐサボるんだよ。
つか、この屋敷は無駄にデカい。俺とエルニアしかいないのに三階建てで、寝室だけでも七つはある。
昔、どこぞの貴族サマの別荘だったらしい。毎日手入れしなきゃいけないこっちからしたら迷惑きわまりない。ああ、こらそこケンカすんな。
ため息一ついれて、キッチンへ向かう。朝ごはんの支度だ。
「さて、と」
貴族サマの別荘だけあって、キッチン回りも見事だ。既に道具たちが準備を整えている。
しゅる、と俺はエプロンをつけて棚を開けた。抱えるくらいはある大きさの骨付きバラ肉ベーコンだ。自家製である。
包丁でそれを厚めにカット。
うん、燻製されて濃くなった肉とスパイスの匂いがたまんねぇ。
コンロに黒鉄のフライパンをおいて、オリーブオイルをちょっと入れてからベーコンを焼く。
じゅわわ、ジューッ!
いい音だ。
表面がカリカリになるまで焼いたら、朝とれたての卵を二つ。もちろん魔法で消毒済み。
そこに水をちょっといれて蓋して蒸し焼きだ。半熟になった具合で完成だ。湯気たつフライパンから、さっとお皿にうつす。
次に、フレッシュトマトとレタスのサラダ。オリーブオイル、レモンソルト、刻んだオニオンピクルスを和えたドレッシングをかける。
後は、ラクレットチーズだ。
切り口を火であぶると、固まっていた部分がとろとろに溶けてくる。うわー、たまらん。
カリッとトーストして、ちょっとだけ蜂蜜を塗った黒パンにかける。くうう、チーズの匂いヤベェ!
最後に昨日から仕込んでおいたブイヨンを使った野菜スープに、コップへミルクを注げば朝ごはんの完成だ!
うん、カンペキ。
いい匂いを漂わせていると、何やらけたたましい音の後、ドアが開かれる。エルニアだ。寝起き直後らしく、ほふく前進でやってきた。ゾンビか。
自慢らしいオリーブ色の髪は寝癖でぼっさぼさだし、大きすぎるパジャマのせいでだらしないし。はぁ。
俺は指を鳴らす。エルニアの襟首ひっつかんでから浮かせ、テーブルに座らせた。ぐえって聞こえたけど無視だ。
「むう。ごくろう。けどご主人サマを魔法で襟首つかむとは暴挙だぞっ」
「暴挙には暴挙です。床をはいつくばるなって毎朝いってるでしょうが」
「いいだろ。どうせお前がキレーにしてるのだから」
「そういう問題じゃないです」
「魔女からすればそういう問題だ。ふあぁ……」
意味不明な返しをしてから、エルニアは、半熟の目玉焼をぷつっと潰す。とろっと濃厚な黄身を絡ませた厚切りベーコンを口いっぱいに頬張った。
「はふっ、はふ」
口から湯気を吹いてから、もっぎゅもっぎゅと噛みしめ、目をキラキラさせ、美味しそうに微笑んだ。
「たまりゃんな!」
「口をとじて食べてください。はしたない」
「家政夫のくせにやかましいな。魔女にそんな俗物な常識植えつけようとするな。けがらわしいぞっ」
「今はエルニアの口の方が汚いです」
俺は仕方なくエルニアの口をタオルで拭ってやる。ほんと、子供だよな。でも年齢きいたらビックリだぜ。
「にゅう。ケチャップくれ」
「はいはい」
俺はスプーンで瓶からケチャップをすくい、ベーコンにかけてあげる。エルニアはこれが好きだ。
幸せそうにベーコンを、とろとろチーズの黒パンをざくっとかじり、ミルクをくぴっと飲む。小さい身体なのに、よく入るよなぁ。
けど、間違いなく魔女だ。平気で災害級の魔法を操るし、謎の材料を使って秘薬を生む出すし、怪物を使い魔にするし、俺を改造するし。
国からも恐れられていて、たまに貴族が頼みごとにくる。
「今日も研究室ですか?」
「うむ。もう少しで大臣から頼まれていた秘薬が完成するからな。できたら飲んでみるか?」
「なんの秘薬ですか?」
「超強化ホレ薬だ。ゴキブリにさえ一目ボレするぞ」
「遠慮します」
俺は即答した。
聞くだけで危険だわ。つか、なんつうもんを依頼してんだ大臣殿ぉ!?
