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魔女集会で会いましょう  作者: 四宮 煌
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その1 出会い

俺は彼女を殺さなかった。否、殺せなかった。




外は雪がさんさんと降っている。そういえば、彼女と出会ったのも雪の日だった。俺は誰かを殺したがっていて、彼女は死にたがっていた。だから、俺たちの相性はすごくよかったのだろう。もっとも俺は彼女に拾われただけだが。俺は孤児だった。世に言う、戦争孤児だよ。子供ながらに世界は残酷であることを認識して、自分が生きることだけを考えていた。だから、自分が生きるのを邪魔するものはみんな殺した。今考え直してもそれが間違っていたとは思わない。あの時はあれが最善だった。




あれは俺が15歳の時、とある街で食べ物を求めた。その街には戦災者用の補給所みたいなところがあってね、俺はそこでパンをもらおうとしたんだ。そうしたらいろんな人が邪魔をしてきたので全員殺した。みんな自分のパンを得ることに必死だったんろう、互いが互いを殺そうとしていた。もちろん俺もそうした。しかし、生きるためのそれが仇となった。街を追われたんだ。きっと俺の顔は全国の街に知れ渡っただろうね。行く先々の街で俺は入場を許可されなくなったんだ。ある冬の日に行った街では運の悪いことにペストが流行していてね、俺はそこで魔女の使い魔と言われたんだ。そこからは逃げた。だが、残念ながらもう別の街に行くだけの気力はなかったんだ。すぐ近くにあった森に入って追ってをやりすごそうとした。これはそこから先の俺の物語。主人公は俺だ。




彼女との出会いは、彼女の放ったこの言葉からだ。


「生きたいか? お前は、生きることを心の底から望むか?」とても美しい声だった。


彼女は俺に剣を向けながらそう問うた。まるで、問いに答えなければこの場で殺すと言わんばかりに。もちろんだ。しかし、困ったことに俺はその問いに答えることができない。喉がカラカラに乾いていた。だから俺には口を動かすことしかできなかった。はたから見ればそれはとっても滑稽なことだったんだろう。すると、彼女はグラス一杯の水を取り出した。何もない空間から、だ。それはみて俺は思った、彼女は人ならざるものである、と。彼女は俺にそれを差し出した。俺はそれを必死に飲んだ。するとどうだろう、グラスが空になることはなかったんだよ。満足するまで飲んだ後、俺は彼女にこう返した。


「もちろんだ。俺は、生きるためにここまできた。俺は生きる。たとえどんな手を使ってでも」


虚勢を張らなければ口は開けなかった。


「お前は、なんのために生きようとしている。何がお前にそこまで生へ執着させる…」


「そんなことは決まっている、俺にはまだやりたいことがある。生きたい場所もある。それに、俺の物語はまだ完結していない。それを書き上げるまで、俺は死ねない」


「なんのために… お前はその物語を紡ぎたいんだ?…」


彼女は聞かせる気があるのかどうかわからないくらいくらいの声で問う。


「問いを変えよう。お前は、生きることは美しいと思うか?」


「生きていなければ何も経験することができない。美しいことも、醜いことも、なにも。逆に問おう、お前は生きることに美しさを感じないのか?」


「なぜ美しいと思える? 私はな」


彼女はそこまでいいかけたとき、唐突に持っていた劔を振った。飛んできた矢は綺麗に割れていた、いや切り裂かれていた。


「もう一度問おう、少年。君は生きることを望むか? 望むのなら私と共に来るがいい。但し、これは契約だ。私はお前が生きるための力を与える。代わりにお前は私に生きる意義を教える。私に、永遠を生きる私に生きることの楽しさを教えてくれ。」


「もしもあなたが理解できなかったら?」


このとき、俺は意識を恐怖やら様々な要素ですでに手放しかけていた。彼女は小さく笑いながら


「ほう? 口調が変わったな、少年。今までの態度は虚勢だったか。まあいい、もしも私がそれを理解できなければお前は永遠より長い時を生きることになる。厳密にいえば私を受け継ぐんだ。人々に憎まれながら永遠を生きる。地獄という言葉では表せないな。これから結ぶ契約はそういうものだ。まあ、この状況で問うのも酷だ。一度私の塒に連れ帰ってやろう」


