パンドラの鍵〜終末に響く音〜
そこは、荒れ地だった。
誰が、どう見たって荒れ地であろうその地の名前は、リカレント大森林。
名前と見た目が全く似つかないこの地も、つい数日前までは国内最大の森林面積を誇っていた。
しかし、ぐるりと周囲を見回してみても生い茂る草木はどこにも見当たらない。せいぜい枯れ草や枯れ木がぽつりぽつりと残っているだけ。
そんな地になってしまっていた。
そんな荒れ地の中央、戦闘の影響で半球状にくり抜かれたクレーターに呆然と立っている少女がいた。
彼女こそがこの現象の元凶であり。
神だった。
「そんな……そんな……」
少年は、膝をついた。顔からは、十分すぎるほどの絶望が読み取れた。
絶望は少年だけではなかった。その後ろに控えていた全員が、少年と同じような表情をしていた。
少年は、仲間たちとともに魔法を紡いだのだ。文献を漁り、伝承を頼り、やっと見つけた最大級の魔法を。
それを、叩き込んでなお――少女は立っていた。
「人ビとの願イ、叶えルノがワタしの仕ゴと」
うわ言のようにつぶやく少女。その目の焦点はどこにも合っていない。
しかし、虚ろな眼差しは、ただひたすらに前を見つめているだけのようにも思えた。
それもそのはずである。かつて人間に願われたことにより生まれた少女。彼女に課せられた仕事その対象こそ、
「ヨッて、全じン類ヲ永遠の安らギにしズメル」
全てであった。
少女は、既に黒煙が上がり、軋む体でなお、古に刻まれた願いを叶えるために動いていた。
「……ダメだ、ダメだダメだダメだ!」
少年は立ち上がった。不思議と力が湧いた。
確証はない。だが、少女をどうにかするだけの力が、手段が。あるような気がした。
そして、それに必要な代償も。
覚悟を、決意を握りしめた。
「みんな……、今までありがとう」
少年は振り返り言うと、仲間たちに背を向けて駆け出した。いくつも飛び交う制止を聞かず、ただ、真っ直ぐに。
(絶対にさせるもんか。人類を……、皆を殺すだなんて)
その想いだけを胸に、少年は走っていた。
目標は、少女。体の所々に歯車や螺子のような機械的なパーツが露出している。
願い託されし機械じかけの偽神。
音を立てながら伸ばされた右腕の、更に伸ばされた指先から、魔法が弾き出される。
一発、二発、三発、どんどん発射されるそれは、例えば岩石だったり、例えば氷塊だったり、例えば火炎だったり。姿を変えて少年を狙った。
少年は、躱し、叩き割り、そしてあるときには被弾したり。けれども止まることなく進み、少女へと駆けていった。
後方から、音が聞こえた。声ではない。楽器の音。
音は不思議と体を軽くし、力を漲らせた。
少年の仲間からの、支援魔法だった。
この援護は、大きな力を発揮した。音は、少年に強化を施すに留まらなかった。
絶対に何とかする。その、決意を抱かせた。
少年は進撃した。立ち止まらなかった。強大な魔法が襲いかかってきても、着実に一步を進めていた。差を縮めた。
そして、もう少し、あと少し。というところまで辿り着く。
「イや、来……ルなッ、来、るナアああアアあア!」
「断る! 俺は、お前を、封印する!」
たとえ――命に替えても。
「解錠:転界」
少年は叫んだ。ねじ込まれた鍵が錆びついた歯車がギィィと回し、ガチャンと噛み合う音がした。
「――我が力は禁忌の鍵なり」
少年は、少女へと手を伸ばし、ついにその手が届く。
少女は抵抗しもがくが、少年の決意は強かった。
負けたくない、負けるわけにはいかないという、決意。
想いは、魔力を増幅させる。
「力を賭して希うのは、久遠へ続く悠久の鍵」
「や、メ――」
頭に浮かんだ言葉を、ただひたすらに口から出していた。
流れるように浮かんだ言葉を、流れるように吐き出して。
知らないはずの魔法を、詠唱を、ただ一音として違うことなく。
「命ともども世界転じて、永遠の刻にこれを封じよ」
放たれた音は想いとなり、魔力を生み出す薪となり、やがてそこに魔法を生み出した。
少女の顔に、初めて恐怖が宿った。だが、それに気づくことができたのは、少年だけだった。
「禁呪:不可能の箱ッ!」
詠唱を終えると、魔法が起動する。黒色の立方体が現れる。
それは容赦なく、少年と少女を喰らった。一瞬の出来事だった、
立方体は体積を二倍にまでを増やし、周囲を侵食した。
「施じょ――
ガチャン。音が少年の声をかき消した。
鍵は、閉じられた。黒い立方体は、消え去った。
不可能の箱、誰も、この魔法を知らなかった。使った少年ですら。
これは「パンドラの鍵」という能力を持つ者のみが使える、その命を代償にした封印魔法だった。
解くことのできない、完全封印。世界から消滅させるという方が正しいのかもしれない。
そこは、荒れ地だった。もとは森だった大地は青さを失い、中央にクレーターを構えていた。
そして更にその中央。キレイなまでにくり抜かれた正方形の穴。
少年の仲間たちは、ただ呆然とその穴を見つめた。見つめるしかできなかった。
こうして、人と神との戦いは終幕を迎えたのである。
〜〜〜Curtain calL〜〜〜
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…………………………おや、やっと気づきましたか。おはようございます。
随分とお疲れの様子ですね。先程までぐっすりと眠っていたんですよ。起こすことに、気がひけるほど。
それも、本を枕に。
ヨダレが垂れはしないかとヒヤヒヤしていました。ああ、謝らなくて結構です。ただ、本が傷むのでこれからはあまりしないようにしていただけますと……。
とりあえず、紅茶でも飲んで一息ついてください。ダージリンでとれた、春摘みのものです。この、キレイな黄金色と、花のような良い香りがとても素晴らしいと思いませんか?
砂糖とミルクはどうします? それか、レモンにしますか?
焼きたてのスコーンとクロテッドクリームは……さすがに準備できませんでしたが、小さな菓子くらいならありますよ。
コホン……。では、改めまして。ストーリークリア、おめでとうございます。
世界、救われてよかったですね。
まあ、主人公は死んでしまいましたが。
いいじゃありませんか。世界を救って、その英雄は殉職。素晴らしくキレイなお話ではありませんか!
とは言っても主人公の死を悲しむ者は、そう少なくはなかったはず。
……どうかされましたか? とても不服そうな顔をされていますよ? え、私が原因ですか? やだなあ。そんなこと言わないでくださいよ。
ただまあ、この結末に納得がいっていないのは、実は私も同じなんですよ。
もっと別な結末もありえたのでは? たとえば、決戦のとき、主人公の隣に誰かがいて、その人が禁呪の使用を止めてくれた、とか。
とは言っても、それを遂げるためにはまた別の誰かが足りていなかったかもしれません。もしかしたら、どこかで死んでいたかも?
いったい何を言いたいのかがわからない……ですか。
そうですね。あえて答えるならば、辿り着いてほしいんですよ。納得のいく、ベストエンドへ。
そろそろいい頃合いですし、始めましょうか。
何をって? 決まってるじゃないですか。やり直すんですよ。
さあ、本を再び開いてください。まだ物語は終わっていません。
終われません、とも言えますでしょうか?
準備はいいですね? では、探しに行くことにしましょう。より納得できる、よりよいエンディングを。
リスタート、です。