第五十八話 続・騎士団長達の集い
騎士団長は一応、第一から番号順に登場させています(無駄な拘り)。一度でも登場したキャラクター(過去に名前だけの登場のキャラクターも含める)については、割り込んで登場している場合もあります。例えばガブリエルは二十話 「二人の叫び」に登場済みです。
「やあやあオルネア! んーんっ! やはり君は美しいな……ところで……今晩、どうだい……?」
前髪をぶわっとかき上げながら、男はオルネアに迫る。後退りするオルネアは広い廊下の隅へと追いやられ、彼女の背は壁へと吸い寄せられた。男は壁に左肘を付くと、オルネアとの距離を更に詰め、その秀麗な目で彼女の顔をじいっと見つめた。
「アイザックかと思ったよ……」
「アイザックかと思ったぞ……」
デニアとクラリスが順に言うと、オルネアは作り笑いを張り付けた顔をゆっくりとこちらに向けた。
(助けろって意味かな……)
(助けろって意味だな……)
「おーぅ! クラリスもいたのだなあ! すまないすまないすまないねえ! オルネアの美しさに気を取られてしまい、申し訳なかったあ!」
第十六騎士団長パラシエル・パフィオペデォルムだ。彼は十本全ての指に、色とりどりの宝石のついた指輪をはめている。
右手の人差し指を立て、それを天井に向けてビシッと突き立てポーズを取るパラシエル。真っ赤な宝石が照明を受けてきらりと輝いた。
(眩しいし……)
(眩しいっての……)
(眩しいですわ……)
「パラシエル、なんだ」
不機嫌そうにクラリスは言う。
「なんだとは酷いなクラリス! いやあいやあいやあね、その話、俺も混ぜてもらおうかと、そう思ったのさあ!」
そんなクラリスの不機嫌さを知ってか知らずか、パラシエルの態度は変わらない。
「いや、もうこの話は終わったから。オルネア、行くぞー」
「あ、はぁい」
派手派手しい長身の男を、三人揃って置き去りにする。
「デニア、オルネア、それ急げ、大会議室は目の前だ。分厚い観音開きの扉が、口を開いて私達を待っている」
「それ急げ!」
「やれ急げ!」
「……何ですの、それ」
三人はそそくさと大会議室に踏み込んだ。
「ぞんざい! ぞんざい過ぎないか三人とも!」
じたばたと両手を振り叫びながら、パラシエルもそれを追った。彼が手を振り回している間じゅうずっと、十個の宝石が照明の光を受けてきらきらと輝き続けた。その輝きは多少ではあるが、大会議室内にいる面々の視界をもかき乱した。
「うるせえな……それに眩しいっつーの。アイザック……いや、パラシエルかすまん間違えた」
大会議室の真ん中に鎮座する黒い蛇紋岩の長机に、行儀悪く両足をのせたライル族の女は、不自然に長い指で頬を掻きながら派手男に謝罪した。
彼女は第十七騎士団長ローリャ・ライル・ローズ。足で机を蹴り、椅子の背もたれに思いきり重心をかけると、彼女はくるりと後ろに身を回転させた。たんっと安全靴で床に着地すると同時に、転けかけていた椅子を右手で支える。首をぶんと振り、乱れた前髪を正すと、長い橙色の三つ編みもそれにつられて蛇のように宙を舞った。
「痛いっ!」
隣に座っていた短髪のエルフの額に、ローリャの三つ編みの髪止めが的中した。
第十八騎士団長シャギエル・シモバシラ。彼は「酷い、酷いようローリャ」と赤くなった額を押さえ、涙声で彼女に訴えている。
「すまん、ウチが悪かった。だからシャギエル泣くな、男だろ! 泣くなっての……ったく、ニノも泣いているし、どーしろってんだ」
ローリャの視線の先、四つほど右手の椅子に腰掛けたニノは、鼻をすんすんとならして目を潤ませていた。
「だって、アイザックさんが、僕のこと、無視、したんですもんっ」
「気が付いてなかっただけだろって何度も言っているのにー」
そう言って右隣に座っている第十二騎士団長──ナゼリアの町でアンナに話しかけてきた男、ミルスラ・ミントが、ニノの頭をぽんぽんと叩いた。
「何ですのこの状況……全然集まっていない上に、泣いている輩が二人もいますわ」
オルネアが呆れるのも無理はない。二十四人中集まっているのは、今到着したデニア、クラリス、オルネア、パラシエルを合わせても十二人──半数が揃っていないということになる。
「怪我人は治療中だし、その内揃うんじゃねえの」
ローリャと同じように行儀悪く椅子に座っている男──破壊者達を儀式の間に案内する役を務めた、第七騎士団長イダール・インパチエンスが口を開いた。包帯を巻いた頭の後ろで腕を組んだ彼は、右頬に大きなガーゼをあてていた。彼がこの度の件で軽傷で済んだのは、姉のイリスが彼を庇ったからであった。
一時意識不明だったイリスだが、現在は意識を取り戻し、会話が出来るほどにまで回復していた。
「イダールの言う通りだ。皆、ぎゃあぎゃあ言ってないでさっさと座ったらどうなんだ」
