論より祥子と洋子と涼子
いぇーい、ハッピーニューイヤー!
俺の愛する日常は、戌と共に去っていった。年明け早々、コンビニへ向かおうとしていただけなのだが。
諸行無常なんて言葉もある。いつまでも同じような日常は続かない。後一年は今まで通りの生活を送れると思っていたが。環境の変化とやらは、時として向こう側から訪ねてくるらしい。
はぁい、非日常君。こんな時間にどうしたんだい? やあ日常君。突然だけど君には消えてもらうよ。なんて具合にいきなり来るもんだから、当然心構えなんてものは出来ちゃいない。ノックどころか、アポすら取ってないんだから非常識も甚だしい。いやぁ、これだから近頃の若……。
「あ、人いるじゃん」
はい終わったー。俺の人生と現実逃避タイム終わったー。
先程まで、明らかに異能を使って戦闘をしていた三人組。皆お揃いのピッチリした黒いバトルスーツを着用し、それぞれが殺意の高い武器を持っている。
その一人がこちらに気付いたようだ。
「で、見られたけどどうする?」
「うーん。面倒だしさっさと殺す?」
「でも一般人殺すと処理が面倒よ?」
「なら……」
いやはや、物騒な会話だなぁ。
誰を殺そうとしてるのかなぁ。ボク石ころだから心当たりないなぁ。
三人組の内の二人の会話。表情は影になっていてよく見えず、冗談なのかも分からない。さっきまで殺戮してたのだから本気だろうけどさ。
ん?
三人組の無口な一人。よく見ると誰かに似ている気がする……。あー、思い出せない。多分去年か今年のクラスメイトだ。いやはや、コミュ障特有の話さない人を覚えない病がここに来てまでも影響するとは……。
「あっ」
「どうしたの?」
無口ガールがこちらへと指を向ける。
「同じクラスの新城 誠也だ」
「新城…………。ああ、あのボッチね。あー、クラスメイトに見られたかぁ」
「だいぶ面倒なことになったわね……」
思い出した! 今年同じクラスの京子さんだ。あまり目立たないけど地味かわだと勝手に俺が注目してたじゃないか! しかも三人もいるぞ! やったね!
「ん? 三人……?」
「じゃあ、もうその案で良いわね?」
「というか殺す訳にもいかないし、そもそもこいつが気に入ってんだからそれしかないよねぇ」
「ん」
聞いていなかったが、何やら向こうさんも会議は終わり、意見が固まったようだ。俺も丁度、同じ顔が三つあって固まってるがな。
「さて、新城君。貴方には私達の協力者になってもらうわ」
「拒否権はないぞー。面倒ってだけで、ちゃんと処理するなら殺しても問題はないからなぁ」
「あっ、はい」
なんか尋常じゃない空気なので思わず返事をしてしまった。なんか脅してるしこれはもう従わざるを得ない気がする。俺の意思とか関係なしに。
「てか私達のこと覚えてる?」
「あっ、同じクラスの京子さん。と京子さんと京子さん……」
「まあ、そうなるわな」
「簡単にネタバラシするとただの三つ子よ。ただ戸籍には 神谷 京子 としか載ってないわ」
「喋りゃバレるが喋らなきゃ分からんしな」
「便利」
なるほど、つまり京子さんは実は京子さんズで、一人一人は京子さんじゃないが実質京子さん、という訳だ。分からん。
「簡単に自己紹介すると、私が祥子でそっちの品がない子が洋子、静かなのが涼子ね」
訂正。京子さんは京子さんズだが実はみんな京子さんじゃないがでも京子さん……。ますます分からん。
まとめよう。つまり京子さんは実は三人。よく分からん戦闘組織で敵も多そう。俺はそれを目撃していきなりナカーマ。
素人目ではあるが、彼女らの戦闘能力はかなりのものだ。祥子さんは戦闘中の発言から見て殺しに性的な興奮を覚えるタイプか。興奮度合いによって身体能力含む全体的な能力が上昇していたように見えた。普段は冷静そうだが戦闘中はバーサーカー寄りなのかもしれない。
品のないと言われた洋子さんは、一転して戦闘中は冷静。しかし殺し方はエグい。他二人が一撃なのに対し、彼女は四肢を削ったり急所を外したりと見ていて惨たらしい。まあ、一撃の威力が低いのかもしれない。いきなり敵が切断されたりしていたが、斬撃系の武器は持っていない。アニメなどで似た能力だと糸系統だろうか。
涼子さんは間違いなく腐敗とか崩壊とかの類だろう。今もその能力で死体を処理してるしな。強力な能力だが能力頼りではなく、三人の中で最も武術に優れているように見えた。他二人が手を抜いている、もしくは技術など使う必要もない程度の敵だったのかもしれない。
まあ一言で言うとバケモノだ。本来ならあまり関わり合いにはなりたくないんだけど。
