新たな試み
「慣れた」
そう,異世界に来てから2か月後,俺は自分でも驚くほどすっかりサバイバル生活に馴染んでしまっていた.
つい最近まで現代っ子だった人間が,いきなり原始時代にタイムスリップしたようなものなのに...
現代で培った知識を利用し,自分なりに試行錯誤しながら前に進み続けていたら,案外何とかなったのだ.
人間の適応能力ってすごいな...俺は改めてシミジミと実感した.
朝起きて歯を磨くように火をおこし,学校に出かけるように食料の採集に出かける.
そして勉強するように魚を獲り,調理する.
俺の体はすっかりこの生活に慣れてしまったのだ.
だが,そうすんなりと受け入れられるはずはなく,生活に慣れるまではかなりの障害を乗り越えてきた.
まあ簡単に紹介して行こう.
2か月前に火を手に入れた次に直面した問題は,水だった
.
小さな小川を見つけたまでは良かったのだが,小川から洞窟までかなりの距離がある.
そこで,小川にあった粘土質の土を利用して大きな壺を作った.
もちろん,壺の形に整えて乾燥させるだけだと強度が足りないので,ついでにその粘土を利用してかまどを作り,その中に粘土を乾燥させて作った壺をその中で焼いて土器のようなものを作った.
何度も試作を繰り返し,100作品目くらいでようやくまともな物が完成できた.
そしてここに川から運んできた水を貯めておくことで,水不足を改善したのだ.
また,川の水はかなり汚かったので,異世界に来た時に来ていた制服の布と,小川から採取した綺麗な砂を利用して簡単なろ過装置を作った.
だが,細菌などは取り除けないので,最初はお腹を壊しまくったが,1週間目あたりから体が適応したのか特に体調を壊すことはなくなった.
そして食料問題だが,これが一番大変だった.
食べれそうな果物はいくつか見つけたが,どれに毒が入っているか分からない.
この際味などどうでも良いが,毒は当たったら一発アウトだ.
そこで,俺は森に落ちている糞を調べたのだ.
糞の中に含まれている種をよく観察し,それと同じ形の種を持つ果物を食べるようにしたのさ.
何故かって?
まあ理由は単純だが,糞の中に種があるという事は,その種を持つ果実を動物が食べたということである.
つまり,動物が食べれる果実は人間が食べても最悪死なないだろうと考えた訳だ.
だが,これは大失敗.
まあ一応致死性の毒はなく,加熱して食べれるには食べれたが,現代人の胃には合わなかったのかお腹の調子を壊し3日間ずっと下痢が続くはめになった.
その後も1か月かけ何回か食べられるか,食べらないかの実験を己の体で行い,安全な果実を選び抜くことができたのだ.
死ぬほど苦しかったが.
他にも,石を砕き研磨することで石器を作ったり,つるを編んでカゴを作ったりもした.
このカゴがまぁ大変便利な代物で,まさにチートアイテムだった.
果物を採取するときの入れ物に利用したり,魚やエビ,カニなどの水生生物を捕獲するときの罠など様々な用途に使える.
意外な活躍であった.だがまだ素人の作ったものなのですぐに壊れてしまうことが欠点だが.
とまあ,いろいろトライ&エラーを繰り返し前に進み続けたことで俺の生活水準はこの2か月で著しく向上した.
人間,案外生死がかかっているとなんでもできるものである.
そして今,俺は新たなチャレンジをしようとしている.
それは 「狩り」 だ.
サバイバル生活を始めて2か月,魚や果物ばかり食べてきたが,いい加減「肉」を食べたい.
タンパク質が摂れていないせいか,度重なる重労働の疲労が取れずに体にガタが来ている.
それに,制服を水のろ過装置に使ってしまったせいで,現在は上裸で生活している現状だ.
獣やモンスターの毛皮をなめして上着を作り,今後来るかもしれない「冬」に備えなければならない.
最近また寒くなってきたしな.
しかし,罠を仕掛けて小型の魔物を獲ろうとしても,たいていは血の臭いを嗅ぎつけた中型の魔物に横取りされてしまうことが多かった.
特に目に3本の傷が入った狼型のモンスターには良く盗られたものだ.
それならば,直接その魔物を狩ればよいのではないか?という結論に至った訳だ.
だが,直接真正面から戦闘したところで恐らく勝ち目はないだろう.
まあそういう訳で,俺は「弓」の技術を極めることにした.
しかし,そもそも弓すら持ってないので,今から作ることになるが.
仕組みは至って単純で,森の中から丈夫でしなりの良い枝を拾い,少し曲げて弧の状態にしたまま乾燥させる.
そして,蔦を採取しもみほぐし繊維状にしたら,弦を編んでいく.
最後に,乾燥させて置いた枝の両端に切り込み入れて,弦を固定したら完成だ.
矢は同様に森の中から頑丈な木を拾い,石で鏃を作り先端に取り付ける.そして,後端には鳥の巣から集めた羽で作ったガイドをつけて制作した.
まあ完成とは言っても,素人の技術なので見た目も性能もボロボロだが.
さらに単純とは言ったが,うまく的に当てる為には相当な精度が必要だ.
ちょうど良い大きさの木に傷をつけて円型の的を作り,そこでひたすら空いた時間に矢を当てる練習をした.
最初はそもそも的にかすりもしなかった.
試作した弓も,50本ほど矢を放てば折れてしまうことが多かった.
だが,このようなトラブルなど日常茶飯事.もう何の弊害でもない.
そして,2週間が過ぎたころ,ようやく木に当たり始めた.
初めは弱々しかった矢の威力も,少しづつコツをつかみ次第にしっかりと木に刺さるようになった.
弓には何度も改良を施し,より正確かつ威力のある物へと変貌を遂げていった.
そして2か月後......
的にしていた木はすでにボロボロで,今にも倒れそうな状態である.
あと一矢でも当たれば脆く倒れてしまうだろう.
そう,俺はこの木を弓のみで倒すことが目標だったのだ.
「的の木を矢で削り取り,倒すことができれば修行の終了」と己の中で定めていた.
そして今日,ついにそのときがやってきたのだ.
当然,木はもうボロボロに削られているので矢の当たる面積も小さい.
俺は慎重に弓を引き,狙いを定めた
そして,静かに矢を放す.
ヒュッ
っと風を切り,矢は見事木を貫通した.
そして,木は自らの重みに耐えられなくなり,ついに崩壊した.
よし!!ようやく素人なりに納得の行く物が出来上がり,何とか狙った的にも当てれるようになったぞ!!
こうして俺もまともな「武力」を得て,モンスターと対等に戦うことができる.
今までは,中型のモンスターに見つからないようにこそこそと活動していたが,それも今日でお終いだ.
さて,ようやく狩りの時間が来たぜ!!!