5.5 Don't remind me.
「嫌なことを、思い出させないで」
一人の要人を殺す度に懸賞金額が上がった。
一つの国を潰す度に懸賞金額が跳ね上がった。
人を殺すことで生計を立てる。
自分と皆が生きていく為に人を殺す。
人を殺す為に力を身に付けた。
どんな修業にも訓練にも耐えてきた。
そうして強くなる度に世界から疎まれていった。
そんな生活だった。
仕事を済ませ数週間ぶりに『家』に帰ると、いつも兄が一番にあたしを出迎えた。
「おかえり」
そう言って兄は、あたしの頭を撫でる。
「またそんな怖い顔をして。そんな怖い顔ばかりしていると、折角の美人が台無しだぞ」
刀の扱いは父に教わったが、戦闘の基礎は兄に教わった。一対一の特訓や戦場に赴いての実戦。たった一人で数万人規模の戦場に放り出されたこともあった。
一度大きな失敗をして父に地下牢に入れられた。兄は牢まで会いに来てくれた。
兄が異常なまでにあたしを可愛がっていることは分かっていた。分かっていたが知らないふりをしていた。
それは歪んだ愛情だった。
恋人が出来た。
仕事を済ませ、数週間ぶりに『家』に帰ると、彼は国の入口まで出迎えに来てくれた。
「おかえり」
そう言って彼は、人目も気にせずあたしを抱きしめ口づけをする。
「またそんな怖い顔をして。ま、君はどんな顔をしていても魅力的だけどね」
神力の扱い方は二人の臣下と彼に教わった。彼は神力の扱いに関しては、ずば抜けたセンスを持っており、力を持て余していたあたしはこれを身に付けることにより、また一段と強さを増した。
次第に彼と過ごす時間が長くなっていった。
兄があたしを出迎えることはなくなった。
惨劇が目の前に現れる。
血、傷つけられる臣下達。
破壊された国。
殺された大切な人。
傷、かけられた呪い。
ああ、嫌だ、思い出したくない──
アンナは目を覚ました。
「──ハァ……ハァッ…………夢、か」
窓の外を見る。辺りはまだ薄暗い。目覚めると同時に抜いた陽炎を鞘に戻す。
恐怖と孤独感が荒波のように押し寄せる。
「うっ……誰……か──」
そう言って一人、己の体を抱き締める。
誰もいない、空虚な部屋。
体が、震えている。
いつからだっただろう、こんな夢をみるようになったのは。ベッドから出て身支度をしながら、アンナは考える。
忘れてしまいたいのに、それが出来ない。
壁に備え付けられた鏡を見て、右耳につけた黒真珠の二連ピアスに触れた。鏡に映る表情が、ふと悲しげになった。
「……嫌な顔」
そう呟くと、アンナは逃げ出すように部屋を出た。