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階層機界が求めし彼女、はぐれし僕

 とある夏の日。僕の先輩であり、大天才、夏路 こおりは――消えた。

 僕の目の前で、記憶からも記録からも、文字通り消失した。


 騒がしい下校する生徒たちの声が遠くから聞こえる中、僕は教室の中巨大な装置の前で座っていた。

 たった二人しかいない科学技術部の部室に彼女が持ち込んだのは、カプセル型の奇妙な機械だった。そしてサプライズ好きな彼女は言った。


『この装置がなんなのか、見せてあげよう』


 そのまま装置の中に入り、それきり先輩という存在はなかったことになった。


 それがもう、半年も前の話。


 彼女がどうなったのかはわからない。それどころか、結局あの装置がなんなのかすら凡人の僕にはわからなかった。


「雄介、まだいたのか」


 僕に声をかけたのはこの部活の顧問の先生だった。


「……まだ、部活時間ですから」

「いつも特に活動せずそうやってこの変な機械見てるだけじゃないか。部員もお前だけだ」

「違います」

「はぁ……お前の言う夏路なんて生徒、うちにはいないぞ」


 います! と反論しようと口を開け、やめた。そんな話、今まで何度もしている。


「第一お前の話通りの天才だったら知らないなんてことありえないだろ。えっと、なんだっけ? 発明ばかりして、特許を企業に売っていたんだっけ?」

「……はい」

「そんなやつ、絶対有名になってるはずだろ?」


 なってたさ。先輩が消える前は、実際かなり有名な生徒だった。

 信じてもらえるはずがないのにわざわざ反論する気にもなれず、ただ視線を例の機械に向ける。呆れたようなため息が聞こえてきた。


「……下校時間には帰るんだぞ」


 扉の閉まる音。途端に静かになった教室で、ポツリとつぶやいた。


「先輩……この世界は、気持ち悪いです」


 あんなに存在感があった先輩をだれも知らない。僕だけが覚えている。まるで僕だけ別世界にいるようで、それが気持ち悪い。

 好奇心旺盛で、怖いもの知らずで、でもどこか女の子なところもあった先輩のことを、思ったよりも僕は慕っていたらしい。


「これを使えば……僕も先輩がいる世界に行けますか……?」


 気が付けば、僕はその装置に手を伸ばしていた。

 先輩が消えてから何も触っていないから、設定はそのまま。彼女がしていた操作をそのまま真似をして、中に入る。

 扉が閉まれば、そこは何も見えない暗闇だった。しかし何も起こらない。


「動かないのか……?」


 そう言った瞬間――ガンッ! と衝撃。僕は思わず尻もちをついた。


「いてて……げほっげほっ! 煙がすごい……なんか右目も痛いし」


 気が付けば、扉が少し開いていた。煙を吸わないように口を押えて扉を開けて、外に出る。


 すると僕の目に飛び込んできたのは——見たこともない景色だった。


「なんだ……ここ……」


 それはまず現実ではありえない、異世界のような景色だった。


 黒い巨大なキューブ状の無機物が連なってできた地面。空を見上げると、ビル五階ほどの高さで同じような天井が広がっていて、見慣れた青は見当たらない。

 右には壁があって、通路のようになっている。しかし左には崖が。見下ろしてみるが、そこは見えない。


 一歩踏み出した。かなり薄暗い。巨大化した蛍のような光がいくつか跳んでいて、それが唯一の光源だった。


「本当に異世界とか……? 誰かいないかな……」


 見渡してみるが、人の気配どころか植物などの有機物の気配すらない。圧倒されて口を呆然と開けたまま歩を進める。


 ――カカカカ。


 その時、不思議な音が響いた。その方向に視線を向けるが、暗くてよく見えない。すると突然その暗闇から何かが現れた。


 大きなトカゲだ。ただし、体は機械。体を覆うたくさんの金属プレート。その隙間からは筋肉みたいな青いワイヤーの束が見える。歩くたびにガチャガチャと音が鳴り、額部分には大きなレンズが赤く光っていた。


「……!?」


 一瞬でわかった。こいつはきっと、危ない奴だ。

 きっと猛獣と対面したらこんな感じなんだろう。足がすくむ。ジリとやつがこちらに近づいた。


 その時。


「一歩後ろに下がるんだ」


 突如鼓膜が声を感じ取る。僕は半ば反射的にその声に従った。

 僕を追うようにそいつは一歩前へ進もうとして――ズガンッ! と上から落ちてきた何かがやつに突き刺さる。それはまるで雷のようだった。機械の獣の断末魔、そして倒れ伏したそいつの上で立つ何者か。槍を突き刺したまま、そいつは立ち上がる。

 奇妙な姿をしていた。ピッタリ張り付いたタイツのような服に、肘や肩、胸部にはプレートが鎧のようにはめられている。そして極めつけはフルフェイスのヘルメットをスマートにしたようなマスク。滑らかなボディラインから女性と分かるが顔は見えない。