口を開いたのは、イダールの正面に座る魔法使い──第十九騎士団長タチアナ・タチアオイだ。見るからに血の気の多そうな濃い金色の瞳をぎらつかせ、彼女はローリャと同じように、首を振って皆に席に着くよう促す。それと同時に白髪の長いポニーテールと大きな輪のピアスが揃って揺れた。
何かに気がついたタチアナは、顔をくるりとドアに向ける。涙を堪えきれずに泣き出してしまっていたニノも、それに倣う。ドアの外側にいたオルネアは、少しだけ顔を動かし、自分のすぐ右手を見た。
「「「翁が、来る」」」
三人が同時に言うと、その視線の先の何もない空間から音もなく、ぱっと、一人の老人が現れた。座っている者は即座に立ち上がり、その姿を目視した騎士団長たちは皆、翁に向かって敬礼をする。
騎士団最高顧問兼相談役──通称 翁。持病の腰痛が多少回復したのか、彼は背筋を伸ばし、悠々と歩く。それほど大柄ではないこの老人が纏っている空気は異質だ。魔法使い特有の白髪を一纏めにし、長い髭を撫でながら彼はぐるっと周囲を見渡した。
「んん? 全員揃っとらんのか。カクノシンや」
翁が大会議室内にいる第十騎士団長カクノシン・カキツバタに声を掛ける。
はい、と静かに返事をしたカクノシンは、翁に促されて現状を報告する。
「現在この場にいるのは十二名。揃っていないのは──」
と彼が言いかけたところで、医務室にいた五人が足早にやって来た。五人は翁の前で足を止めると横一列に並び、揃って頭を下げた。
「遅くなり、申し訳ありません!」
「構わん、構わん、ベルリナ。とりあえず皆、中に入りーや」
そう言って翁が室内に入ったのを見届けてから、五人はその後に続いた。
「カクノシンや」
「はい。続けます──揃っていないのは第五、六の二人──こちらは怪我の治療中です。残りの二十、二十一、二十二、二十三、二十四の五人はいつものことですが……駐屯地が遠方な為、もう少しかかるようでござる……ございます……いや、かかるようです」
ごにょごにょと尻すぼみになって、カクノシンの声は消えた。 三つ隣に座っているイダールだけが訝しげに彼を睨んだ。
「まあよかろう。とりあえず全員揃うまで、ちょっとゆっくりしとこうや」
翁は運ばれてきた琥珀色の紅茶を啜った。「熱い」と言いながらも、ふうふうと息を吹きかけては、それをずずっと啜る。
「ところで翁」
「んー? なんじゃガブリエル?」
続けて運ばれてきた、甘い香りを放つ菓子を摘まみながら翁は、斜め左側──三つ離れた席に座る、野太い声の大男に視線を投げた。
「単刀直入に言うわ、翁。『無名』の本拠地は分かったのよね」
「んーや、わしは知らん。恐らく戦姫がその情報を得るじゃろうから、騎士団はそれに便乗して無名を落とす」
会話の合間にも翁の口には、どんどん菓子が吸い込まれていく。手元の菓子がなくなったので、彼はすぐ斜め右前に座るニノの前に置かれた皿から菓子を奪って食べ始めた。その様子をニノは、にこにこと笑顔を浮かべながら見ていた。
「誰を送り込むの? というか、今回はどうやって決めるのかしら?」
ガブリエルの問いに、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの笑みを張り付け、翁は「ふっふっふっ」と悪そうな声を上げた。
「今回はのう……」
「今回は……?」
皆がごくりと息を飲む音が、一斉に翁の耳に届いた。
「今回はなんと……くじ引きで決めるぞい!」
口をポカンと開けたものが数名。
口をあんぐりと開けたものが数名。
呆れて溜め息をついたものが数名。
「くじ……引き……」
口をあんぐりと開けたアイザックが呟いた。
翁はおもむろに懐から紙とペンを取りだし、あみだくじを書き始める。
(一応魔法使いなんだから、そこは魔法とかで、こう……ぱあっと決めらんねーのかよ)
「イザベラ」
「はいいっ!」
「顔に出ておる」
「申し訳ありません!」
顔に出ておると言いながらも、翁は自分の顔を製作中のあみだくじから上げることなく、イザベラを叱責した。
「出来たぞいっ!」
出来立てほやほやのあみだくじを高らかに掲げ、翁は叫ぶ。そしてくじとペンを魔法でふわりと浮かせると、それをアイザックの手元へ移動させた。
「そろそろ全員揃うじゃろうから、皆が来たらアイザックから順番に引きいや」
「……承知しました」
ごくりと唾を飲み込み返事をしたアイザックは、珍しく緊張で強張った顔のまま、宙に浮くペンを握りくじを手に取った。
果たして誰が派遣されるのか──それが分かるのはもう少し先のお話。
次話でようやく主人公出てきます。久しぶりだね…。
騎士団長がたくさん出てきましたが、登場人物紹介はゆっくり更新させて下さい(ごめんなさい)。