と言って、彼女は俺の返事を聞くこともなく俺を抱え上げた。そこで俺の記憶は途切れている。




目がさめるたとき、目の前にあったのは暖炉だった。


体中が痛む。よくみるとあちこちに治療が施してあった。


まだ生きている。そのことに安堵する。


「目が覚めたか? 少年」


「何をした。魔女」


「おやおや、ご挨拶だな。少年。助けてもらってそんなことを言うか。君の体に刻まれていた無数の傷を治療しただけだ」


彼女は小さく笑いながらそんなことを言う。


「そうか、ありがとう、魔女。ところで、お前の名前は?」


「もう忘れてしまったよ。私がこの世に生を受けたのはおよそ1000年前。私は呪われし子供として生まれた。それでも親は愛情を注いでくれたさ」


「その呪いというのは?」


「知るまで死ねない」


「どういうことだ? 人に物を教える時は事実関係を明確にし、簡潔に説明しろ」


「無理を言うな。私にだってわからんよ。それに、それがわかっていればしなくて済む苦労もあっただろうさ。私の他にも呪われし子は数人いてな、そいつらは既に死んだ。100年くらい前のことだ」


「つまり、そいつらは知るべきことを知った、と」


「そういうことだろうな。私はな、少年。疲れたんだよ。いつの時代も争いを繰り返す人間たちを見るのに。いつの時代も特異な者を探し出して狩ろうとする人間たちと一緒に暮らすことに。普通の人間ならば死んでいるだろうことを幾度となくされたさ。300年ほど前のことだ、こことは遠く離れた別の国でやはりペストが流行したんだ。当時そこで生活していた私はある街の民に薬を作って渡したんだよ。その街ではペストにかかっても私の薬を服用すればすぐに治った。噂はすぐに広まる。あの街には病気を治せる魔法使いのような医者がいる、とな」


「嫉妬、鬱憤ばらし。理由は腐る程あげられるな」


「その通りだよ、少年。察しが良くて実に助かる。その街は、病気を広めた街として疑われた。当然だろうな、国中が病気で苦しんでいる中その街だけは病気の影響を受けなかったんだから。街は病気の影響をうけない理由として私をあげた。おかしいとは思わないか? 少年。 その状況で私を指したら私がどうなるかくらいわかっただろうに!!」


彼女は悲痛な顔をしていた。


「いや、すまない。激昂してしまった」


「気にするのか。魔女らしくない」


「そういうお前はいい加減その口の悪さをどうにかしたらどうだ?」


「お互い様だな。さておき、さっきの続きだ。そうだな、よほどの阿呆か馬鹿でない限りお前がどうなるかはわかるだろう。しかし、わかったところでそれがどうした」


「なんだと?」


「お前を差し出せば自分は助かる。町民の殆どがそう思ったのだろう。そして、彼らの意志は統一された。結果は自明だ」


「ふっ、愚かだな」


「そうかな? 自らの身を守る、という生物本来の考えを忠実に実行している。とても生物らしい」


「しかし、それを人間とお前は呼ぶのか?」


「どうかな? 魔女よ、お前の中で人間とはなんだ?」


「他人に対する優しさをもつことだ。だが、それは決して自分を押し殺して他人を優先することではない。自分を含めたすべてに思いやりを持つことだ。だが」


「だが?」


彼女は少し言葉を切って


「ときにはそうすることができないこともある。そうなって迷って葛藤してそうして出した答えを実行する、それが私の中での人間だ」


「理想が高いな」


彼女は自嘲するように笑った。


「そうかもな。だがな、少年。私だって伊達に1000年も生きているわけではない。実現不可能な希望なんてとっくの昔に捨て去っているさ」


「つまり、お前はそれが実現可能だと、そう思っているのか?」


「もちろんさ。いつの時代にもそういう種を持った人間はいた。ただ、彼らは早死にしすぎた。だからこそ、今回はきちんと保護したのさ。世界を変える前に死なれても困るからな」


何を言っているんだ、彼女は。


「どうして、そんな顔をする? 自分がそういう人間であることが信じられないか?」


「もちろんだ。俺は今まで自分が生きるために何人も殺してきたんだぞ? その俺が優しいだと?