「あまり女の体をじろじろ見るものじゃないよ」

「す、すみませんっ!」


 自分の予想以上に見入っていたらしい。ハッとして反射的に謝罪する。彼女は籠った笑い声を軽く漏らすと機械の獣から槍を抜き取った。するとバチリと機械の獣から音が鳴る。大きなレンズも光が消えていて動く様子もない。彼女は槍をクルリと一回転させると、こちらに視線を向けてくる。


「で、君、こんなところで何してるんだい? 変な格好してるし、狩人じゃないね」

「あ、そうだ! 助けていただきありがとうございました!」


 腰を曲げて頭を下げた。もしかしたらあのまま死んでいたかもしれないと思うと、感謝してもしきれない。彼女の反応はどうかと顔を上げると、突然槍を突きつけられる。


「ヒッ!」

「聞こえなかったかな? 私は、なにをしてるんだい、と聞いたんだよ?」

「それは……!」


 言葉に詰まる。消えた先輩を追いかけてきました、なんていっても信じてもら得る気がしなかった。なんていうべきか頭を必死に回転させていると、彼女は首をかしげる。


「……ふむ、もしかして、記憶がないとかかな?」

「あ、ああ、そう……です」

「もしかして君は、『はぐれ者』なのかもね」

「はぐれ者?」


 とりあえずうなずいてしまったが、ついそのまま聞き返した。彼女は槍を引くと、指をピンと立てる。


「記憶喪失、おかしな衣服、場違いなところにいきなり現れる。これらがはぐれ者の特徴さ。それに君の右目もはぐれ者の最たる特徴だね」

「右目……?」

「はぐれ者は体の一部が機械なんだ。気づいていないのかい? 君の右目、機械だよ?」

「え……!?」


 反射的に右の眼球に触れそうになって、寸前で手を止めた。

 少なくともここに来る前、両目はしっかりとあった。でも彼女の言うことが本当だったら。

 恐る恐る右目に触れる。痛みはない。手触りは無機物のそれだ。

 いつ変わったのか、全く心当たりがない。あるとしたらここに来た瞬間だろうか。

 愕然とする僕に彼女は追い打ちをかけるように付け加える。


「君にはここが薄暗いと感じるだろう? でもそれはその右目のおかげだ。実際はかなり暗い。人を機化する装置はもっと深い階層(セクター)にあるらしいけどね」


 色々聞きなれない単語が聞こえてきたが質問する気にもならなかった。呆然としたまま一つ尋ねる。


「……僕は、人間ですか?」

「まあ一応はね。でも機化された人間をひどく嫌うものも多い。うまく隠すことだ。あとはぐれ者にはもう一つの共通点がある」


 すると彼女は顔を近づけてくる。逃げようとすると両肩をつかむ。思った以上に力があるようで、マスクをまっすぐ見つめることになる。


「それはね、奇怪な記憶だよ」

「記憶……?」

「そう、この世界じゃないどこかの記憶。はぐれ者は異世界からの漂流者だ、なんて言われているのはそれが理由だ。いや、そんなことはどうでもいいな。君の、知識を、私にくれないか」


 彼女はさらに顔を近づける。僕の鼻と彼女の冷たいマスクがこつんと当たった。

 顔は見えないがどことなく興奮しているように見える。その姿に既視感を覚え、つい。


「ちょ、落ち着いてください! 先輩!」


 彼女を引き剥がす。すると彼女は首を傾げた。


「センパイ? 私はそのセンパイとやらじゃない。しかしまあ、確かに話を聞くにはここは落ち着かないね」


 そういって彼女は明後日の方へ視線を向けた。かと思うとあの機械の獣の鳴き声が遠くの方でいくつか。先のことを思い出し、ヒッと息を飲み込んだ。


「少し移動しよう。歩くことになるが、集落がある」

「人がいるんですか!?」

「人がどころか、この階層には人しか生き物はいないよ。さあ、はやくいこう」


 歩き出す彼女の背中を追おうとして、寸前で足を止めた。

 初めて出会った人間だが、この人のことを信じていいのだろうか。助けてもらったのに疑うなんて。そう自己嫌悪しているところで、彼女は振り返る。そして納得したように「ああ」と口にした。


「そうだね、私は名乗ってすらいない。信じれないのも無理はないだろう」

「そういうんじゃ……」

「別に悪いことじゃない。そうだね、名乗っておこう」


 そういうと、彼女は自身のマスクに手をかけた。そのまま、勢いよくマスクを外した。


 やはり女性だったらしい。ばさりと広がる長い黒髪は後頭部で結ばれて。透き通るような白い肌に、二つの漆黒の瞳。小さな笑みを浮かべ、形のいい唇はその名を紡ぐ。


「私は、メイル。この階層の集落のリーダーをしているものだ」


 でもその言葉は僕には届かなかった。

 それどころじゃなかったから。


 見間違えるはずもない。彼女の容姿はまさしく――


「――先、輩……?」


 夏路こおり、そのものだった。

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