第六十五話 幸せの連鎖
改稿しております
「お父さん、だな」
「お前なあ……」
からかうようなウェズの口調に、先程自分がエリックに掛けた言葉を思い出しエディンは柄にもなく赤面してしまう。恥ずかしそうに片手で顔面を覆うと、その場に屈み込んでしまった。
(まさか、レイシャが子を授かっていたなんて)
今から四年前──つまり、エディン達ルーラン家がライルの里を追われてから八年後、確かに彼はレイシャに再会していた。
本当に偶然、奇跡的に戦場で──船上で再会したのだ。──そして。
(あの時に子供が──……)
「なあ、エディン」
こっそりと立ち上がったネスは小声でエディンに話し掛けると、彼の剥き出しの肩をツンツンと突付いた。
「……なんだ?」
「エディンはレイシャさんと、その……婚姻はしていたの?」
「いや、してはいない。しかし、ライル族が子を授かるということは、婚姻と同義なんだ」
「姪っ子の夫……」
「なんだ?」
「いや……」
ネスの兄ルークとレスカの母リンネイの娘がレイシャ。ということはネスからみると、レイシャは姪なのだ。つまりエディンは姪の夫。
「どろどろじゃねえか……」
ネスは青ざめ、一人頭を抱えた。
「ちょっと待てよ……?」
先日のルークの事といい、この度のアンナやエディンの事についてもそうだったが──子供がいた、子供が出来た──というこの流れ。
(まさかとは思うけど、この流れに俺、巻き込まれたりしないよな……?)
相手が誰かということは、言わずもがなである。
「おい、ネス大丈夫か?」
突然煩悶し出したネスに、エディンが恐る恐る声を掛けた。
「大丈夫、だと思う……」
「なんだそれは。というか、姪の夫ってなんだ」
「ああ……それね。それは──」
──と。
(なんだ……?)
──視線。
ネスとエディンがその鋭い視線に気が付き振り向くと、四人目の騎士団長が不機嫌そうに二人を睨み付けていた。
「す……すいません」
ネスが頭を下げると、四人目の騎士団長は不快感を隠すことなく大きく溜め息をついた。
『ふん……流石はシムノン・カートスの息子。なかなか失礼な奴だ』
髪が短く、つり目のエルフだ。ネスとエディンが話し込んでいる間に名乗ったのだろう、彼は不満だけ漏らすと、早々に身を引いて翁に場所を譲った。
(……第一印象最悪だな、これ)
顔を合わせたときには、きちんと謝罪をせねばならないなと、ネスは心に留めた。
『なんじゃファヌエルの奴。もう一度名乗ってやればよいものを』
翁はファヌエルと呼ばれた先程の短髪のエルフを見やったが、当の本人は顔を横に背けたまま翁の顔すら見ようとしない。
『まあ良いか……ではお主たち、傷も癒えているようじゃし、早々に無名の討伐に行ってもらおう。戦姫や、して無名の本拠地はどこなんじゃ』
「はあ? 現地集合ってこと?」
『待ち合わせて行くのか? この面子で』
アンナも不機嫌そうだったが、翁も同様に顔をしかめていた。破壊者三人とウェズ、レスカ。それに騎士団長が四人も並んで歩く姿は──あまり想像したいものではない。目立ちすぎる。
「いや、それはもっと嫌ね……」
『じゃろう?』
「まあ、ここはあなたを信用して、本拠地を教えるしかないようね。先に踏み込んだら、騎士団長全員殺すからね」
『出来ないくせに、何を言いよる』
眉間に深く皺を寄せて舌を打ったアンナは、無名の本拠地であるズコ地方の山峡の座標を翁に告げた。
「でも翁。今すぐってのは無理よ」
『はあ? なんでじゃよ』
「式があるのよ」
『式?』
式というアンナの言葉に、ベルリナ以外の者は皆首を捻った。
「ほら、あたし今年で百歳だから、誕生日に、式」
『なんじゃったかの。ファイアランス王国は、何かやるんかいの?』
「結婚式。えーっと……十日後だから、準備とか含めたらとりあえず国に帰らないと間に合わない」
『あー……そういう風習があるんじゃったな』
「そ。まあ、父上のお怒りを買ってもいいって言うのなら、先に無名を討ちに行ってもいいんだけど」
『いや……儂、あいつ好かんけえのう……』
(結婚式……? 結婚式……?)