「そういえば、外が明るいな」
「霧が薄くなってるかも? いってきます」
俺はテーブルから立ち上がって、勝手口のクソ重い鉄扉を開けた。外はすぐ森で、うっすら霧がかっている。
魔法の霧だ。
この館へ不用意に近寄らせないためなんだけど、やっぱり薄くなってるな。んー、水一杯くらいでいいか。
井戸に滑車をおろし、たらい一杯に水を汲み上げる。
ずしっと腕に負担がくるけど、改造人間にされたので問題ない。俺はそれを地面に置いた。
「《フォグ・ブースト》」
両手を合わせ、俺は魔法陣を生み出す。青白い光はそのままたらい一杯の水に降り注ぎ、ぶしゅううう、と音を立てながら霧となって周囲へ散っていく。
ほんと、魔法って便利だわー。
それから、庭に繋がれている使い魔たちの鎖を外してやる。
ガルムにケルベロス、ブラックドックだ。
みんな一斉に飛び付いてくる。おーおー、ちょっと待って、ガルム、お前の吐息猛毒な? 鼻呼吸して? ケルベロスも舐めてこないで? 君の唾液は強酸。ブラックドックくん、俺の足に噛みつこうとすんな。死の呪いかかるだろうが!
「ほら、散歩の時間だ! いってこい」
俺はパンパンと手を叩いて、三匹を森に放った。まったく。改造人間じゃなかったら死んでるぞおい。
腰に手をあててため息をつくと、鈴が鳴った。
──侵入者だ。
マジか。霧が薄くなってたからか。
しかもこんな朝からとか、マヌケなゴブリンか、迷ったコボルトとか?
考えながら森の中を駆け抜けていくと、金属音がした。それも複数。──これは鎧の音だ。目を凝らすと、勝手にズームがはじまり、五人の兵士たちを捉えた。
おいおい、騎士かよ。
「騎士団? ……国旗がないな。敵対国がこっそり討伐しにきたか?」
エルニアは自由気まま。機嫌を損ねたら暴れ倒す性格だ。かつて、王国の首都も半壊させたとか。つまり、恨みならたくさん買ってる。
ともあれ、事前連絡なしの武装侵入は例外なく排除。これも家政夫の仕事なんでな、恨むなよ。
帰ったら掃除とかまだまだやることあるんだよ、俺。家政夫は忙しいのである。
俺は腕を突き出して変化させる。カノン砲に。
しっかり狙いをつけて、魔力をこめて……!
ずどん!
と重い音と反動。
穏やかな弧を描いた魔砲弾は、過たず騎士団に炸裂した。爆轟し、近くから鳥たちが飛び立つ中、連中も見事にブッ飛んでいった。
ふう、やったぜ。
達成感に包まれてると、ふと後ろで気配がした。
「ばうっ」
「お、ガルムか。早いな。ん、何をくわえてるんだ?」
振り向いて、俺は硬直した。ガルムがくわえてるのは子供だ。しかも、イイトコの出っぽい感じ。
どこで拾ってきたんだ?
使い魔はよくしつけられてるので、森からは出ない。迷ってたんだろうか?
いや、まて。
「んん? この黄金刺繍の紋章って……えっ、皇子サマ?」
王家の紋章、では? しかも黄金の刺繍って、マジな王族しか纏えないヤツっすよね?
あれ、つまり、この子……やっぱり皇子? え、ぢゃあさっきの騎士団って、まさか捜索隊? え、ええ…………ど、どうしよう!?
っていうか、なんで皇子サマがこんなド田舎な森にいらっさるわけ!?
もう絶対トラブルの予感しかないんですけど!?