能力強すぎワロエナイ
「……木場様。あなたの職業は『勇者』、第一派生能力は『聖剣』ですわ」
王女様の口からその言葉が紡がれたとき、広間にざわめきが広がった。
「勇者……」「まさか本当に……」「……伝説が再び」
俺達の周りを取り囲む貴族から、そんな言葉が漏れてくる。
対して能力の説明を受けた木場は、はっきりしない表情で首を傾げる。
「それって、凄いのか?」
「……凄いなんて物じゃないですわ。世界に平穏をもたらした、伝説の職業ですもの」
「ふーん?」
尚も良く分かっていない様子。
「そうだな木場くん。君一人の存在で国家が動くレベルの物なのだぞ」
「それは、凄いな」
国王の言葉に頷く木場。ようやく納得したようだ?
大丈夫かな。本当に分かってるかな。
木場はクラスの中でも無口な奴で、あらゆることに無頓着だ。寡黙でクール。……実際はボーッとしてるだけな気もするが。
さて、現状を簡単に説明しよう。
クラスメートと共に異世界に召還されました。終わり。
「ねぇねぇ王様、僕の能力は?」
「うむ。『錬金術師』はな、強くなれば各国からお呼びの声がかかるほどだな」
「うーん。すごいのかな?」
国王様と話しているのは、召喚されたもう一人のクラスメート、瀬良である。僕っ子だ。しかも何故か常に白衣を着ている。キャラ濃いな。
召喚されたクラスメートはこの三人。
超絶無頓着な勇者、木場。
謎の僕っ娘キャラ、瀬良。
そして俺。
際立つ俺の凡庸さ。
魔王を倒すのに協力してほしいと言われたのだが、三人とも快諾した。瀬良はノリノリで。俺は二つ返事で。木場は……頷いたように見えたが、あれウトウトしてただけかもしれない。
召喚した国が悪役なんて作品は多々あるが、正直あまり疑いはしなかった。
この国王、フレンドリーである。
瀬良がよく懐いている。本当に祖父と孫みたいだ。
まあ、それだけが快諾の理由じゃない。
「最後のあなた。こちらへ」
王女様が俺を呼んだ。最初に瀬良、次に木場と能力を確認したので、残る一人は俺だ。頷き、彼女の元へ近寄る。
この王女様、ドストライクである。
金髪つり目に静かな表情。媚びのない女神の如き微笑みが素晴らしい。歳不相応の落ち着きっぷりだ。瞳には知性と強靭な精神が伺える。
女神は本当に居たのだと感動した。完全に一目惚れである。
彼女が俺たちを利用しようと企んでいても喜んで利用されよう。世界征服にも協力しよう。ちょっと思考が危ない感じに走ってしまったが、俺が魔王討伐に協力する理由、少しでも分かってもらえただろうか。
これから鑑定結果が告げられるという所で、目の前の王女様の顔が僅かに歪む。
もしかしなくても、俺の職業がけったいな物だったりしたのだろうか。
歪んだ表情もまた素敵ですね。と場違いなことを考えていると、王女様の可憐な唇が開いた。
「…………角場様。あなたの職業は、……『ラッパ吹き』ですわ」
……ラッパ吹き?
「……ラッパ吹き?」「……ラッパ吹き?」
困惑の色を隠せない。
ほら、後ろの貴族の方々も首を傾げていらっしゃる。
使えない職業なら、その名前から一目で分かるようにしていただきたい。ラッパ吹きってなんぞや。戦闘中にラッパを吹くのか? 支援効果でもあるのだろうか。それともラッパで敵を殴るのか? 穏やかじゃないな。
「第一派生能力は『第七のラッパ吹き』」
第一で第七とはこれ如何に。
しかも名前から全く想像できない能力だ。結局ラッパを吹くのか。第七ということは、七つもラッパを持っているのか? 穏やかじゃないな。
「前例のない能力なので、詳細を鑑定いたしますわ亅
是非そうしてください。俺もいい加減リアクションを取りたい。
「……………っ!?」
王女様の頬が引きつる。冷や汗が滲み、顔が青ざめていく。
何ですかそのリアクション。こちらが困るのですが。
「第一派生能力『第七のラッパ吹き』…………『この能力を発動した瞬間、世界に最終的な終末が訪れる。何人も何物も、この終末による死と崩壊を回避することは出来ない』」
場がシンと静まる。
リアクションに困ります。話があまりに突拍子もなくて、当事者ながら全くついていけない。
「……ま、『また、この能力は角場件が死亡する、行動不能になる事で自動的に発動する』」
「厳戒態勢だ!! この者を守れ!! 最優先事項である!!」
国王の声が場に響く。迅速すぎる決断、素晴らしいです。
貴族達が慌てる中、騎士という精悍な騎士が続々と現れ、俺たちの周りを取り囲んでいく。これはもう魔王討伐どころの騒ぎじゃない。
「……喜べアメリー。嫁ぎ先が決まったぞ」
「はい。父様、慎んでお受けいたしますわ」