「けっ……けけけけけけ結婚式ぃ!?」
「ちょっとネス、うるさいわよ」
「いや、ごめん。でも……いや、はい、後にします」
立体映像のファヌエルに睨まれたので、ネスはなんとか好奇心を押さえ込み、一先ず言葉を止めた。そんなネスの後ろではウェズがショックの余り、頭を抱えて屈み混んでいた。青い顔でブツブツと何か呟いている。
『では集合日はそれでよいかの──』
ネスがウェズを見つめている間に全てが決まってしまったようで、翁は話を切り上げ『ではの』と通信を切ろうとしている。
『あ、待ってくださいよう、翁』
『なんじゃよ』
翁の後ろに下がっていたベルリナが、ひょっこりと顔を出した。
『アンナさんと話がしたいんです。通信機器の片付けば私がやっておきますから、お願いしますよう』
『はあ……まあ、良いわぃ』
『好きにしぃ』と言う言葉を残し、翁と三人の騎士団長は、ぞろぞろと姿を消した。
*
「──で、何よ、ベル」
先程眉間に刻まれた深い皺は多少薄くなったものの、アンナの表情は依然として良いものではない。
そんなアンナのことなど知ったことかという態度のベルリナは、ニコニコと御満悦の様子である。
『アンナさん、ちょっと』
「なによ」
控えめに手招きをしながらベルリナが小声でアンナを呼ぶので、仕方なしにアンナは立ち上がった。ベルリナの立体映像の前まで行くと、更に手を招くベルリナの口許に耳を寄せた。
『最後のアレ、いつか覚えてます?』
手招きまでして、口許に耳を近づけるようアンナに要求しておきながら、ベルリナは室内の男どもの耳に届くには十分すぎる声量で言葉を発した。
「なっ……ちょ……ベルっ!」
ベルリナの言葉に、当然アンナは耳まで真っ赤になった。振り返った彼女と視線の合った男三人の内、二人は勘づいて彼女同様赤面し、顔を伏せた。
状況を飲み込めていないのはそう、ネス一人だ。
『いいから、いいから、教えて下さい』
「……っ! えっと……」
火が出るのではないかというくらい赤い顔になったアンナは、考え込むように左手の親指を唇に添えた。そして小声でそれをベルリナに伝えた。
『ふむふむ……。それなら現在妊娠五ヶ月ってとこですね!』
心底嬉しそうに、声を弾ませてベルリナは叫んだ。
アンナは恥ずかしそうに右手で顔を覆い、大きな溜め息をついた。
「それ、叫ぶ必要あったの?」
『幸せはみんなで分かち合ったほうが、楽しいじゃないですかあ』
「もういいわよ……。じゃあベル、改めて頼むけど、母体転移って術──」
『はーい、今からファイアランスに向かいますよ。マリーローラーンさんに移すんですよね』
マリーローラーンは三十歳(人間でいうと六歳)年上のアンナの姉だ。アンナは出産経験のある姉に、既に転移を頼んでいた。
知り尽くしている姉がアンナに掛けた言葉は『私は構わないけど、本当にいいの?』というものだった。
──「どういう意味?」
──『一時的にとはいえ、自分の子を人に移すのよ? 本当にいいの?』
──「姉上だから、安心して任せられるのよ」
妹の本心に、姉は息を飲んだ。
緋鬼、戦姫と称され、現一族最強の殺し屋──アンナリリアン。
泣き叫ぶ赤子も、命乞いをする老人も、情け容赦なく殺しに殺してきたあの妹が、まさかこんなことを言う日がくるだなんて──。
「大丈夫よ。あたしは死なない。必ずその子を迎えに行くわ──」
「そうだけど、姉上じゃ不都合があるの?」
『いいえ、ただ私がマリーローラーンさんに会いたいってだけです』
「……あっそ。ところで、ベル。術ってどうやって解くの?」
『選べますよ。色々パターンがあるので。まあ、それは会った時に説明しますね。今は時間が押していますし』
「そうね。それじゃあまた──よろしくね」
『はーい!』
元気な声で返事をし、敬礼まですると、ベルリナは通信を切った。
アンナはぎこちなく、ゆっくりと振り返る。ぎぎぎぎ、と、首を動かす音が聞こえてきそうだ。
「ちょっと……そんなあからさまに『質問させろ!』って顔するのやめてよ」
「「だって!!」」
ネスとウェズが同時に叫ぶ。呆れたアンナはやれやれと首を横に振ることしか出来なかった。