正気か?」


「もちろんだとも。お前にその自覚がないだけだ。時がたてば私の言うことがわかるさ」


「そうか。それで魔女よ。力とはなんだ?」


「なんのことだ?」


「先ほど言っていただろう。生きるための力をくれる、と」


「そのことか。さっきも言った通りだ。これは契約だ。私はお前に力を与える。代わりにお前は私に生きることを教える」


「それは別に構わないんだが、なぜ生きることなんだ?」


「さっきも言っただろう。わたしは知るまで死ねない、と。そして、長生きしてるうちにほとんどのことは理解したし、知っているつもりだ。しかし、ここまで生きておきながら私はいまだに生きることは知らない。だからだ」


「いいだろう。ところで、与えられる力とはどのような力なんだ?」


「さあな。私が知るものか」


「ずいぶんと無責任だな」


彼女はまたも小さく笑った。


「そうだな、私の言い方が悪かった。力とは与えられるものではなく、自分から取りに行くものだ。自分で選んだものを。お前が今最も欲している力を」


「どこからだ?」


「どこからだと思う? まあ、お前にそれを当てることはできないと思うが」


「…さっきも言ったが、人に物を説明するときは事実関係を明確にしてだな」


「説明する気はない。私が教えるつもりは毛頭ない。お前が、自分で見つけるんだよ、少年。私が教えてしまっては意義が消えてしまう。私の願いにはそぐわない」


「いずれわかる、と?」


「そうだな。気軽にそう言えれば非常に楽なんだが、残念ながらそうとも言い切れない。さっき言った“早死にしすぎた”にはな、力を得ようとして死んだ者もいたんだよ」


「しかし、彼らは“優しい”のではないのか。死ぬような力の得方をしたのではないだろう?」


「人間を買いかぶりすぎだ、少年。綺麗な、あるいはまっすぐな者であればあるほど力を得ようとする。なぜかわかるか?」


黙って首を振った。


「まがったものをまっすぐにするために、汚いものを綺麗にするためには力を使わなくてはならない。曲がったものをまっすぐにすることはつまりまがったものを再度曲げることだ。彼らはそれを自分が正しいと思いながら行う。自分が同じことをやっているとは夢にも思わずにな。それも無自覚に、だ。無自覚な悪意とは最もたちが悪い」


背筋が震える。自分も同じことを考えていた。


「なら、俺にその力を手にする資格はないな」


「なぜだ? さっき言ったろう。お前には資格があると」


「俺は、曲げようとした。少なくとも俺はまっすぐではないと思っているこの世界を曲げようと考えた」


「何か勘違いをしているようだが、私は“たちが悪い”といっただけでそれが悪いことだとは一言も言っていない。そもそも、善悪とは相対的なものなんだよ、少年。お前の見ている世界では正しいことが他人の見ている世界では悪である、なんてことはざらだ。さっき私が言った“優しさ”というのも時に悪になりうる。考えてみろ、人殺しは悪いことか?」


「もちろんだ。人を殺すことはすなわち社会的資源の喪失につながる。それが横行してしまえば社会そのものの存亡にかかわる。それは社会生活を営む人間としては悪いことだ」


「たとえそれが今にも死にそうで、生きているだけで他人に迷惑をかけ自らも苦しみ、そして死ぬことを望んでいながらそれがかなわない人間であったとしても?」


寒気を感じた。ふと見ると暖炉の火が消えかけている。それを見た彼女が指を一度ならしただけで火が復活する。


「その人間を殺すか? お前は」


「ああ」


「お前はそれで後悔をするか?」


「いや、しないだろう」


「そうだ、そしてお前はなぜその人間を殺した?」


「哀れみ、同情。一番大きな理由は慈しみだ」


「だろう? それが優しさだ。だがそれはお前の世界にとっては悪だ。つまり、お前は優しさという感情と正義感という感情を天秤にかけ、優しさをとったわけだ。そういうことだ、お前に資格がある、といったのはな」


理解はした。しかし納得しかねる。


そんな俺をみて魔女は楽しそうに、しかしどこか寂しげに


「さあ、今日はもう遅い。続きの話は明日しよう。力を得るための儀式、についてもな」


と言って、部屋を出て行った。


いつの間に、雪は止んでいた。

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