緊急会議に死体処理。俺は完全に放置プレイを。とはいえ現状の整理は終えたのだし特にすることもない。また何らかの敵が現れて戦闘に巻き込まれる可能性もあるので現実逃避なんてしている暇もないのだ。
なんせ、躊躇いもなく敵対者を殺せるような奴らだ。敵の一人や二人、いや一組織や二組織あったっておかしくはないだろう。ほら、今も向こうから屋根伝いに白服の男がシュタっとね。
はぁ、もうやだ。
「やあ、【雛鳥】さん。今日は他所の巣を壊してないのかい?」
「ミミズの活きが悪かっただけよ。それで、デザートは貴方かしら?」
「アイツら嫌いだったしなぁ。それに、俺は直し屋だ。捕まえるのは仕事じゃねぇ」
白いスーツに白い靴、白いハットという胡散臭い姿の男。胡散臭いが実力はあるのだろう。胡散臭いが。自称直し屋と言っている辺り、破壊された戦場の修復でもするのだろう。そうなると涼子さんの対となる能力っぽい。胡散臭いが。
「壊れてないなら帰るか……って、おま! 新城じゃねぇか! なんでこのにいんだよ!」
「ん、知り合いか?」
「知り合いも何も大親友だ……。最悪じゃねぇか」
「へぇ、とんだお荷物抱えたかと思ったが、中々優秀な釣り餌じゃねぇか。鯛どころかクジラが釣れたぜ」
誰が海老だ。
「いや、それ自体は問題ないけどよ……。何かしら協力させられるだろうが大丈夫なのか? 新城」
「クラスメイトが分裂して殺戮してる時点で色々と耐性ついたから、まあ大丈夫かな」
「相変わらずメンタルすげぇな」
「分裂ねぇ。言うほど似てるか?」
「当たり前だろ。三つ子だしな」
うん、クラスメイトの分裂を目撃したら、中学時代の親友がヤベェ奴らと絡んでた程度じゃ驚きはしないわな。いやぁ、一緒の高校行こうとか言ってたのに試験で落ちたから何やってんだとは思ってたが、こんなことやってりゃ落とすか。むしろよく二次で受かった。すげぇぜ仲村。
「そういや【雛鳥】のランク上がってたぞ。懸賞金も上から二十には入ってたな」
「まあ、そんなものには興味ねぇけどな。懸賞金上がったんなら今みてぇな単発襲撃よりチームで来るのが増えそうか?」
「そうね。その分、貴方の仕事も増やしてあげられるわよ」
「勘弁してくれ……。時間給だからどんだけ壊されようと給料同じなんだよ……」
あっ、【雛鳥】って比喩じゃなくてチーム名なのな。それはともかく、何やら所属することによる危険度が増したらしい。どのみち襲われたら即死亡だから一か十なのだが。なんだ、問題ないじゃん。
「もう遅い、俺もそろそろ帰ろうかね。あまり長く話し込んでるのを見られても不都合だしな」
「なら、私たちも帰ろうかしら。新しいお仲間に色々と教えないといけないですし」
あっ、やっぱり帰れない感じ? どうせ家には誰もいないからいいけどさ。
「そんなこと言われたら帰れねぇじゃないか。お前らだから何かするとは思えんが、念の為だ、付いてくぞ」
「乙女の後を付けるだなんて、警察呼ばれても知りませんわよ?」
「今さっき似たようなもん殺したばっかの奴の台詞じゃねぇな」
付いてくるんだ、ますます帰れないじゃん。影薄いからそろぉっと抜けたらいけそうだったのに。
突如。爆音が鳴り響き、眩い光で目が眩む。敵襲か。そう思い身構えたが、光が収まって視界が戻った俺の目の前には、赤色の高そうな車が止まっていた。
車の前には、予め分かっていたのか、サングラスをかけて自慢気にしている洋子さんがいる。
「どうだ! 【雛鳥】の科学力の結晶、最先端の自律自動車だ!」
「良いことを教えてやる。今の最先端は無音なんだ。こんな近所迷惑カーじゃ最先端とは言えねぇよ」
「あら、煩いだけで害はないわよ?」
「害しかねぇわ」
こいつら漫才好きだな。
それはどうでも良いとして、だ。こいつに乗れば、もう日常には戻れないだろう。断れば死ぬかも知れない。しかし、逃げ切ることは出来るんじゃないか? 生憎と多少金は持ってるし、残して困る奴もいない。外国に逃げてどうにか生きていく程度は問題ないはずだ。
とはいえ、素直に逃がしてくれるだろうか。記憶が消される程度なら構わない、むしろ大歓迎だ。しかし奴ら、処理が面倒でなければさっさと俺も殺していただろう。いくら仲村がいるとはいえ、数的不利もある上に俺を守りながらの戦闘だ。応援を呼ぼうにも、中途半端な奴らじゃ足手まといにしかならないか。
悲しい自慢だが、影の薄さには自信がある。この場さえどうにかなれば、外国とはいえ新たな日常が始まるだけだ。どうする。一体どうすれば!
「お前は、助手席だ。さっさと乗れ!」
「あっ、はい」
さらばだ日常。
お前のこと、好きだった……。