「この場をもって、第一王女アメリーと、異世界人の角場件殿の婚約を発表する!」
ざわつく場。
ウロウロする瀬良。
うとうとする木場。
俺とすっと腕を組む王女様。
色々ざわついている俺の心。
展開早すぎないか? ……召喚されて二十分。婚約者が出来ました。
▽
コトッ……。
紅茶を注がれたカップが、給士の女性によって机に置かれる。
王城の国賓対応用の客室で、俺は小さなテーブルを挟んで王女様と向かい合っていた。二人きりじゃない。部屋の中にも外にも騎士いっぱいだ。凄い戦力だが、それもその筈。俺が死んだりしたら世界が滅亡するのだ。
ピリピリしている。
空気がすごくピリピリしている。
「あとは若いお二人でごゆっくり……」
お茶請けを並べ、給士を終えた初老のメイドが、恭しく一礼して、部屋の外に出て行った。
ごゆっくりじゃないが。
まず二人じゃない。騎士さん十名忘れないで。
「……」
「……」
さて、気まずい雰囲気だ。
王女様と俺が何故こんな風に向かい合っているのかというと、ひとえに電撃婚約発表のせいである。俺の機嫌を損なえば世界滅亡。王国的には全力で俺に媚びを売りたいところ。故に気がありそうな俺と王女様の婚約。それはいい。だが王女様と俺は、知り合ってから数時間。交わした会話などほぼ皆無だ。じゃあお見合いでもしたらどうかと、そういう話になったのだ。
……婚約してからお見合い。人生とは奇な事ばかりである。
まあその辺りはさて置き、この場をどうするか悩むとしよう。
王女様がカップを手に取り、上品に紅茶を啜る。
俺が見様見真似で、紅茶を飲む。
王女様が細い指先でお茶請けを手に取り、口に運ぶ。
俺も倣って菓子を食べる。
そんな事が数度ばかり繰り返されてから、突然王女様が
「申し訳ありませんわ」
と謝ってきた。
うん、何が?
矛先の分からぬ謝罪ほど困る物はない。
俺が怪訝な顔で硬直するのも当然である。王女様はそんな俺に苦笑してから語り始めた。
「恥ずかしながら、殿方とこのような経験はありませんので、勝手も作法も分からないのですわ」
「はぁ」
そんなことを言われても、俺にはこの世界の作法など一片も知らぬ訳で、お見合いの勝手など知ろうはずもない。
「それは俺もですよ。何から話せば良いのか……」
「あなたの祖国では、どのように?」
取り敢えず追従すると、王女様からそんなパスが渡ってきた。なるほど、取り敢えず日本の流儀でやればいいと。
いや良く知らんのだが。
「又聞きですが、宜しいのでしょうか?」
「ええ。もちろんですわ」
微笑みながら頷く王女様。
もちろん、じゃないよと突っ込みたい。
又聞きなら王女様にも知識あるだろ。というか王族の教育を受けているのだから一通り知っているのでは? 主導権をこっちに渡す振りして、全部放り投げていないか? 好かれてないなぁ、俺。
従っちゃうけど。
「そうですね、まずは自己紹介をするとか?」
「……要るのでしょうか、それ」
「……改めてという形で」
お互い知っているもんなぁ。
「俺は角場 件です。元高校……いや、学生でした。宜しくお願いします」
「ウラム王国第一王女、アメリーシャ・グラーシア・ウラムですわ」
さて、と。
会話が止まりましたね。
「……次はどのように?」
「えっと……」
実は面倒臭がってるでしょう王女様。
「お互いの趣味、とか……」
言ってから後悔する。遅い。
定番ではあるが、互いの趣味に一定の理解がないと泥沼化する話題だ。そもそも片方に趣味が無ければ地獄である。しかも俺は異世界出身。趣味言われても分からない可能性大。
「趣味、ですか」
オウム返しする王女様。もう引けないなこれ。
「じゃあ俺の趣味から言いますか?」
「お願いしますわ」
さて、だが俺に趣味と呼べる物があるだろうか。器用貧乏というか、あっちこっちに手を着けていたので、コレと言った物がない。
「……折り紙、ですかね」
再び後悔。最悪手である。
折り紙なんて趣味が、中世ファンタジーな異世界にあるだろうか、いやない。昔の勇者が異世界に広めた可能性を祈るしかない。
「……オリガミ?」
あ、終わった。
終わった世これ。
「えっと、正方形の紙を折ってですね……」
「紙を、折る? ……不思議な趣味をお持ちですわね?」
泥沼化確定である。
もう世界滅ぼして良いかな。
ああいや、駄目だ。それだと王女様も死んじゃう。ギリギリで踏みとどまる。
「…………」
「…………」
再び流れる気まずい雰囲気。これから先上手くやっていけるか、とても不安になる俺であった。
──言い忘れていたが、この物語は俺と王女の恋愛小説である。